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魔王の想い人

 城門の上から、オルトロスが倒されるのを見ていた騎士の一団がいた。


「成果はまあまあ、といったところか」

「市内を駆けまわったことで、かなりの被害を出しました」

「どうせなら黒色重騎士全員食い殺せばよかったものを」


 そう毒づいたのは、赤い髪を背中まで伸ばしている鎧を着た女騎士だ。

 彼女の周囲には膝を折ったままの騎士たち一個小隊がいた。

 彼らの鎧の胸の金具には特殊な紋章が刻まれていた。


「まだ無数の蛇が市内に散らばっています。あの蛇には毒がありますので、まだ犠牲者は増えるでしょう」

「もっと、殺せると思ったのだがな」

「思わぬ邪魔が入りました」


 すると、別の騎士が彼女の前にやってきて跪いた。


「カーラ様、ひとつ報告があります」

「何だ?言ってみろ」

「は。あのドラゴンですが、どうやら召喚使役されていたようです」

「何?魔王以外にあれを召喚し、なおかつ使役までしていた者がいるのか?」


 カーラと呼ばれた赤毛の女騎士は、目を見開いて驚いた。


「はい。多くの市民が目撃していました」

「どんな者だ?」

「ごく普通の娘…人間のように見えたとか。その娘と魔族を捕らえるよう、既に追手を向かわせています」

「シュトラッサーには何も伝えていないな?」

「はい」

「他の都市の方は?」

「レナルド様が自ら向かわれました」

「そうか…。レナルド様の護衛は?」

「手練れの暗殺者(アサシン)召喚士(サモナー)、隠密スキルを使用できる者が1名ついております」

「そうか。我らが王に万一のことがあってはならぬからな」


 カーラは厳しい口調で兵らに云った。


「そういえば、例の魔族たちと共にリュシー・ゲイブスの姿を見ました」

「何?」

「魔族らに手を貸していたようです」

「捕縛して調査せよ」

「了解しました」

「青の騎士団が任務に成功したようなので、私は一度戻る。おまえたちは命令を遂行せよ」

「はっ」


 返事と共に、騎士たちは一斉に動き出した。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・



 中央広場からほど近いところにあるゾーイの自宅は、奇跡的にオルトロスの被害を免れていた。


「ここがゾーイさんのご自宅なのですね…」


 アマンダは、初めて入るゾーイの私邸にドキドキしていた。

 ゾーイの家はさすがに公国聖騎士だけあって、広くて立派な平屋の屋敷だった。

 一人住まいなのかと将が聞くと家事をしてくれる通いの家政婦が2人交代で来ているという。

 オルトロス騒ぎで、家政婦たちは避難しているらしく屋敷には誰もいなかった。


 一行は立派な応接室へ通されると、思い思いに席についた。

 カラヴィアだけは、リュシーの姿で広場に残っていて不在だった。

 4人掛けのソファにはエリアナと将が座り、将の隣に優星が少し距離を置いて座った。

 彼らの座るソファの向かいには、テーブルを挟んで1人掛けの椅子が離れて2つ置かれていた。


 トワはジュスターに促され、その椅子の1つに腰掛けると、その後ろにジュスターとウルクが彼女を守るように立った。

 それを見ていたエリアナと将は、彼女が彼らにまるでお姫様のように扱われていることを不思議に思った。

 もうひとつの椅子にはアマンダが座り、この家の主であるゾーイはお誕生席に置かれた椅子に腰かけた。

 イドラとイシュタルは椅子には座らず、窓際に立って話をしている。


 優星から事情を聞いた勇者候補パーティの4人は、とても信じられないといった表情を浮かべた。

 この時、イシュタムはイシュタルに中身をバトンタッチしていたので、優星の説明に一役買っていた。

 事情を知るイドラも加わって、勇者候補たちは、信じたくないような話をこれでもかと聞かされたのだった。


「人の記憶を別の身体に移し替える術というのは、ラウエデス祭司長が長年研究していたという話を聞いたことがあります」


 アマンダが云った。


「でも、まさか人間から魔族になるためだったなんて…てっきり亡くなった方の蘇生術の1つとして研究されているものだと思っていました」

「できることなら元の体で蘇生されたかったよ。僕の身体はこの実験のために殺されてしまったみたいなんだ」

「しかし、あのレナルドがな…」

「私も信じられません。あの聖騎士長が…」


 将もゾーイもまだ信じられずにいた。

 エリアナがそこで語り出した。


「…思い出したわ。私を路地裏に連れ出したのはレナルドよ」

「…何?」

「レナルドは剣を抜いて私に言ったの。『今までご苦労様でした』って。おかしな水晶玉みたいなものを持ってて…。それから記憶がないの」

「僕の時と同じだ」


 そう話すのは優星だった。


「僕も、レナルドに呼び止められて、その直後から記憶が無いんだ。気が付いたらこんな姿になってて…。君も同じ目にあうところだったのかもしれないよ」

「…そういえば、私の遺体をラウエデスのところへ送るって言ってたわ…」


 エリアナはゾッとした。

 優星も、自分の元の身体の行方に思いを馳せた。


「ともかく、あのレナルドが、私を殺して、その宝玉とやらでスキルを奪おうとしたってことね」

「俺たちを勇者候補だなんて祭り上げたのも、結局スキルを奪って殺すためだったのか」

「でも、おかしいです。ラウエデス祭司長の施設は3年位前に無くなったはずですが…。再建されているという話は聞いたことがありません」


 アマンダは首を傾げた。

 ふと、将はトワを見た。


「そういやトワは、その施設に送られたんだったよな」

「あ、ええ…」


 話を振られても、トワにはその時の記憶がないと察したジュスターが代わりに答えた。


「トワ様はそこで我々を救い出してくださったのだ」

「救い出す?トワにそんな力があるとは思えないけど」


 そう云ったのはエリアナだった。

 言葉に少しトゲがあるように、トワには感じられた。


「トワ様には我々魔族を癒してくださる力がある」

「まさか」

「魔族を癒すなんてありえないわ」


 ジュスターの言葉を即座に否定した将とエリアナに、優星は云った。


「それは本当だよ。僕も目の前で見たから」

「私も彼女に救われた一人だ」


 イドラも優星の話を肯定した。

 その間もトワは口を開かず、皆の話を聞いていた。

 この会話の流れで、「実は記憶がありません」というのは実に云いづらいのだった。


「トワ様は癒すだけじゃなくて蘇生もできるんだよ」


 ウルクが自慢げに云った。

 これにはトワ自身も「えっ?」と驚いて彼を振り向いた。


「蘇生なんて、人間の回復士ですらできないよ?」

「信じられない…」

「…どうやら本物の勇者は、トワだったみたいだな」


 まだエリアナが疑っている隣で、将がポツリと呟いた。


「え?私が勇者…?」


 トワは驚いて聞き返した。


「ああ。俺たちは3年経っても候補止まりだけど、おまえはもうとっくに勇者としての働きをしてたってわけだ。なぜその対象が魔族ばかりなのかはわからんが、だからそいつらもおまえに付いてきたんだろ?」


 将はジュスターとウルクを指して云った。


「そうね。勇者ってありえない力を持ってるというわ。あんたがそうなら納得のいく話だわ」

「君を落ちこぼれ扱いして、ひどいことを云った気もするけど、今にして思えば大司教たちが決して君を見放さなかったのは、君が本当の勇者だったからなんだね…」


 優星が遠い昔のことのように、大司教公国での日々を思い起こして話した。


「100年前の勇者は聖属性を持ってたっていうし、はじめっからおまえが勇者だったんだな」

「えっと、ちょっと待ってよ」

「そうだね。…今まで君のことを馬鹿にして悪かったと思うよ」


 勇者候補の面々は、戸惑うトワに構わずに、納得したとばかりに話を進める。

 トワの後ろに立っていたウルクは、フフンと得意気に鼻を鳴らした。


「あんたたち、今更わかったからって手のひら返すって相当カッコ悪いよ。だいだいトワ様に失礼だよ。トワ様は僕らの主なんだからもっと気を遣ってくんないかな」

「あ、ごめん…。って、主!?」


 優星が驚いて大声を出した。

 するとウルクは自分とジュスターを指して自慢げに云った。


「僕たちはトワ様の聖魔騎士団だよ。あんたたち、トワ様に無礼なことしたら許さないからね」

「騎士だって?マジかよ…?」

「嘘でしょ!あんた専属の騎士団を持ってるの?ジュスター様まであんたの騎士…?」

「トワ、君すごいんだね…!」


 将たちが驚く中、トワはウルクに視線を送って苦笑いした。

 彼らはゼル少年の騎士団のはずだが、ウルクはトワを思って話を合わせてくれたのだろうか。

 以前、トワが仲間たちから落ちこぼれ扱いされていたと聞いていたウルクは、どうだと云わんばかりに、胸を張っていた。

 ジュスターも何か云いたそうにしていたが、口をつぐんだまま驚いている彼らを見ていた。


 エリアナはソファから立ち上がってトワに顔をぐっと近づけて詰め寄った。

 そしてトワだけに聞こえるように耳元で囁いた。


「ちょっとトワ…一体どういうことなのよ?ていうか、そもそもなんでジュスター様があんたの専属騎士なのよ?」

「あは、えーと…成り行きで?っていうかエリアナこそ何よジュスター()って」


 エリアナとトワが2人だけでコソコソ話している中、将は咳払いをして話を続けた。


「だけど、魔王を倒す勇者であるおまえが魔族を癒せるってのはどうも納得いかない話だよな」

「私、魔王を倒したりしないわよ?」

「えっ?」

「は?どうしてだ?」


 思いがけないトワの告白に、勇者候補パーティの面々は面食らった。

 イシュタムもイドラも、興味深そうにトワの話を聞いていた。

 するとジュスターが云った。


「魔王様はトワ様をお守りするために我らを聖魔騎士団に任じたのですよ」

「魔王が!?」

「え?どういうこと?」


 一同は驚きを隠せなかった。

 密かにトワ自身も驚いていた。

 しかし将の興味は別のところにあった。


「つーか、おまえ魔王に会ったことあんのかよ?」


 将は身を乗り出してトワに尋ねた。


「うん、あるわよ」


 トワの答えに、勇者候補一同と優星は「えっ」と驚いた。

 そして、彼らは一斉にトワを質問攻めにした。


「マジ!?うっそ!ねえねえ、魔王ってどんな人?怖い?」

「どうやったら魔王と知り合えるんだよ?」

「魔王ってそんな簡単に会える人じゃないよね?どうやって?きっかけは?」


 エリアナも将も優星も、思いの外、食いついてきたので、トワはタジタジとなってしまった。

 困り果てているトワに助け船を出すつもりでジュスターが説明した。


「トワ様は魔王様の想い人なのですよ」


 しかしその説明はますます彼らを興奮させる結果となった。

 彼らの目は驚きのあまり大きく見開かれた。


「想い人ぉ――――っ!!?」

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