魔獣討伐作戦
「おおー!地上に出た!」
カラヴィアが騒いだ。
「というかここ、地上っていうか街の中じゃないか!逆にヤバくない?」
優星は周囲を見渡して云った。
そこは中央広場で、周りには聖騎士をはじめ、多くの市民たちがいたからだ。
魔族排斥の国で、街中に堂々と魔族が立っていることなどありえないことなのだ。
予想通り、人々は悲鳴を上げた。
「あらま。たーいへん。ちょっと優星、ワタシを隠してね」
「えっ?」
カラヴィアは優星の影に隠れたかと思うと、別人になって影から出てきた。
それを見た優星は驚きの声を上げた。
「え?ええ――っ!?」
カラヴィアが変身したのは、リュシー・ゲイブスという初老の男だった。
もちろん、優星は彼を知っている。
この国の祭司長で、次の枢機卿だと噂されている優秀な魔法士だ。
リュシーは聖騎士たちや市民たちの前に堂々と出て行った。
そして彼は聖騎士たちに、魔獣を討伐するために、この魔族たちを使役しているのだと説明した。
急に魔族が現れて不安だった市民たちは、彼の姿と説明を聞いて心から安堵した。
それだけリュシーという人物は、この国では有能で知られていたのだった。
優星はまだ信じられず、リュシーをじろじろと見ていた。
その中で、トワはこちらを見ていた人物と目が合った。
「あれ…?将?」
「え?」
トワを見ていたのは勇者候補の将だった。
彼の後ろにいたゾーイは、剣を抜いて構えている。
「嘘だろ…?もしかしてトワか?」
「やっぱり将だ!久しぶりね!」
トワは将に駆け寄った。
「将様、お知合いですか?」
ゾーイが剣をしまいながら尋ねた。
「ああ、勇者候補の1人だったトワだよ。髪色が違うからビックリしたが」
「ああ、これウィッグよ。黒髪は目立つから」
「驚いたぜ。魔族と一緒に現れるなんて…。生きてたんだな」
トワと将は再会を喜んだ。
将は死んだと思っていた彼女が目の前にいることに驚いていたが、懐かしさの方が勝っていた。
そして彼はなぜ魔族と一緒にいるのかとトワに聞いた。
話をしようとした時、ジュスターが声を掛けてきた。
「トワ様、イシュタルが打ち合わせをしたいと申しております」
「あ、わかったわ」
ジュスターの言葉を受けて、彼女は将に云った。
「説明は後で。まずはあのオルトロスって魔獣をやっつけるのが先よ。あなたたちもここにいる皆に協力してね」
「トワ…?おまえなんで魔族なんかと…」
「今は魔族だのなんだのって話はナシよ?いいわね?」
「あ、ああ…」
トワは慣れている感じで、魔族たちの元へ行き、なにやら打ち合わせを始めた。
将はトワを不思議なものでも見るような目で見た。
彼の知っているトワという女の子は、いつも後ろで自信なさそうにしていて、敵が来ると怯えているようなおとなしやかな印象の人物だった。
今目の前にいるトワは、それとは同一人物と思えなかった。
「あいつ、変わったな…」
その頃、エリアナはレナルドと共に路地裏を歩いていた。
「ちょっと、どこまで行くの?はやく戻らないと…」
「オルトロス相手では、あなたの出番はありませんよ」
「そ、そんなこと、やってみないとわかんないでしょ」
「あなたの得意は火と地の魔法でしたか。ヒュドラを足止めしたあの地の魔法は素晴らしかったですね」
「あ、ありがと…って、今そんなこと言ってる場合?」
レナルドは腰に帯びた剣をスラリと抜いた。
「な、何…?」
「今となっては、もう勇者候補など必要ありません」
「は?何を言ってるの?」
「今までご苦労様でした。あなたの遺体はラウエデスのところへ行くことがもう決まっています」
すると、路地裏から人影が2つ現れた。
魔族だった。
「ひっ…!何なの?なんで魔族がいるの?」
魔族たちはエリアナの両腕を掴んで彼女を拘束した。
レナルドが宝玉を取り出してエリアナの目の前に差し出した。
「これをごらん」
宝玉を見つめるエリアナの目から、光が失われて行った。
「そこで膝をつき、頭を垂れるのだ」
「は…い。おっしゃる通りに致します…」
「魔法を使われると厄介だからね。苦しまずに殺してやろう」
レナルドは剣をエリアナの頭上に振り上げた。
「待ちなさい!」
そこへ現れたのはホリー・バーンズだった。
彼女の後ろには、ローブ姿の魔法士たちの姿もあった。
「エリアナ様!ご無事ですか?」
ホリーの後ろからアマンダが飛び出してきたが、魔族がいたことに驚いて足を止めた。
アマンダの後ろにいた魔法士たちは、魔族の姿を見て躊躇なく攻撃魔法を放った。
魔族たちはかろうじてその魔法を避け、助けを求めるようにレナルドの方を見た。
すると、レナルドは魔族の1人をその剣で斬り捨てた。
「ぐあああ!」
魔族は悲鳴を上げて倒れた。
それを見て、もう1人の魔族は逃げようと背を向けたが、レナルドはその背中を真一文字に斬り裂いた。
魔族はレナルドを振り向きながら口走った。
「レ…ナルド…さ…ま…どうし…て」
背中から血を吹き出し、魔族はそのまま倒れた。
ホリーは魔族の発したその声を聞き逃さなかった。
「危ない所でした。バーンズ祭司長、駆けつけてくださってありがとうございます」
レナルドは白々しくホリーに礼を云った。
ホリーは彼を睨んだが、彼はうまくとぼけてしまう。
レナルドの前に立って、ホリーは彼を問い詰めた。
「レナルド、聖騎士たちが魔獣相手に奮闘している時に、聖騎士長のあなたはここで何をしているの?」
「私はエリアナ様と市内に逃げ遅れた者がいないか、見回っていただけですよ」
「勇者候補たちは中央広場で市民を避難させていたわ。なぜ彼女だけを連れているの?」
「…バーンズ祭司長こそ、なぜここに?」
「質問に答えないつもりね?私たちは公国聖騎士団の後を追って移動していたのよ。魔族を見つけて追いかけた先にあなたたちがいたんだけど?今の魔族は何なの?もしかしてあなた、口封じのために今の魔族を殺したんじゃないでしょうね」
レナルドは剣をしまいながら、「急に出て来て襲われたんですよ」と云う。
アマンダはエリアナの傍に駆け寄り、声を掛けたが反応がないことに違和感を感じてホリーを呼んだ。
「バーンズ祭司長、エリアナ様の様子が変なんです」
「…あなたこの娘に何をしたの?」
「何もしていませんよ。とんだ濡れ衣です。私は任務に戻りますので、これで」
「ちょっと待ちなさい!」
引き留めようとするホリーを無視して、レナルドは去り際にエリアナに声を掛けた。
「ではエリアナ様、私はここで失礼します。皆さんの言うことをよく聞くのですよ」
「はい…。ご命令のままに」
ホリーの制止も聞かず、レナルドはその場から立ち去ってしまった。
溜息をついて彼を見送ったホリーは、エリアナの様子を見るために彼女の前に膝をついた。
ホリーはいくつかエリアナに質問し、目の前で指を動かしたりしてみた。
「どうやら操られているようね。面倒だわ。これほどの精神スキルを解除できる者はいないし…」
「で、でもこのまま放っておくわけには…」
「ではアマンダ・ライトナー司祭、あなたは彼女を連れて他の勇者候補たちに合流しなさい。彼らが移動していなければまだ中央広場付近にいるはずよ」
「は、はい!」
「我々は黒色重騎兵隊本隊に合流します。行きますよ」
ホリーと魔法士たちは一斉に移動していった。
「エリアナ様、行きましょう。ついてきてくださいね」
「はい…。ご命令のままに」
アマンダはエリアナの目を見た。
焦点があっておらず、どこか上の空という感じだった。
「エリアナ様!正気に戻ってください!こんなのエリアナ様じゃないです!」
「正気…戻ります。ご命令を」
「エリアナ様ぁ…」
アマンダは泣きそうな顔をした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
トワの前方には額から角の生えた魔族が立っていた。
その後ろには、銀髪のジュスターをはじめとする魔族たちが位置についている。
ウルクが翼を出して空に舞い上がり、オルトロスの位置を伝えてくる。
将とゾーイは広場の脇に控えていた。
駆け回るオルトロスを追うのは止めて、待ち伏せすることにしたのだが、この広大な都市の中、魔獣は思った場所になかなか来てくれない。
ウルクが囮になってオルトロスの前を飛んでみたが、なかなか引っかかってくれなかった。
「この魔族たち、さっき地下古墳にいた奴らですね」
「なんでこいつらとトワが一緒にいるんだ…」
「将様、ゾーイさん!」
将とゾーイを見つけて、アマンダがエリアナを連れてやってきた。
「アマンダ。エリアナ様も、ご無事で」
ゾーイが2人を出迎えた。
ここまで走ってきたようで、アマンダは肩でハアハアと息をしながら、後ろにいるエリアナの様子がおかしいことを2人に伝えた。
彼女は途中、官舎に寄って回復士にも見てもらったのだが、ダメだったとも云った。
将はエリアナの傍に寄って声を掛けた。
「おい、エリアナ!しっかりしろ」
「…はい、しっかりします」
「ふざけてんじゃねーぞ!」
「はい。ふざけていません」
「うあー、すっげーイライラする!何なんだ!」
将がエリアナの反応にキレていた時だった。
「こっちへ来るよ!」空中にいたウルクが叫んだ。
数キロ先から立ち上っている土煙がこちらへ向けて移動している。
やがて肉眼でも巨大な双頭の魔獣が、地響きを立ててものすごい勢いで将たちのいる中央広場へ走ってくる姿が見えた。
あのまま、この広場へ侵入したら、市民たちに犠牲が出る。
将の顔に焦りが見えた時、前方に立つ魔族が声を上げた。
「<重圧縮>」
イシュタムは胸の前で合掌するような仕草をすると、オルトロスは何か見えない力に上から押さえつけられたかのように姿勢を低くしたまま立ち止まった。
まるで無理矢理伏せをさせられている犬のようだった。
「動きを止めたが、奴の魔力が強くそう長くは持たん。今のうちに攻撃しろ!」
イシュタムの命令で、皆はオルトロスに向けて一斉に攻撃を仕掛けた。
カラヴィアもリュシーの姿で魔法攻撃を開始した。
「魔法攻撃は蛇が防御壁になって届かない!物理攻撃が有効だぞ!」
将が魔族たちに叫んだ。
その声に、魔族たちが返事を返した。
「わかった!」
ジュスターたちは、オルトロスの蛇や首に攻撃を仕掛けた。
ウルクも空から投擲武器を使う。
切り落とされた蛇が、飛んできて、エリアナの足元に落ちた。だが、彼女は微動だにしなかった。
いつものエリアナならば、悲鳴を上げてじたばたと逃げ回っていたはずだ。
将はそれを見て、舌打ちし、彼女に近づいた。
「エリアナ…おまえマジで正気じゃねえんだな」
エリアナの目は見開いたまま、何も見ていない。
目の前に立つ将ですらも目に入っていないようだった。
「くっそ…。なんだよ、おまえ!」
将はそう云い、エリアナを抱きしめた。
近くにいたアマンダは驚いて2人を見ていた。
「くそっ、こんなのおまえらしくないんだよ。いつもみたいに、『ふざけんじゃないわよ!』とか言ってみろよ!」
「将様…!」
「絶対、元に戻してやるからな」
アマンダがキラキラした瞳で見ていることにも気づかず、将は剣を抜いてオルトロスのいる方向へ顔を向けた。
「アマンダ、こいつを頼む」
「は、はい!」
「ゾーイ、行くぞ!」
「はっ!」
彼ら2人も魔族たちの攻撃に参加した。
『トワ、我を呼び出せ』
ネックレスからカイザードラゴンがトワに話しかけた。
『扇子はどうした?あれがあれば魔力を増幅できるぞ』
「あ、うん。でもこの前は偶然出てきたから…もひとつやり方がわかんないんだけど」
『ただ、武器を出すことだけを願えばいい』
云われた通りにすると、トワの手にいつの間にか扇子が現れた。
優星は得意の弓がないため、トワの傍で彼女の護衛を任されていた。
彼は彼女が、何もない所から扇子を出したのを見て目を丸くしていた。
「トワ、それ何…?」
「扇子よ。私の武器らしいわ」
「へえ…」
カイザードラゴンは構わず語り掛けてくる。
『オルトロスは人間を食らって魔力が増大している。そろそろ魔獣を押さえておくのも厳しくなってきたようだぞ』
「そう、じゃあそろそろ交代してあげた方がいいのね」
『ああ』
「トワ、さっきから誰と話してるのさ?」
優星を無視して、トワは扇子を持って叫んだ。
「カイザードラゴン、出て!」
すると、彼女のネックレスから黒い影が飛び出て、巨大なドラゴンの姿となった。
将も、ゾーイもアマンダも、そして優星も、口を開いたまま呆然とドラゴンの出現を見ていた。
広場にいた市民たちは悲鳴を上げた。
先日ドラゴンが市の上空に現れてパニックになったばかりなのだ。
「ド、ドラゴンだ…!!」その場にいた市民たちが叫んだ。
「すごい、トワがドラゴンを召喚したのか…!?」
優星は驚き、そして尊敬の眼を彼女に向けた。




