ゴラクドールの予兆
魔王は宝玉を手にしていた。
その宝玉により、彼の姿は少年から青年に変わった。
テスカから、ウルクが癒して欲しい人がいると云ってトワを連れて消えたという報告を受けた彼は、大司教公国で何かが起こっていることを悟った。
テスカによれば、額から角の生えた魔族が同行していたという。
話の流れから察するに、その角の魔族は空間魔法の使い手らしい。
自分以外に空間を自由に移動できるほどの空間魔法の使い手は知らない。
彼はそこからある仮説を考え付いていた。
空間魔法を使えばすぐに大司教公国へ行くことは可能だ。
テスカもそれを期待していたようだが、魔王は彼にマルティスたちの警護に当たるようにと命じた。
テスカはトワたちが戻って来るかもしれないと、ホールで待機すると申し出たが、魔王はその必要はないときっぱり云い切った。
ウルクにはジュスターが同行しているし、トワにはカイザードラゴンも付いている。
何かあったとしても当面は大丈夫だろうと考えていたからだ。
魔王が気にしていたのはもうひとつのことだ。
アスタリスがゴラクドールに来てすぐに調査した結果、この都市の地下には、空洞があることがわかった。だがそこに何があるのかまでは魔法障壁によって見えないという。
意図的に隠されているということだ。
このゴラクドールは大戦後に作られた新しい街で、魔王が不在の間にできた都市である。
誰が、どういう意図で地下に空洞を作ったのか。
仮に悪意を持った第三者が、この都市のどこかに何かの仕掛けを施していても、魔王の知るところではないのだ。
今日はゴラクホールで模擬戦があり、ホールには5万人以上が集まる。
市内では大掛かりなパレードが行われ、多数のホテルなどでも催し物があり、今日と明日、明後日の3日間は年に一度の都市を上げての祭が開催される。
コンドミニアムの窓から、市内を見下ろす魔王の元へ、ユリウスがやってきた。
「アザドーから報告がありました。例の地下空洞の入口に、ポータル・マシンがあったそうです」
「やはりそうか」
「魔王様のお見立て通りでした。地下には魔法障壁が施されていて、一般の人間は入ることができないようです」
「そこに何があったか、直接見たか?」
「いえ、そこまでは。アスタリス程の透視能力者は他におりませんので」
「それもそうだな」
ユリウスは頭を下げた。
「それからもうひとつ、これもアザドーからの情報ですが」
「おまえはいつからアザドーの幹部になった?」
「アザドーの経営するカジノでディーラーをやっていましたので。上金貨相当の貸しがあるのです」
「それで奴らをアゴで使っているわけか」
「…否定はしません」
魔王の嫌味にももう慣れた風で、ユリウスは軽くあしらっている。
実際、彼はカジノに潜入していた時、相当稼いでいて、彼自身もだが、運営するアザドーもかなり潤ったようだ。
「で、何だ」
「そのポータル・マシンの行き先が、グリンブル王国のラエイラだったのです」
「ほう?」
「ラエイラの広場の地下シェルターの奥にポータル・マシンが設置されていました。そしてその先には、『人魔研究所』という施設があることが判明したのです」
「『人魔研究所』?怪しげな名称だな」
「以前、私たちが破壊した大司教公国の研究施設の後継施設のようです」
「おまえたちがトワに助け出されたという実験施設か」
「はい。潜入した者によれば、そこの施設長だったラウエデスという人間が同じような研究をしているとか」
「しかし、ラエイラは人間専用の都市だがグリンブル王国領だ。国交のない大司教公国がよくそんな物を作れたな」
「コルソー商会の研究事業とのことで国から認可を受けていたそうです。大司教公国の名は一切出していない上、研究室の責任者にはセキ教授を据えてあるとかで、アザドーも不審に思わなかったといいます」
「セキ…?」
「ポータル・マシンを横流ししていたアカデミーの教授だそうです。空間魔法の蓄電化を発明した科学者だったので、アカデミーをクビになった後、マシン研究が頓挫したとか」
「…なるほどな」
「セキ教授は娘が病気だとかで、大司教公国から優秀な回復士を派遣してもらう見返りにマシンを横流ししていたという疑惑がもたれています」
「その研究所の連中が各地にマシンを設置していたわけか。大司教がいなくなっても機能しているのだな」
「むしろ大司教がいなくなったことで資金を自由に使えるようになり、以前よりも動きが活発になったようです」
「どうせろくでもない研究をしているのだろうな」
「潰してもよろしいですか?」
「最初からそのつもりなのだろう?」
「アザドーに監視させています。ラウエデスという狂人は、思いつく限りの残酷な手段で殺してやりますよ」
ユリウスは口の端を釣り上げて微笑んだ。
「そんな顔をトワの前で見せるなよ」
「…失礼しました」
ユリウスは口元を手で隠した。
「ああ、そういえばアスタリスが昨日、ゴラクドールに魔公爵ザグレムが潜入したのを見つけたそうです。純粋に観光のようですが、念のためお知らせしておこうと思いまして」
「観光だと…?気楽なものだ」
魔王は半分呆れて云った。
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「トワ、帰って来ねーな」
マルティスがゴラクホールの控室でボヤいていた。
トワが連れていかれてから1日が経っていた。
そして、今日は模擬戦の初日だった。
彼らの出番は午後の遅い時間になってからなのだが、街は大勢の人で溢れていたため、早めに来てホールで待機していたのだ。
そんなマルティスにゼフォンが話しかけた。
「マルティス。前から聞こうと思っていたのだが、おまえの目的だった金もある程度は貯まったはずだ。これからどうするんだ?」
「どうするって、続けるに決まってんだろ」
「トワが嫌だと言ってもか?」
「あいつは行くところが無いんだ。俺に頼るしかないだろ」
「随分な言いようですね。トワ様はあなたの所有物じゃありませんよ」
イヴリスはマルティスの横柄な態度が気に入らなかった。
そこへルキウスが訪れた。
「トワはいないのかい?」
「ああ、今は留守だよ。何か用か?」
「…マズイことになってる。各国の斥候が来ているんだ。委員会がトワの情報を流したみたいで」
「えーと、何のことかな?」
マルティスはルキウスにとぼけて見せた。
「僕に嘘はつかなくていいよ。彼女の能力のことはもうとっくに知っているからね。彼女から聞いていないのかい?」
ルキウスはトワがザファテに襲われたこと、闘技場運営委員会がトワたちを追放しようとしていることを話した。
「なぜ追放なんてことになるんだ?」
ゼフォンが尋ねた。
「トワが魔王に庇護されているからさ。委員会は面倒ごとが嫌いらしいよ」
3人共、ルキウスの返答に驚いた。
「今、魔王って云ったか?」
「なんだ君たち、知らなかったのか」
「あいつ、そんな面倒なことに巻き込まれているなんて一言も…」
マルティスは呟いた。
「きっと心配かけまいと思ったんですよ。トワ様はそういう方です」
「ともかく、トワを模擬戦に出さないことを勧めるよ。彼女に何かあったらきっと魔王が黙っちゃいないだろうからね」
「ちょっと待て。ということは、魔王はこの国にいるということか?」
ゼフォンが訊くと、ルキウスは頷いた。
「彼女を助けるために、ザファテの屋敷に現れたそうだよ」
「ほ、本当ですか!?では、魔王様にお会いできる機会があるかもしれないんですね!?」
「何で喜んでんだよ!」
イヴリスが嬉しそうに云うのをマルティスが咎めた。
「たぶん、今日もどこかで見ているんじゃないかな。委員会の刺客も混じっているから気を付けてね」
ルキウスはそう云って去って行った。
「簡単に言ってくれるじゃねーか…」
マルティスは憮然として云った。
「それにしても魔王様がトワ様に接触していたというのには驚きました」
「既にトワと接触しているのだとしたら、魔王はなぜ捕らえないのだ?」
「只の気まぐれだろ」
「私が魔王様なら、捕らえたりせず、見守りますね」
「なんで魔王目線なんだよ」
「だって、私なら絶対トワ様を好きになりますから」
イヴリスが力説するも、マルティスは冷ややかだった。
「おまえ、趣味わりーな」
「マルティスさんの目は腐ってるんですか」
マルティスとイヴリスは睨みあった。
そこへコンチェイが入ってきた。
「会場は満員だぞ。ステージの様子でも見てきたらどうだ」
「そうだな。どうせ暇だし」
考えていてもラチがあかないので、3人は控室を後にした。




