三つ巴の邂逅
「ずいぶん探したぞ」
ジュスターが声を掛けると、レナルドは首を傾げた。
「はて。誰でしょう?心当たりがありませんが」
「フッ…ではシリウスといえばわかるのか?」
レナルドの目がぎょろり、と動いた。
「…シリウスだと?そんな筈はない」
レナルドの口調が変わった。
「シリウスが生きている筈がない」
「貴様こそ、なぜ人間になっている?それと同じだとは思わないか?」
「ま、まさか…」
「私から奪った固有スキルがあっただろう?」
「嘘だ!だってそれはここにこうして宝玉に…」
レナルドはベルトの腰袋からビー玉程の小さな宝玉を取り出した。
「ほう?ずいぶん使い込んだな。もうかなり劣化が進んでいるのではないか?」
「くっ…騙りだ。本人のはずがない」
「ああ、そうか、貴様が人間になったのは、その劣化した<運命操作>のせいか」
「う、うるさい!黙れ!」
「滑稽な話だな。望みを叶えたくてスキルを使ったのに、脆弱な人間になってしまうとはな」
ジュスターは声を上げて笑った。
「しかし、それこそが<運命>というものだ」
「一体どうして…どうやった?そうか、スキルが残っていたのだな?ならばおまえを殺してそれを奪ってやる!」
「体が違えてもその性根は腐ったままだな」
レナルドは舌打ちして剣を構え直した。
ジュスターも長刀を自分のマギから呼び出した。
「他人の背後からトドメを刺すことしかできぬ貴様の腕前がどの程度のものか、見極めてやろう」
「くっ…余裕のつもりか」
優星は何がどうなっているのか、わからないまま立ち尽くしていた。
ジュスターに同行してきたウルクと仮面のカラヴィアも、レナルドとジュスターの立会いを注意深く見守っていた。
ウルクは構えた時点で既に勝負は見えていると、カラヴィアに呟いた。
「ジュイスったら、自分の身を守るために苦労して強くなったのね…」
カラヴィアはまるで息子を見守る母親のような気持になって、ジュスターを見ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「これ、ヤバイ状況じゃない?」
「しっ」
エリアナと将、ゾーイはジュスターたちの後をつけて来ていたが、途中で魔族が1人合流して増えたので、少し距離を取りながら尾行してきたのだ。
遅れて地下古墳へ侵入した彼らは、入口階段から地下神殿の様子を伺っていた。
すると、神殿の中で、魔族たちに囲まれたレナルドの姿を見つけたのだった。
レナルドは銀髪の魔族と戦っていた。
2人は何か話していたが、彼らの場所からは距離があって、よく聞こえなかった。
「やっぱりレナルドは魔族と戦っていたのね」
「レナルド、劣勢だな。あの魔族強すぎる。加勢しようぜ」
「了解しました」
勇者候補たちは、神殿中央のレナルドの傍まで走ってやってきた。
「レナルド、加勢するぜ!」
レナルドは驚いた顔をしていたが、すぐに剣を引いて勇者候補たちの後ろに下がった。
「感謝します」
「っていうか、これどういう状況か説明してくれる?」
エリアナがレナルドに尋ねた。
「その魔族たちが、魔獣を召喚しようとしていたのです」
レナルドは優星を指さした。
すると優星は「えっ?」と慌てた様子で云った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!違う!将、僕だよ、優星だよ!わからない?」
「はぁ?何言ってんだ?この魔族が!」
「この魔族、今、優星って言ったわ」
「魔族の言葉など聞いてはいけません。知っている者の名を出してこちらの心を乱そうとしているのです」
レナルドが云った。
「チッ、そういうことかよ。汚ねぇ…、よりによって優星の名を騙るなんて、許せねえ」
将は憎々し気に優星を見た。
「将、どうしてわからないのさ!悪いのはレナルドだよ!そいつが僕を殺したんだ!」
「うるせーよ!どこで優星のことを知ったか知らねえが、そのなりで優星になりすまそうだなんて、ありえねーんだよ!」
「ちょっと待って…優星を知ってるってことは…もしかして、そいつ、まさか優星を…」
エリアナの言葉に、将はハッとしてその魔族を睨みつけた。
「優星をどうした?あいつに何かしたのか?どうなんだ!」
将は優星に剣を向けた。
優星はいくら云っても、彼らには自分の言葉が届かないことを悟った。
「僕は、ここにいるのに…!どうして…!なんで剣を向けるんだよ!」
優星を庇うようにジュスターが前に出て、エリアナたちと対峙した。
「そこをどいてください。その男はあなた方の知っている聖騎士ではありません。生かしておいては害になるだけだ」
「ジュスター様、いくらあなたでも、こんな大勢で聖騎士を殺そうとするのはいけないわ」
事情を知らない彼女がレナルドを庇うのは当然といえた。
だが、ジュスターの目的はレナルドだけだ。
「邪魔をするならあなたたちとて容赦はしませんよ」
「ジュスター様…やるしかないの?」
エリアナが覚悟を決めた時、地面が大きく揺れた。
「な、何?地震?」
エリアナは天井を見上げた。
振動で地下神殿の天井からも、パラパラと岩の欠片が落ちてきた。
「ヤバイぞ!崩れたら生き埋めだ!」
将も焦り始めた。
「外へ逃げましょう!」
ゾーイが先陣を切って駆け出した。それに将が続く。
「ほら、レナルドも早く!」
エリアナがレナルドの手を取って走り出した。
「逃がすか!」
「ジュスター様、来ないで!」
ジュスターがその後を追おうとした時、エリアナが火炎弾をジュスターの足元の地面に向けて撃った。
床には大きな穴が開いて、ジュスターの行く手を阻んだ。
足止めを食らってジュスターは舌打ちした。
彼は穴を迂回して駆け抜けた。
「あん、ちょっと、置いてかないでよ!」
カラヴィアもジュスターの後を追いかけた。
地面が揺れる中、残されたのは、魔法陣の中の2つの遺体と、血まみれで倒れているイシュタル、蹲っているイドラ、そして打ちひしがれている優星と…翼の魔族ウルクだった。
「あんた、大丈夫か?」
ウルクが優星に声を掛けてきた。
「僕に、剣を向けた。将が…」
優星はまだショックから立ち直れていなかった。
「おい、しっかりしなって。ボーっとしてる場合じゃないよ」
「あ…そうだ、イシュタルは…」
「その魔族はもう手遅れだ。…トワ様がいてくれれば蘇生できるんだけど…」
イシュタルの血は魔法陣の中まで流れ込んでいて、荷車の上の魔族の体にまで飛び散っていた。
優星はイシュタルの身体を抱き起して声を掛けた。
「イシュタル…!イシュタル!」
優星はイシュタルの身体を揺さぶったが、もう反応を示さなかった。
「ダメだよ、こんなところで死んじゃ…せっかく命を拾ったのに」
「ここは危ない。早く逃げた方がいい」翼の魔族は優星にそう云った。
「嫌だよ!イシュタルを置いてはいけない。それにイドラも連れていかないと…」
優星はイドラを振り返った。イドラは魔法陣の前で膝をついて、なにか呟いている。
優星はハッとした。
イドラの口元が笑っているのを見た。
優星がうめき声だと勝手に思っていたイドラの言葉は、呪文だったのだ。
イドラはずっと魔獣召喚のための呪文を詠唱していたのだ。
「まさか…さっきの地震は、魔獣が召喚されたせい…?」
イドラはようやく顔を上げた。
「ハハハ!タロスの血肉を糧として、地上に魔獣オルトロスが召喚されたぞ!」
その顔は歓喜に満ちていた。
魔法陣の中にあった皮袋はいつの間にか膨らみを失い、まっ平になっていた。
それを見て優星は叫んだ。
「地上に、魔獣が召喚されたのか!」
「どうやらそのようだ」
「っつーか、あんたは誰なんだ?」
「僕は聖魔騎士団のウルク。さっき出て行ったのはジュスター団長だよ。あんた勇者候補だった奴だろ?国境砦にいたよね」
「…やっぱりそうだったのか。見たことあると思った。僕は優星アダルベルトだ」
「話は後にして僕らも地上に出よう」
「でも、イシュタルをこのままには…」
「もう死んでいる。トワ様がいれば蘇生も可能だけど、今は無理だ」
「トワサマ…?」
再び、ドシン!と地震のような振動がその場にいた者たちを襲った。
それは魔法陣から発せられた衝撃波のようだった。
「な、何だ!?」
ウルクが振り返ると、魔法陣から白い煙が立ち上っている。
その煙の奥に、動く人影が見えた。
「う…嘘だろ…」
優星の目に映ったのは、荷車に乗せられていた男の身体がゆっくりと起き上がるところだった。
「し、死体が、起き上がった…!ゾ、ゾンビだ!」
その人影は荷車から降りて、大股で魔法陣を踏み越えた。
「うわぁ!こ、こっちくるぅー!」
優星は腰を抜かしそうになって叫んだ。
ウルクも戦闘態勢を取った。
尖った耳、赤褐色の肌をしたぶ厚い胸板、そして額からはユニコーンのような大きく黒い角が突き出ていた。
下半身には下穿きを身に着けていたが、その逞しい上半身はむき出しだった。
その人物は、既に死んでいるイシュタルの前で立ち止まり、彼に向かって語り掛けた。
「おまえが俺を呼んだのだな」
「ゾンビがしゃべった!」
優星は驚いた。
イドラも高笑いを止め、驚愕の表情でその魔族を見ていた。
「まさか、私が召喚したのか…?いや、召喚したのは魔獣のはず…。一体何が起こった…?」
いつの間にか、揺れは収まっていた。
「この者の名は?」
大きな角の魔族は、イシュタルを指さして優星に尋ねた。
「その人は、イシュタルっていうんだ。…さっき死んじゃったけど。ねえ、あんたまさか、僕らを食ったりしないよね?」
優星はゾンビだと思って怯えていた。
その人物は優星の答えに、感心したように頷いた。
「イシュタル…なるほど、その名に力を宿す者か。どおりで我を呼ばれたわけだ」
「あんたは…誰なんだ?」
ウルクが尋ねた。
「…我は」
イドラも優星もウルクも、息をのんでその魔族を見ていた。
大きな角を持ったその魔族は、急に黙って立ち尽くした。
「…どうした?」
ウルクが云うと、急にその魔族が動き出した。
「…これは、どうなっているんだ?」
角の魔族は、独り言をしゃべり始めた。
その様子はそれまでとはうって変わり、きょろきょろと辺りを見回して、自分の身体をペタペタと触り始めた。
「私は、死んだのではなかったか…?」
「え?」
彼は優星を見て、手を伸ばした。
「優星、私はどうなった?」
「あれ?まさか…あんたイシュタル?」
優星は角の魔族に声を掛けた。
「そうだ、私だよ!」
「うっそー!また、移魂術が行われたのか?」
優星はそう云ったが、イドラは疑いの目で見ていた。
「移魂術だって…?いや、そんなはずはない。私が行ったのは召喚術のはずだ…。本当にイシュタルなのか?」
「でも、さっきはまるで別人みたいだったよね?本当に移魂術は上手くいったのか?」
優星はイシュタルだと云う角の魔族の傍に駆け寄って、その体をペタペタ触り始めた。
「…でも、こっちの身体の方が逞しくていいね」
優星は何とも暢気にそんなことを云った。
「…そこの私の身体は、死んでしまったのだな」
「うん…。あいつに斬られたんだよ。この体だった期間、短かったね」
「ああ…。その体が誰だったのかもよくわからんうちにな」
「でも、生きててくれて良かったよ…!」
「ああ、だが少しおかしなことになっている」
「おかしなこと?」
「この体にはもう1人、いる」
「え?」
「ここに、もう1人、別の誰かがいるのだ」
イシュタルは自分の胸を拳でトン、と叩いた。




