謎の紋章
ジュスターの言葉に勇者候補たちは青年らしい反応を返した。
「告られたのっ?」
「魔王と付き合ってんのかよ!」
「な、何て言われたの?そんな漫画みたいなこと、本当にあるんだね!」
彼らのリアクションは思った以上に大きかった。その後の矢継ぎ早の質問にトワは苦慮することとなり、余計なことを云ったジュスターを睨むのだった。
そして話題はトワが召喚したドラゴンの話になった。
その説明もなぜかジュスターが行った。
彼は、トワの持つネックレスの中にカイザードラゴンが封じられていること、そのドラゴンは元は魔王が大戦の時に召喚したものであること、そのネックレスを護身用にと魔王がトワにプレゼントしたことを話した。自分よりも詳しい彼の説明を、トワは感心しながら聞いていた。
カイザードラゴンといえば、魔界の最強種族ドラゴン族の長であり、魔獣ではなく魔族であることが知られている。一説には、魔王が新たに創造した種族だとも云われている。
その最強の生物は大戦で魔王と共に死んだとされていたが、それがいかなる魔王の起こした不思議によるものか、ネックレスの中に封じられているというのだ。
そんな超貴重なネックレスを魔王から貰ったということで、トワが魔王の想い人だという話は益々信憑性が増すこととなった。
いつもなら自慢げに姿を現そうとするカイザードラゴンが、自分の話題にも関わらず声すらも出さないことを不審に思ったジュスターは、トワの顔色が優れないことに気付いて、その理由に思い至った。
魔力を使わせ過ぎた彼女を気遣って、カイザードラゴンは出て来ようとしなかったのだ。
ウルクが席をはずして、トワのために軽食を作ると云うので、ゾーイがキッチンに案内すると云って席を立った。
アマンダも同じく席を立ち、ゾーイについてキッチンへ向かった。
ゾーイもアマンダも、ここへ来てのカルチャーショックの連続に、精神の限界を感じていた。こんなに長時間、魔族と席を共にすることが初めてだったし、そもそも公国生まれの彼らにとって、魔族や魔王は人類の敵のはずだった。
しかし、これまで信じていたものがここ数週間ですべて崩れてしまった。そして敵だと思っていた魔族に、この国は助けられたのだ。
「はぁ…もう、驚きっぱなしです。リュシー・ゲイブス祭司長まで魔族だったなんて」
「ああ、私は何よりレナルド様のことが信じられん」
「レナルド様はゾーイさんの直属の上官ですものね」
「ああ…。正直、戸惑っている。どうすればよいのか、これからどうすべきか」
「そうですね…。それにこの国も、これからどうなっていくのか不安です…」
「アマンダ、私は…」
「ちょっと、いちゃつくんなら向こうでやってよね」
テキパキと準備をするウルクが、キッチンにただ立っているだけの2人に嫌味を云った。
「い、いちゃつく?!」
アマンダは真っ赤になった。
ゾーイがアマンダに何か云いかけた時、確かに彼女の胸のドキドキメーターは最高潮に達しようとしていた。
その時、玄関の来客を告げるチャイムが鳴った。
ゾーイの注意がチャイムに向けられると、アマンダはがっかりした表情になった。
「メイドが帰ってきたのかな」
「あっ、そしたら私、メイドの方がビックリしないように魔族の方々にお部屋から出ないように言ってきますね」
「頼む」
ゾーイが玄関のドアを開けると、いきなり騎士たちが扉を押さえて乱入してきた。
「おい!どういうつもりだ?」
「ゾーイ・シュトラッサ―殿でありますね。こちらに魔族が入って行ったとの報告があるのです」
「そんな者はいない」
「では屋敷の中を検分させていただく」
先頭にいた騎士が合図すると、大勢の騎士たちが強引に屋敷の中へとなだれ込んだ。
「これは何の騒ぎだね?」
騎士らの背後からリュシー・ゲイブスが現れた。
「広場での件は、私が引き受けると聖騎士たちには言っておいたのだが?」
「我々は首都警護団です。聖騎士団と違い、首都の治安を預かるのが役目です。この街に魔族は1人たりとも入れてはならぬというのは、祭司長もご存知のはず。ご意見なさるのであれば、あなたにもご同行いただきたい」
相手が祭司長であろうと騎士らは譲らなかった。
リュシーはやれやれ、と首を振った。
ゾーイは冷静に騎士たちに云った。
「仮にも私は勲章をいただいた聖騎士だ。その私の屋敷に無断で入るとは、相応の覚悟が出来ているのだろうな?」
だが警護団の騎士たちは耳を貸そうともしない。
騒ぎを聞きつけてエリアナと将が部屋から出て来た。
「ちょっと、この人たち何なの?」
「この国の騎士なら俺たちが勇者候補ってことは知ってるよな?」
エリアナと将は騎士たちをけん制しようと話しかけた。
「あなたたちにも魔族の共犯とのことで、逮捕命令が出ています」
「はぁ?逮捕?魔獣をやっつけたのは俺たちだぞ?」
「これは慣例による治安維持行為です。勇者候補であろうと魔族に接する者は捕らえねばなりません」
騎士は断固として引かないようだ。
いくら将が説明しても、騎士たちは聞く耳を持たなかった。
それどころか、騎士たちは大挙して奥の部屋へとなだれ込んで行った。
「きっとレナルドが手を回したんだわ」
「チッ…そういうことかよ」
騎士たちは将とエリアナを取り囲んだ。
「もう1人、娘がいるはずだ。そいつを探し出して捕らえろ」
別の騎士が、部屋の中を物色しながら云ったことを、将たちは聞き逃さなかった。
「こいつらの狙いはトワなの?」
「女、余計な口をきくな」
騎士の1人がエリアナに剣を向けた。
将はその騎士の腕を掴んで投げ飛ばした。
「女に手を出すなんて騎士の風上にもおけねーな!」
「その通りです」
ゾーイも将に習い、騎士たちを体当たりで蹴散らした。
リュシーも「おりゃあ!」と騎士たちを投げ飛ばしていた。
将はエリアナを守りながら魔族たちのいる奥の応接室へ向かった。
応接室に入ると、奇襲したはずの騎士たち全員が白目を向いて床に転がっていた。
あの魔獣を倒したメンバー相手に、人間の騎士がかなうはずもなかった。
「こいつら首都警護団とか言ってたけど、ゾーイ、知っているか?」
「公国騎士団の末端組織で、民間人の寄せ集めのような者たちで組織されている自警団のようなものですよ。聖騎士の家に無断で入る権限などありません」
「自警団か。じゃあレナルドとは関係ないのかもな…」
将とゾーイは床に転がっている騎士たちを見た。
「となると、一般市民からも狙われる可能性があるかもしれません。このままここにいるのは危険かと」
ゾーイは不安を口にした。
「広場には一般市民も多かったし、トワを連れて行こうとしていたのも、ドラゴンを召喚していたところを見てたからかも」
「ああ…、その可能性はあるかもな」
将と優星はジュスターに守られていたトワを振り返った。
「奴らの狙いはトワ様か」
「まあ、あんな人前で堂々とカイザードラゴン呼んじゃったしね…仕方ないんじゃない?」
ジュスターは心配そうにトワを見たが、彼女はあっけらかんとしていた。
そこへウルクが軽食とポットに入れたお茶を運んできた。
彼は騎士たちが入って来て倒されるまでのわずかな間に、大皿に盛りつけられたサンドイッチやハンバーガーを作って持ってきたのだ。
どちらも以前、トワにリクエストされて作った、トワの世界の食べ物に似せたものだった。
お腹の空いていたエリアナたちもこれには「わぁ!」と声を上げて、早速ハンバーガーを頬張った。
将やエリアナも、まさかここでハンバーガーが食べられるとは思っていなかったので、テンションが半端なく上がっていた。
トワは元より、大司教公国のマズい飯しか食べてこなかったゾーイやイドラにとっても、ウルクの料理は号泣レベルの美味しさだった。
カラヴィアも床に転がっている騎士を邪魔だとばかりに蹴飛ばしながら、サンドイッチに手を伸ばした。
その時、あることに気付いた。
「あら…?」
「どうしたの?オジサン。口に合わなかった?」
ウルクが云った。
「オジサンってひっど!あ、そっか今リュシーだったわ。まあ自分で言うのもアレだけどオジサンよねえ」
「言葉遣いが独特なオジサンだけどね」
壮年の男の姿に似つかわしくない言葉遣いに、ウルクが愉快そうに笑うとエリアナや将もつられて笑った。
特にエリアナはリュシーの正体について、つい先ほど聞いたばかりで、ひどくショックを受けていたのだが、かつて自分の魔法の先生でもあった彼が、こんなオネエキャラだったことにギャップ萌えして逆にウケてしまっていた。
リュシーは「これ、めっちゃ美味しいわよ」ともぐもぐ食べて見せた。
「それはそうと、これ見て。こいつら公国の騎士じゃないわよ」
「え?」
「ほらここ。記章がついてるけど、これ公国の紋章じゃないわ」
カラヴィアはサンドイッチ片手に、倒れている騎士の鎧の胸の金具に着けられていた紋章を指した。
それをウルクや将らが覗き込んだ。
アマンダはその紋章を見て、「確かに公国のものじゃありませんね」と云った。
ゾーイが自分の鎧の胸についている公国騎士の紋章を皆に見せて、その違いを明らかにした。
「この紋章、どっかで見た気がするんだけどな…」
カラヴィアは思い出せずに悩んでいた。
「アトルヘイムの兵士なんじゃねーの?」
将が云った。
「うーん…それとは違う気がするけど」
するとゾーイが云った。
「大司教もいなくなって、この国も危ういです。この隙をつこうと、どこかの国の斥候が混じっていても不思議ではありませんよ」
その意見は尤もだと誰もが思った。
カラヴィアが思い出せないまま、この話題は終わった。
食事がひと段落付くと、屋敷を貸してくれたゾーイへの礼として、屋敷内に転がっている騎士たちを魔族たち総出で外に放り出した。
全員気を失っているだけだと思うが、万が一家政婦が帰って来た時、鉢合わせすることもあるかもしれないとゾーイが危惧したからだった。
空腹を満たしたトワは少し元気を取り戻したように見えたが、先程の襲撃の件もあって、ジュスターは心配していた。
それで、彼はトワを安全な場所に移したいと申し出た。
優星はふと思いついて、イシュタルを見た。
「イシュタル、さっきみたいにここにいる皆を他の都市へ飛ばせる?」
「可能だ」
どうやらイシュタルの中身はもうイシュタムに入れ替わったらしい。
それがよくわかっていないのは勇者候補たちだけだ。
「皆、一旦他の場所へ避難しよう。ここへ戻りたい者はほとぼりが冷めたら帰ってきたらいい」
優星がその場を仕切るように云った。
優星は将たちにイシュタルの空間魔法について説明した。
ゾーイとアマンダも既に追われる身だということで、一緒に行くことになった。
ジュスターはトワの手を取り、申し訳なさそうに云った。
「トワ様、私はエウリノームを追うため残ります。お傍を離れることをお許しください」
その様子を見ていたカラヴィアが忠告した。
「だけど精神耐性がないとあいつには対抗できないよ?」
するとウルクがジュスターの隣に歩み寄った。
「団長も精神耐性なら持ってるよ」
「あれはかなり強力な精神スキルだ。耐性くらいでは、防げないぞ」
そう助言したのはイドラだった。
イドラはエリアナの症状を見てそう判断したのだ。
「じゃあ僕が団長とここに残るよ。僕のは精神防御だから」
ウルクがジュスターにそう同行を申し出ると、トワは心配そうに云った。
「だけど、こんな人間だらけの街で、どうやって追うつもりなの?」
「仕方ないなあ…。じゃあワタシも残ってあげる。ワタシの<完全変身>は役に立つわよ」
ジュスターはカラヴィアのその申し出に驚いたものの、拒絶はしなかった。
彼らの決意が固いことを知って、トワは渋々頷いた。
トワにとって彼らはゼル少年の騎士だったが、ユリウスをはじめ、なぜかやけに自分に親切にしてくれるのでかなり好印象を持っている。魔王が自分につけた騎士団というのもあながち嘘じゃない気もしていた。
「そう…わかったわ。気を付けてね」
「ありがとうございます」
ジュスターはトワの前に跪いて、彼女の手の甲に口づけを落とした。
それを目撃していたエリアナの目がメラメラと燃えていたことにトワは気付いていない。
イドラもここに残ると云ったが、イシュタムから「おまえは我の召喚主だ。我と共にいてもらわねば困る」と、止められた。
イシュタムの一途な視線を受け止めて、イドラは少し戸惑ったものの黙って彼の隣に並んだ。
「では、残りの者は我の傍に」
云われるままに、皆はイシュタムの周りに集まった。
エリアナの隣に立ったトワは違和感を覚えた。
「…あれ?エリアナ、背が伸びた?」
「成長期だもの。もうあんたを抜かしたわね」
以前はエリアナの目線は自分よりも下にあったはずなのに、今は同じか少し上にある。
おそらく170センチ以上はあると思う。アメリカ人の彼女にとっては、多分普通なのだろう。
彼女の横顔を見て、少し大人っぽくなったな、とトワは思った。
この世界でも、時間は確実に流れていると彼女は思った。
翻って、自分はどうなんだろう?
そんなことを考えていたトワの隣に、彼女らよりさらに身長の高い将と優星が立った。
将も、以前に比べて男っぽくなった気がする。
「で、どこへ行くんだ?」
将が行き先を尋ねた。
トワはハッと気付いた。
「ゴラクドールまでお願い!」
答えたのは優星ではなくトワだった。まるでタクシーの行き先を云うみたいに。
「え?どこそれ」
優星は初めて聞く名称だった。もちろん勇者候補の2人にとっても。
「元々そこにいたんだから、戻してよね。すっかり忘れてたけど、模擬戦が始まっちゃう!」
その場にいた全員の頭に「模擬戦?」というハテナマークが浮かんだ。
「わかった。居たところへ帰せばいいのだな。では行くぞ」
「いってらっしゃーい」
カラヴィアが手を振ると、彼らの姿はその場から瞬時に消え去った。




