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英雄の記憶

「シリウス、シリウスってば」


 ―うん?


「ちょっと、いくら魔王を倒したからって、気を抜き過ぎじゃない?」

「そうだぞ。こんなとこでウトウトするんじゃねえよ」


 どうやら執務中に居眠りをしていたらしい。

 仲間たちが起こしに来てくれたようだ。


「ああ、ごめん…」

「我らが勇者様はお疲れのようだ」

「その勇者ってなんだい?」

「ああ、そうか、この世界にはまだない言葉だったか。俺の世界では魔王を討伐する者のことをそう呼ぶんだよ」

「今日も何かの書類を持った人たちが行列を作って待ってるわよ。まあ私たちは見てることしかできないんだけど」

「世界の英雄様はお忙しいとさ」


 私はとにかく忙しかった。

 なせかといえば、私は英雄になってしまったからだ。


 私の名はシリウス。

 異世界からの転生者だ。


 この世界では人間と魔族が争っている。

 なにがそのきっかけかはわからないけど、ある日オーウェン王国という人間の国が魔族によって滅ぼされてから、本格的な戦争が始まったらしい。

 人間側も、アトルヘイム帝国軍を中心に各国から集められた精鋭部隊で連合軍を結成し、魔王軍と戦った。

 後に人魔大戦と呼ばれる人間と魔族の戦いは、当初は人間側が押され気味だったそうだ。


 私がいるのは滅びたオーウェン王国の大聖堂だ。

 一説には、オーウェン王国には秘密の地下道があって、そこに生き延びた者がいるという噂も囁かれたが、王族は全員が死亡したとされ、国は後継者を失って事実上滅亡した。

 そこへ介入してきたのが、魔族との戦争に参加していたアトルヘイム帝国だ。


 王国のシンボルであった大聖堂は半壊したものの、戦後に一部修復が行われ、オーウェン王国政府の生き残りの役人や、戦いに参加したアトルヘイム帝国から役人が派遣され、臨時政府が立ち上がった。

 臨時政府は大聖堂を拠点に、生き残った一般市民への食糧の分配や住居の整備などに追われていた。帝国はそのバックアップを申し出た。



「アロイスは?」

「導師はアトルヘイム帝国軍に同行して魔族の残党討伐に出ているわ」


 目の前にいるのは、ひざ丈までの魔法士のローブを着用している、茶髪の女性だ。彼女はパーティ仲間のミユキ。優秀な魔法士の彼女も異世界から召喚されてきた1人だ。


「魔王軍は瓦解して国境から魔族の国へ帰ろうとしているらしい。連合軍は国境を封鎖して、待ち伏せするんだってさ」


 砕けた口調で話しかけるのは、ミユキ同様、異世界から召喚されたジェームズという背の高い男だ。どちらも見かけは私よりも年上だ。

 そして私もオーウェン王国の生き残り魔法士アロイスによってこの世界に召喚された異世界人だ。

 私とミユキたちはどうやら別の世界から召喚されたようで、まったく話が噛み合わなかった。

 ミユキとジェームズは私より前に別の国で召喚されていたが、大戦が勃発した際、アトルヘイム軍を中心に編成された連合軍へ派遣されてきて、私の仲間になったのだ。

 私は彼らと共に魔族と戦い、魔王を倒すこととなった。


 私とミユキたちとは1つだけ相違点がある。

 この体が自分のものではなかったということだ。私だけが召喚者ではなく転生者だったのだ。

 故国を滅ぼされたアロイスは、どうしても(かたき)を取りたくて、魔族を倒す者を召喚しようと試みた。

 しかしやり方がわからなかった彼は、王国に伝わる召喚術に関する古文書を紐解き、たった1人で召喚術に臨んだ。古文書に記されていた通り、魔力の強い場所で遺体を依り代にして召喚を行ったという。

 その遺体は発掘された古い遺跡から見つかったものだったそうだ。まだ若い女性で、なんらかの魔法的処理によってか、まるで生きているかのように奇麗なまま保存されていたという。

 私の意識はどうやらその遺体に乗り移ったようだった。

 アロイスは私が召喚された時、その体が男性になっていた上、姿も変わっていたので、大層驚いたと云った。


 この体が元々持っていたものなのか、召喚された際に取得したものなのかはわからないが、私には特別な力があった。

 それは<運命操作>というスキルを持っていたことだ。

 このスキルは文字通り運命を操作できるという驚くべきものだった。

 ミユキたち異世界人の仲間を呼び寄せられたのも、このスキルを使ったおかげだ。

 正直にいえば、魔王を倒せたのもこのスキルのおかげだ。だが、このスキルは様々な意思の下で発動され、強い運命を持った者には引きずられてしまうということを、後になってようやく理解することになった。


 私はそれ以外には、聖属性のスキルしか持っていなかった。

 異世界人のジェームズなどは、敵との距離を瞬時に詰める<瞬間跳躍(テレポート)>や異空間に相手を閉じ込める<次元牢獄>など、この世界にはない特殊なスキルを持っていた。

 <能力鑑定>スキルを持っているミユキに見てもらうと、私が最初から持っていたものは回復魔法、蘇生魔法などを中心に、後衛職のスキルばかりで、攻撃スキルといえるものはほとんど持っていなかった。

 2人に比べ、能力に劣る私は劣等感を抱いたものだ。

 連合軍の連中からも軽んじられた私だったが、アロイスだけは私を励ましてくれた。古文書によれば、これまで召喚術で召喚されてきた異世界人の中でも、聖属性を持つ者は魔属性を持つ魔族に対して驚くほどの強さを発揮したと書かれていたそうだ。


 私は<運命操作>を使い、仲間たちと訓練をして、強力な聖属性の攻撃スキルである<範囲聖光斬(オーラクロス)>や聖属性魔法<神聖光消滅(エクソダス)>を会得することに成功した。

 このスキルのことを知らないミユキたちは、自分たちも訓練すればより強いスキルが得られるのだと信じていたようで、必死になる姿は滑稽だった。


 アロイスの云った通り、私の聖属性魔法やスキルは魔族には絶大な効果があった。

 魔王軍と戦った時、仲間たちは魔王の護衛将に次々と倒された。

 私は魔王のみを倒すと決めて、1人で敵陣深く進んでいった。

 ようやく魔王を見つけた私は、1対1の勝負を挑んだ。

 魔王はそれを受けてくれた。


 私は<覚醒能力封印>を使って、魔王の強大すぎる能力を封じることに成功した。

 その状態でも、魔王はなぜか余裕で私に話しかけてきた。

 魔王はここで自分を倒してもすぐに転生してしまうので無駄だと云った。

 だが私は<運命操作>を使えばそれを阻止できる可能性があることを話した。

 魔王は、それについて聞きたがり、決闘中にもかかわらず私に、とある取引を持ちかけてきた。

 私はそれを受けることにした。悪い取引ではないと思ったからだ。

 それに、冷静に考えてみれば、私が魔王と戦う理由はない。アロイスの復讐の代行をしているにすぎないのだ。

 この取引については魔王と私だけの秘密だ。

 取引の結果、魔王は消失し、その後転生もしなかった。それはうまく<運命操作>が行われている証拠だった。次に魔王が目覚める時は、彼との約束が果たされる時だ。


 主を失った魔王軍は瓦解し、魔族たちは散り散りに逃げて行った。

 アトルヘイム帝国軍は魔族たちを追撃し、ついに人間の国から魔王軍を追いだすことに成功した。

 こうして人魔大戦は、人間側の勝利に終わった。


 私は、失った仲間たちを蘇生させた。アロイスも私と同じように戦死者を蘇生させようと試みた。彼は蘇生魔法が使える優秀な回復士だったが、その蘇生率は低かった。彼は蘇生させた戦死者のほとんどを不死者(ゾンビイ)にしてしまうという大惨事を引き起こしてしまったのだ。不死者(ゾンビイ)による二次被害を出してしまい、それを処理する兵士たちは、再び同僚を殺さねばならなくなり、やるせない気持ちになったことだろう。

 これ以降、蘇生魔法を学ぶ者は極端に減ってしまったとも聞くが、この惨状を見れば仕方のないことだった。


 魔王を倒しても、元の世界に戻れなかった私たちは、他に方法がないかと世界中の書物や賢人と云われる人々を招いては話を聞いたりしたが、何も手掛かりは得られなかった。

 私たちは諦めて、この世界で生きていくことに決めた。


 その後は戦後処理に追われることになった。


 大聖堂の本格的な修復が始まり、新しい国造りが始まった。

 アトルヘイム帝国は旧オーウェン王国のこの土地の実質的支配権をまんまと勝ち取った。

 臨時政府は私を復興のシンボルとして、帝国の名のもとに新しい国王に据えようとした。

 各国は復興支援を行い、人材や資金なども世界中から集まった。

 それもひとえに魔王を一騎打ちで倒した私・シリウスの名声が広まったおかげだった。

 この時の私は、英雄ともてはやされて少し有頂天になっていたのかもしれない。


 そんな時、アロイスが1人の人物を内密に連れて来た。

 それはなんと魔族だった。 

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