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トワと優星

 優星を名乗る魔族の話したことは、どれも信じられないことばかりだった。

 人間が魔族になるとか、勇者候補はただの実験体だったとか、大司教が魔族だったとか。

 優星の今の姿が、あまりにも元の姿とかけ離れていたことに驚いたけど、何より驚いたのは、レナルドのことだった。


「嘘でしょ…!あのレナルドが?」

「僕だって信じられなかったよ。でも見てよ、僕のこの体。あいつ、実験だって言ったんだよ?大司教が魔族だったことも知ってて、僕らを利用したんだ」

「あんな真面目な人が、一体どうして…」


 私にとってレナルドは面倒見の良い、優しい騎士だった。

 そんな人が優星を殺したなんて信じられなかった。


「あれは聖騎士などではありませんよ。そして人間でもない」


 銀髪の騎士ジュスターが私たちの会話に割って入ってきた。


「え…?どういうこと?」


 ジュスターは私の傍までやって来た。

 近くで見ても綺麗な顔だ。


「あの男の正体は、魔大公エウリノームという魔族です」

「嘘でしょ…!魔族?彼が?」


 エウリノームって、誰かの記憶の中で聞いた名前だ。

 まさか、現実に存在しているなんて。

 しかもそれがレナルドだなんて。


「本当です。彼が持っている<能力奪取・宝玉化>というスキルは、殺した相手のスキルを奪って宝玉にするという特殊なものです。そんなスキルを持っている者など他にはおりません」

「それは本当だよ。僕も目の前で見たんだ。人間だった僕がこうなったんだ。逆だってあるのかもしれないよ」


 優星を名乗る魔族は神妙な顔でそう云った。


「彼も、殺されてスキルを奪われた犠牲者の1人なのです」


 ジュスターが優星を指して私に説明した。

 優星は、間近でジュスターを見て、その美貌にポーッとなりながら、「エリアナが騒いでいた気持ちもわかるなあ…」とぼそっと呟いていた。

 ああ、こういうとこは変わってない気がする。…やっぱり優星っていうのは本当なのかな。


「しかし、移魂術とはねえ~。蘇生魔法の応用ですって?いろいろと研究が進んでるのねえ」


 カラヴィアが感心したように云った。

 そのカラヴィアに優星が近寄った。


「ね、あんたさっき、僕のことアルシエルって呼んだよね?」

「だってアルシエルでしょ?…って、そっか。中身はアルシエルじゃないんだっけ」

「うん、僕は勇者候補の優星アダルベルトっていう人間なんだ」

「…ってことは、アルシエルは死んじゃったんだ?」

「そうみたい。で、そのアルシエルって誰なんだい?」


 優星は、移魂術で乗り移ったこの体の持ち主のことを知りたかった。


「魔王護衛将の筆頭だった魔族よ。そりゃあ強かったんだから。魔王様の信頼も厚かった人でさ。ちょっとカタブツだったけど真面目ないい奴だったわ。ひそかに憧れてたのよねえ」

「そ、そうなんだ?」

「だけど、ショックぅ。魔王様も悲しむだろうなあ…。やっぱ勇者にやられちゃったのかなあ」

「このアルシエルってそんな強いの?攻撃スキルとか全然持ってなかったけど」

「…え?」

「強化系のスキルしかないよ?よほど体術か剣術に優れていたんだね」

「…あいつ、アルシエルのスキルまで奪ったのね。汚いわ…」

「それじゃあ、その人もレナルドに殺されたのか…?」

「正確にはエウリノームね。あいつ、ぜーーったい許せないわ!!」


 カラヴィアは怒りをにじませた。

 カラヴィアが元気になったところで、ジュスターは立ち上がった。

 そしてその場にいる全員に聞こえるように云った。


「それから、地上に魔獣オルトロスが現れ、大司教公国首都に向かいました」

「魔獣が召喚されたのか?」


 イシュタムが重々しい口調で云ったことに素早く反応したのは優星だけだった。


「ちょ…!なんでもっと早く言わないのさ!大変じゃないか!」


 その場にいた誰よりも優星は取り乱していた。


「オルトロスって?」

『オルトロスは人を食らう強力な双頭の獣だ。あれが放たれたらこの国の民は皆殺しだな』

「そんな恐ろしい魔獣が街に…?」


 私の疑問にはネックレスの中からこっそりカイザードラゴンが答えてくれた。


「…私が、呼んだのだ…」


 イドラは力なさげに云った。


「止めろよ!魔獣は召喚主の言うことを聞くんだろ?」


 優星の質問に、イドラは首を振った。


「召喚した魔獣は、最初の命令を果たすまで止められない。たとえ召喚主であったとしても、命令の取り消しや変更は不可能だ」

「その命令って…」

「『シリウスラントにいる人間を皆殺しにせよ』だ」

「そんな!」

「計画は始まってしまったのだ」


 イドラは優星から目を逸らしながら云った。


「召喚した私のこの身を食わせれば、あれを抑えることができるかもしれないが…」

「バカなことを言うな」


 イドラを叱りつけたのはイシュタムだった。


「おまえを食っても魔獣は魔力の供給源を絶たれて暴走するだけだ」

「…」


 うなだれるイドラを横目に、ジュスターが発言した。


「勇者候補たちが後を追っていきました。今頃応戦しているはずです」

「将たちが!?」


 ジュスターの言葉に反応したのは優星だった。


「助けに行こうよ!ねえ、皆!」


 優星は周囲にいる魔族たちに協力を求めた。

 だが、魔族たちは立ち尽くしたまま、その場を動かなかった。

 その理由を、ウルクが冷たい口調で明かした。


「僕ら魔族にとっては、あの国の人間が殺されるだけなら、別に構わないんだけど」

「そ、そんな!」

「人間を助ける義理はないってことさ」

「そりゃそうかもしれないけど…、でも何十万って人が殺されるのを黙って見ていられないよ!お願いだ!魔獣を倒すのに、手を貸してくれよ!」


 優星は熱く語った。

 彼、こんなキャラクターだったかな?

 皆を説得している姿は、スマートな優星っぽくないと思った。

 私の彼の印象は、いつも将の意見に乗っかっているイエスマンという感じだったから。

 魔族になって、心境の変化でもあったのかな?

 それともやっぱり優星だっていうのは嘘?

 …でもそんな嘘をついても誰も得しないはずだ。


 この中で唯一の人間である私を彼が見ないのは、私が戦力にならないことを知っているからだ。

 実際、私には戦う力はないし、そもそも人間を癒す力なんかほとんどない。

 だけど、私は人の命を救う者として、この事態を看過するわけにはいかない。


「実を云うと私も、この国にはあんまりいい思い出がないんだけどさ。でも魔獣が現れて、何の罪もない人たちが犠牲になるのを黙って見てるのは違うと思うの」


 私が云ったことに、優星はホッとした表情になった。


「トワ…、君ならわかってくれると思ったよ。だけど君は行かない方がいい。戦う力のない君が行くのは危険だよ」

「優星、私ね、この国にいた頃からは、ちょっとは成長したと思ってるのよ」

「トワ…?」

「旅をして、いろんな人に出会って、わかったことがあるの。…役立たずの私でも誰かの力になれるんだって。誰かのために何かできることがあるなら、それが危険でも私はやるわ。あなたが1人でも戦うつもりなら、私に支援させて。私は戦えないけど、癒すことならできるわ」

「トワ…、君…」

「だから私を連れて行って。一緒に魔獣を倒そうよ」


 優星は感動して何かを云いかけたけれど、ジュスターの言葉に遮られた。


「トワ様がそうおっしゃるのなら、私も戦います」


 ジュスターが私の前に膝をついた。

 するとウルクもそれに習った。


「トワ様の決めたことなら、僕は喜んで手伝います」

「え」


 掌を返したようなウルクの態度に、優星は戸惑いを隠せなかった。


「トワってばカッコイイじゃない。ワタシも協力するわ」


 カラヴィアが親指を立てて云った。


「ええ?」


 あんなに自分が云った時は無反応だったのに、と優星は驚いていた。


「元より、我は魔獣を倒すために呼ばれたのだ。手を貸そう」

「私も、召喚主として責任を果たす」


 それまで無言で立っていたイシュタムや、この事態を引き起こした張本人でもあるイドラまでもが同調した。


「ええ~っ?どうなってるんだ…?トワ、君の影響力ってすごいんだね…」


 優星は驚いて私を見た後、がっくりと肩を落として云った。

 そんな優星の腕をポン、と叩いて「人徳の違いだよ」とウルクが云った。

 それは余計に彼を落ち込ませることになったのだけど、本当はそんなことはなくて、皆きっときっかけが欲しかっただけだと思う。


「皆、ありがとう。…って、ここ、どっから地上に出るの?」


 私がそう聞くと、イシュタムが声を掛けた。


「魔法陣の内に入れ。我が地上まで転移させてやろう」

「おおー、さすが神様!」


 私が云うと、優星は変な顔をして私を見た。


「神様?何言ってるんだい?あれはイシュタルだよ」

「イシュタル?優星こそ間違ってるわよ。イシュタムが正解よ?」

「イシュタム?似てるけど違うって…」

「行くぞ。無駄口を叩くな」


 イシュタムが私たちを注意した。

 私と優星は、先生に注意された生徒みたいに小さく「は~い…」と返事をした。

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