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意地と矜持とドラゴン

 キマイラはホールの外壁に何度も体当たりし、前足の蹄で蹴り上げた。

 さすがに防御壁も長くは持たないだろうと、ゼフォンは云った。


 そうしているうちに、ペルケレの傭兵部隊がようやく到着した。

 傭兵部隊の兵士が魔獣の脇を抜けてホール内に入り、警備員たちに作戦の説明を始めた。

 その内容は、傭兵部隊の一個中隊が魔獣を攻撃し、囮になってホールから魔獣を引き離すので、その隙に観客たちを逃がすようにとのことだった。

 しかし、このホールには5万人以上の人間がいる。

 この人数を安全に逃がすためには、かなりの距離を引き離して時間を稼がねばならない。


 事情を聞いたエリアナたちは、思いっきり文句を云った。


「また魔獣!?あたしたち、魔獣討伐専門じゃないわよ!」

「まさかおまえ、魔獣がいるってわかってて俺たちをここへ連れて来たんじゃないだろうな?」

「私だって知らなかったわよ!」


 と、トワまで将に疑われる始末だった。

 そこへ助け舟を出したのはマルティスだった。


「うちのトワはそこまで腹黒くないって。それに、傭兵部隊が来たんだ。俺たちの出番はないよ」

「うちの…?あんた誰だ?」

「俺はマルティス。トワの保護者だよ」

「保護者?」


 将とエリアナも驚いて、思わずトワに訊いた。


「この人、人間?魔族?おまえの人間関係ってどうなってんだ?」

「…話すと長くなるわよ」

「魔王やら魔族やら保護者やら、あたしたちの知らない間に濃い人生送ってきたのね…」


 その半分は覚えてないけどね、とトワは密かに思った。

 エルドランやルキウスのチームもステージの上で合流し、トワが将たちとマルティスたち双方にそれぞれを紹介した。

 そうしている間に、マルティスはイドラの傍に寄って、耳打ちした。 


「なあ、まさかとは思うが、あの魔獣、おまえが呼んだのか」

「確かに仕掛けたのは私だが、呼び出したのは別の誰かだ」

「おいおい、魔獣召喚って召喚主以外には呼び出せねーだろ?」

「私の術式は特殊で…召喚術を仕掛けておけば、その場にいなくても勝手に召喚されてくれるんだ。それに、召喚術の最終段階で止めておくこともできる。あとは、召喚スキルを持つ者が、簡単な術式で魔獣召喚を発動できるんだ。こうしておけば、召喚能力の低い者でも、いつでも魔獣が召喚できる」

「…すげー便利なスキルだな」

「その代わり、最終発動させた召喚者が魔獣に魔力を食われることになるというリスクもある」

「へえ…。ってことは、その召喚者が死んだり、いなくなったりしたら、魔獣は人を食って魔力を得るしかないんだよな?」

「その通りだ」


 その話をイシュタムも聞いていて、イドラに声を掛けた。


「では、あの魔獣はおまえの魔力を食ってはいないのか?」

「ああ」

「立て続けに魔獣を召喚して、あれに魔力を食われているのではないかと心配していた」

「イシュタム…。ありがとう、それなら心配いらない」


 イドラはローブの袖から宝玉を見せ、この<魔力増幅>に助けられているから大丈夫だと云った。

 マルティスはイドラに気安く話しかけるこの魔族を訝し気に見た。


「…この人、誰?」

「我はイシュタム。魔獣を倒す者だ」

「イシュタムだって?神様の名前じゃんか」

「イドラが我を召喚したのだ」

「は?召喚?…あんた魔族だろ?召喚ておかしくねーか?」

「私も正直まだ信じられないのだ。この者の中身が本当に神イシュタムなのかどうか」

「神だって?おいおい、おまえ、どうしちゃったんだよ?そういうこという奴じゃなかったろ?」


 マルティスが驚いた直後、大きな破壊音と共にホールの客席の一角が大きく崩れた。

 ついに防御壁の一部が破られたのだ。

 キマイラの体当たりにより、客席があった一部が崩され、まだそこに残っていた人々が瓦礫の下敷きになった。

 ホールの一部に大きな穴が開き、そこから肉食獣の顔が覗くと、人々はパニックになった。

 反射的に、人々は出口とは反対方向に殺到した。よりによって出口は魔獣のいる方向にしかないのだ。

 ホールの内部は客席から降りてきた人々で、地面が見えない程に埋め尽くされ、身動きが取れなくなり、すし詰め状態になってしまった。

 その状態を、客席に空いた大穴から魔獣の目が覗いていた。


「これだけのエサを目の前にしたら、傭兵部隊の囮なんて意味がなくなるぞ」


 ゼフォンが云うと、同じステージ上にいた勇者候補たちは覚悟を決めたようだった。


「あたしたちで倒すしかなさそうね」


 エリアナが云うと、将が頷き、ゾーイとアマンダも身構えた。


「なんなのお宅ら…勇ましいな」


 マルティスは勇者候補たちを見て、少し呆れた口調で云ったが、エルドランやルキウスのチームも加勢すると宣言し、彼らに同調した。

 その隣では、優星がゼフォンとなにやら話をしていたようだったが、この異変に気付いた2人も、勇者候補たちの傍へ駆け寄ってきた。


「僕たちも戦おうよ、トワ!なんたって君はドラゴンを召喚できるんだし」

「う、うん」

「ドラゴン…?」


 それを耳にしたゼフォンとマルティスは何のことだと眉をひそめた。


「そうだったな!トワ、ドラゴンを召喚して注意をこちらからどこかへ引き付けてくれないか?その間に俺たちはあの穴から外に出て応戦する」

「それ、ナイスアイデアだわ」


 将の作戦にエリアナが親指を立てた。トワもそれに頷いた。

 だが、イシュタムがそれを止めた。既に大司教公国での一件でトワが魔力を消耗していることを指摘したのだ。

 オルトロス討伐の際も、ドラゴンを召喚した上、全員の体力と魔力を回復させていたことをイシュタムは皆に話した。

 イシュタムの言葉を聞いて、将やエリアナも驚き、アマンダが思わず口に出した。


「トワさんって魔力供給もできるんですか…?」


 魔力供給を行えるのはS級以上の回復士でも滅多にいないと、アマンダは自負している。それを目の前の少女は、複数相手に同時に行えるという稀有な技をやってのけたという。彼女が驚くのも無理からぬ話だった。


「魔族限定だけどね」


 トワはペロッと舌を出した。


「あ…だからさっき、倒れかかったんだね」


 優星は、オルトロスを倒した後、トワが気絶しかけていたことを思い出した。


「私は大丈夫よ。ほら、全然元気だし!」


 トワは腕に、全然できていない力こぶを作って見せた。


『無理をするな。いくらおまえでも休まないと魔力が底をつくぞ』


 ネックレスの中からトワだけに聞こえるようにカイザードラゴンの声がした。


「みんなが戦おうって時に自分だけ休んでいられないわ。それでなくてもマルティスにはお荷物って云われてるんだもの。私だって役に立つってとこ、皆に見せたいのよ」

「トワ様はいつだって役に立ってますよ」


 トワの傍に立って聞いていたイヴリスが応えた。

 だが、それにトワは首を振った。


「ううん、あの決勝戦で思い知ったもの。私って役に立ってるようで立ってないなあって」

「そんなことありませんよ!マルティスさんを回復させたじゃありませんか」


 イヴリスはむきになって否定した。

 トワは「ありがと」と礼を云った。


「それより、ドラゴンって何の話だよ?」


 マルティスがトワに問いかけた。


「あんたたちには内緒にしてたんだけど、私、ドラゴンを呼べるのよ」

「はぁ?ドラゴンだって?」


 マルティスは大声を出した。

 ゼフォンも驚いた表情になった。


「ドラゴンって魔王の呼んだ奴か?おまえ、やっぱり魔王とデキてたのか…」

「マルティスさん、そういう言い方止めてください!」


 イヴリスがマルティスをたしなめた。

 トワは、違うとも言えず苦笑いをしていた。


『そうまでしていいところを見せたいのか』

「そうよ、悪い?やっと、皆が私を認めてくれたのよ?期待に応えたいじゃない?」


 トワは扇子を手にして、首のネックレスを握った。


「カイザードラゴン、出て!」

『どうなっても知らんぞ』


 次の瞬間、トワのネックレスから黒い影が現れ、目の前の上空に巨大なドラゴンが出現した。

 ホールにいた人々は悲鳴を上げながらも真っ赤なドラゴンの出現に目を奪われた。


「嘘だろ…おい」

「本当に…ドラゴンだ…!」


 マルティスやゼフォンをはじめ、ステージ上にいた者たちは、その光景を目の当たりにして驚愕した。

 ドラゴンは突風と共に、ホールの開かれた天井を越えて外のキマイラの方に飛んで行った。

 ホールの中からは見えないが、外にいた傭兵部隊らの驚く声が聞こえた。


 ホールの外でキマイラに攻撃を加えていた傭兵部隊の頭上に、突然巨大なドラゴンが現れた。

 傭兵たちは驚き、獣が2匹に増えたと思って絶望感に襲われた。

 ところが敵だと思っていたドラゴンはキマイラの背中に向かって激しい炎を吐いた。その炎で背中の蝙蝠の羽根が半分焼け落ちた。

 そして傭兵たちに向かって毒液を吐いていた馬の首に噛みつき、そのままキマイラの体を持ちあげながら飛び上がった。

 その際、ドラゴンの翼の羽ばたきで、地上にいた傭兵部隊らは風に巻き上げられ、ホールの中に吹き飛ばされていった。


 ホールの中にいた優星らは、外から飛ばされてきた傭兵たちを見ていた。彼らはそのままホール内の床に叩きつけられるかと思われたが、それを救ったのはイシュタムであった。

 イシュタムは重力魔法で宙に飛ばされた傭兵たちを固定し、ホール内の床にそっと降ろした。

 その様子を見ていた優星に、彼は「すごいよ!」と褒められ、まんざらでもない顔をした。

 マルティスも、隣にいたイドラに「マジで神なのか?」と聞いていた。


 一方、キマイラもおとなしく運ばれているだけではなく、巨大な体を動かして抵抗しながら、ドラゴンの首に尻尾から生えている双頭の蛇を噛みつかせた。

 トワにはカイザードラゴンのスキルについての記憶が欠如していたのでわからなかったが、カイザードラゴンは魔力消費を抑えるために、絶対防御スキルを発動させていなかったのだった。

 ドラゴンは噛みつかれた痛みで咆哮し、咥えていた馬の首を離すと、キマイラは上空から横倒しの状態で地面に落下した。



「今だ、行くぞ!」


 出口を塞いでいたキマイラがドラゴンによって遠くに運ばれて行ったことで、ようやく脱出することができるようになった。

 将とゾーイが先導して、客席の大きく空いた穴から外へ出て行った。

 優星も、ルキウスから弓を借りて、将に同行した。

 ドラゴンの出現にボーゼンとしていたゼフォンやイヴリスたちも我に返って、キマイラ討伐のために将らに続いた。

 エルドランもゼフォンの後を追った。


「イドラ、魔獣の弱点を知ってるなら一緒に来て教えてくれ。ルキウス、コンチェイ、悪いがトワを頼む」


 マルティスはそう云い、イドラの腕を掴んで走り出した。

 イシュタムもイドラの後に続いた。

 ホールの警備員たちは、魔獣が離れた今がチャンスとばかりに人々を出口へと誘導し始めた。


「トワ、君…すごいね」


 ステージ上で、ルキウスはトワの傍に駆け寄った。

 トワは、客席に開いた大穴から、遠くに見えるカイザードラゴンを見ていた。

 ルキウスはコンチェイに客らと一緒に外に脱出するように云った。

 コンチェイは皆の無事を願っているよ、と云って去って行った。


「ここからじゃ見えにくいわ。私も見えるとこに移動したいんだけど」

「でも危険だよ」

「皆戦ってんのに私だけ安全なとこにいる訳に行かないでしょ!」

「わかったよ。じゃあ出口から外に出よう」

「え?皆が出てったあの穴から行くんじゃないの?」

「君、あの高さから外に降りれるの?建物5階分はあるよ?僕は魔族じゃないから君を抱えて行くのは無理だよ。さっき出て行った連中は魔法や体術が使えるから平気だったみたいだけど」

「あ、そっか…。ホント、私って役に立たないな…」

「いや、それが普通だよ」


 ルキウスの仲間がやって来て何か耳打ちすると、彼は他のメンバーに指示を出した。


「ん?何?」

「いや、外にも仲間が待機してるんだ」

「仲間って、ここにいるメンバーだけじゃないの?」

「ああ、他にも協力者がいるんだよ」

「ふぅん?」



 外ではキマイラに傭兵部隊が攻撃を開始していた。

 ドラゴンに落とされて横倒しのままのキマイラの馬の頭と双頭の蛇に攻撃を仕掛けていた。

 馬と蛇は毒液を吐いて、傭兵部隊を苦しめていた。

 おまけに蛇の首は落としても落としても再生してしまう。


 一方、勇者候補たちは傭兵部隊とは別の方向からキマイラに攻撃していた。

 正面にあるライオンに似た肉食獣の顔に、エリアナが風の魔法を放って傷をつけていた。それで、この魔獣には魔法が有効であることを確信した。

 横倒しになったキマイラはなんとか起き上がろうとあがいていた。

 キマイラの身体を上から押さえていたカイザードラゴンが、キマイラの4つの足の一本を、付け根から食いちぎった。


「えげつなー…」


 とは優星の言葉だった。

 だがそのおかげでキマイラの動きを封じられたのだ。

 ゾーイが肉食獣の顔から吐かれる炎を魔法盾で防ぎ、将たちは肉食獣の顔に向けて攻撃を開始した。

 優星もキマイラの背中の羽根を弓で射たが、この体は弓スキルを持っていないため、効果はいまいちだった。

 後方から到着したイドラが、キマイラの倒し方を全員に伝えた。

 それは肉食獣、馬、2つの蛇の4つの首を同時に落とすことだった。少しでもタイミングがずれるとすべての首が再生してしまうという。

 しかし首を落とすにもそれぞれの頭が巨大すぎて、一撃で落とすのは至難の業だ。

 それで将を中心に彼らは作戦を練り、傭兵部隊に伝令を出し、協力して少しずつダメージを加え、最後の一撃をそろえようという計画を立てた。傭兵部隊の伝令はゼフォンが務めることになった。


 トワはルキウスたちパーティメンバーに護衛される形で、大勢の人々に続いて出口に向かっていた。


「ちょっと、この調子で待ってたら戦闘終わっちゃうんじゃない?」

「それならそれでいいじゃないか?」

「そうだけど、それじゃ思ってたのと違う展開になっちゃう…」


 ルキウスはクスッと笑った。


「もっと活躍したかった?」

「うん…」

「ドラゴン出しただけで十分だと思うけど。…っていうか君、顔色良くないけど大丈夫?」

「あ、うん、平気平気」


 ふいにルキウスは誰かの視線を感じて、ホールの上を見上げた。

 天井近くのポールに、大きな黒い鳥が1羽、止まっていた。

 ルキウスは、それが鳥ではなく、黒い翼をすぼめた人物だったことに気が付いた。 

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