地下神殿にて
「殺すために、人間を飼っているのだよ。この国だけじゃない。他にも人間だけが入国できる場所があっただろう?あれもそれと同じだ」
「ラエイラのことか…?」
「既に仕掛けは完了している。あとはイドラに任せるだけだ」
レナルドの云った言葉に、優星はあの楽園のような別荘地を思い浮かべた。
あの素晴らしい都市も、まさか人間を殺すためのものだったなんて。
「冗談じゃない!人殺しなどに手を貸せるか!」
イシュタルはきっぱり云った。
「そうだよ、そんなこと、絶対にさせないよ!」
優星もイドラの前に立ち塞がった。
「イドラもそう思うだろ?そんな魔獣呼んだら、人も魔族も皆食われちゃうじゃないか!」
「私は…魔王を殺せれば、他がどうなろうとどうでも良かった」
「なんだって…?」
イドラの言葉に、優星もイシュタルも驚いた。
「…あんた、魔族なのになんで…」
「魔族だからといって全員が魔王の部下というわけではない。私の一族は魔王に恨みを持っているんだ。だが魔王は殺せない。そこで思いついたのが神殺しの魔獣を召喚することだった。魔王と言えどテュポーンの毒を食らえば再生も転生もできないはずだ。イシュタムがそうであったように」
「魔王が倒された後は?神様ですら制御できない魔獣が、地上に野放しになって人々を食いまくるんだろ?」
「だからイドラに召喚させるのですよ」
レナルドが云った。
「魔獣はコントロールが可能です」
「神様にもできなかったことが、できるのか?」
「暴走させなければ良いだけのことです」
「そんな都合のいい話、誰が信じるか!」
レナルドとイシュタルが言い争う後ろで、イドラは浮かない表情をしていた。
「なあイドラ、やめてくれ。あんただって関係のない人々が殺されるのは気持ちのいいもんじゃないはずだ」
イシュタルが必死で声を掛ける。
「私は…騙されていた。魔王を憎むように、仕向けられていた。憎しみだけが私の生きる糧だった…。だがタロスを殺した時、それを失った。そうしたら聞こえるようになったんだ」
「イドラ…?」
優星が呼び掛けても、イドラは答えず、頭を抱えたまま、膝をついて蹲ってしまった。
「魔獣が、私に囁くのだ。もっともっと我らを召喚せよと」
「イドラ、どうしたんだ?」
「その声を聞くと、私は仄かな高揚感を感じてしまうんだ…」
様子のおかしいイドラを心配した優星が駆け寄った。
するとレナルドは云った。
「イドラのように強い魔獣を召喚しすぎると、魔獣に共鳴してしまうことがあると聞きますね」
「共鳴?それ、危険なんじゃないのか?コントロールするどころか、魔獣に操られてしまうんじゃ?」
「やっぱり危険だ。召喚をやめさせろ!」
イシュタルもイドラを止めようと近づいた。
「大司教亡き後、手駒が足りなくなったのでね。この混乱を利用してイドラにはどうしても魔獣を呼んでもらわねばならない」
レナルドは剣を抜いてイドラに近づこうとした。
イシュタルはレナルドの前に出た。
「どうしてだ。あんただって人間だろ!」
イシュタルの言葉に、レナルドはニヤリと笑っただけだった。
「そこをどきなさい」
「よせ!イドラを脅迫するつもりか!?」
イシュタルは、レナルドの剣を取り上げようとした。
「邪魔をするな」
もみ合った末、レナルドはイシュタルを一刀のもとに斬り伏せた。
「ぐあぁっ!」
彼は額から腹にかけて前面を斬られ、その血が魔法陣の中に飛び散った。
「イシュタル!!」優星の目の前でイシュタルは倒れた。
「抵抗するからそんな目にあうのです。せっかく拾った命だというのに、愚かな。まあいい、依り代がひとつ増えたと思えば」
レナルドは倒れたイシュタルの身体をまたいで、優星の前に立った。
だが彼の目は、その背後でうめき声を上げて蹲ったままのイドラに向けられていた。
「イドラ。あなたはまだ殺しません。あなたにはまだ働いてもらわねばならないのですから」
レナルドは感情のない声で云った。
「イドラ、魔獣を召喚せよ。それがおまえのすべきことだ。安心しろ。召喚後は私が使役してやる」
「やめろ!あんたどうかしてる!魔王を倒すのに人間を犠牲にするなんて本末転倒っていうんだぞ!」
優星はイドラを庇うようにレナルドの前に立った。
レナルドは、優星の喉元へ剣を突き付けた。
「どきなさい。もう一度死にたいのですか」
「…もう一度?…まさか、あんたが僕を殺したっていうんじゃないだろうな?」
レナルドは剣を突き付けながら、フッと笑った。
そしてもう一方の手でベルトに着けていた袋から宝玉を取り出した。
「これは、あなたのスキルで作ったものです。貫通スキルを持っていたんですね」
「な…何であんたがそんなこと知ってるんだよ…」
「もう少し、マシなスキルを覚えてくれるかと期待したんですがねえ」
「レナルド…、あんた何を言ってるんだ」
するとレナルドはフッと笑った。
「私はね、強いスキルや珍しいスキルに目が無くてね。何をおいても欲しくなってしまうんです。それが生きる目的と言っても良い。私の究極の目的は、魔王のスキル…いや魔王そのものです」
「殺してスキルを奪う?」
「言った通りです。私は殺した相手のスキルを奪う力を持っているのですよ」
「…はぁ?そんなバカげたことあるわけが…」
レナルドは優星の目の前で、倒れたイシュタルの胸に剣を突き立てた。
「何をするんだ!」優星が叫んだ。
剣を突きたてられたイシュタルの身体は、悲鳴を上げ、反射的に動いた。
「ぐふっ!優…せ、い…。魔…獣を…止め……く」
イシュタルは振り絞るように優星に伝えた。彼は優星に向かって手を伸ばしたが、やがてその手はパタリと地面に落ちた。そしてそれっきり動かなくなった。
彼の身体からは大量の血が流れ出ていた。
「イシュタル…ッ!」
すると、何もなかったレナルドの掌の上に、ソフトボール大の宝玉が出現した。
「何だそれ…」
「ふむ。<炎熱耐性・強化>か。大したスキルではありませんね」
レナルドは不要とばかりに優星に宝玉を投げた。
キャッチボールのようにそれを受け取った優星は、宝玉を両手で握りしめた。
「それがあんたのスキルか。それでイシュタルのスキルを…奪ったのか?」
「今見せた通りです」
「そ、それじゃあ、僕を殺したのも、スキルを奪うためか…?」
「はい。勇者候補などそれ以外に利用価値はありませんから」
「それ、どういうことだよ!」
「もういいじゃありませんか。あなたはそんなに立派な魔族の身体をもらったのですから。全く羨ましい」
「人を殺しておいて、あんたって人は…!!」
優星は怒りのあまり言葉を失った。
「なるほど、そういうことか」
どこからか声が聞こえた。
「むっ…誰だ!」
レナルドは優星に剣を構えながら、周囲を見回した。
「どおりで見つからないはずだ。まさか人間になっていたとはな」
そこに現れたのは2人の魔族だった。
1人は背中から鳥のような翼を生やしており、もう1人は銀髪の美丈夫だった。
優星は彼らに見覚えがあった。いつか国境砦で見かけた連中に似ている。
「なかなか面白い見世物だったわよ、レナルド」
2人の魔族の背後から、もう1人、不気味な仮面の人物が現れた。
「仮面…?」
優星はその人物を不思議そうに見た。
大聖堂で大司教を陥れたのがその仮面の人物であることを、彼は知らなかった。
すると仮面の人物は優星をじっと見て云った。
「あら…?あんたアルシエルじゃない」
「え?僕を知ってるの?」
「ん?僕…?あんたそんなキャラだっけ?」
「いや、僕は…」
その2人には構わず、銀髪の魔族はレナルドに近づいた。
「やっと見つけた。おまえが魔大公エウリノームなのだな」
銀髪の魔族はレナルドを睨みつけた。




