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古の伝説

「うそだろ…?レナルドがどうして…?」

「優星、あの男を知っているのか?」


 国境砦にいたイシュタルは、レナルドを知らない。


「この国の聖騎士だよ。勇者候補の世話係だった」

「聖騎士…。公国の聖騎士といえば、魔族討伐を教義とする大司教の軍隊だ。そんな者がまさか魔族になりたいなど、ありえん」

「ああ、僕も信じられないよ。彼は真面目な聖騎士だ。移魂術の依頼者だなんて嘘だ…」


 イドラから指示され、2人は魔法陣の中に荷車と皮袋を置いた。

 レナルドは荷車の上の魔族に掛けられていた布を取った。

 その布の下からは、額に大きな角のある立派な体格の魔族の体が現れた。


「おお、これが…!素晴らしい」

「これが例の、バベルから発掘した物ですよ。大切に保管していました」


 イドラが説明している間も、レナルドは魔族の遺体を検分していた。


「おお、この角…!まさしくイシュタムのようだ」

「ご指名の亡骸です。さっそく始めますか?」

「いいえ、それは少し延期していただきたい」

「どういうことです?」

「大司教の計画を実行に移すのを優先したいのです」

「…何?」

「最初からそのつもりでした」

「ではなぜ依頼をしてきた?」

「ここへ()()を持って来てもらうためです」


 イドラの表情がこわばった。

 レナルドは薄く微笑んだ。


「あなたはこれまで通り、魔獣召喚を行えばよいのですよ」

「…貴様、何者だ」

「私は聖騎士のレナルドです。大司教様の忠実な下僕ですよ」

「そんなことはわかっている!私だって、大司教からの直接の依頼だったから受けたに過ぎない」

「大司教があんなことになっても、依頼を遂行してくださったあなたには感謝していますよ」


「レナルド、なんであなたがこんなことを…」


 優星は思わず口に出して云った。

 するとレナルドが、優星の方を向いた。


「ああ、あなたは優星様、ですね」

「…え?ちょっと待て。なぜ僕がわかるんだ?」


 優星は完全な魔族の姿をしている。

 ちょっと話しただけで誰だかわかるというレベルの話ではない。


「あなたがその体になった時、その場にいたからですよ」

「なっ…!?あんたは公国聖騎士だろ?魔族は殺すんじゃなかったのか?」

「死んだ魔族や人間が姿を変えて生き返った場合の対処は、教義には定められておりません」


 レナルドはしれっと云った。


「詭弁だな。あんた、大司教が魔族だったってこと、最初から知っていたんじゃないのか?」

「ええ。以前から知っていましたよ」


 イシュタルが指摘したことを、レナルドはあっさりと認めた。

 これにはイドラも驚いた。


「聖騎士のおまえが、なぜだ?なぜ魔族と知って仕えていた?」


 レナルドはイドラに視線を移したが、その目は笑っていた。


「あなたと同じ理由ですよ」

「どういうことだ…?」

「私も魔王を殺したいのです。そしてあなたは魔獣を召喚したくてたまらないはずだ。その2つの魔族の遺体は、あなたの希望を叶えてくれるものです。私たちの目的は合致しているのです」

「ふむ…」

「何を納得してんだよ!」


 イドラが頷いたことへ、優星は素早くツッコミを入れた。


「魔獣を呼んで、何をするつもりだ!」


 イシュタルがレナルドに向かって叫んだ。


「決まっている。人間を殺すのです」

「なぜだ?なぜ人間を殺すんだ?あんたは聖騎士だろう?」

「まさか大司教公国の人々を殺すってこと?」


 イシュタルも優星も、レナルドを信じられないという表情で見た。

 そこへ口を挟んだのはイドラだった。


「神殺しの魔獣を召喚するためだよ」

「神殺し…?」


 優星にはイドラの云う意味がわからなかった。


「そもそも魔族は増えすぎた人間を殺して減らすために、イシュタムという神に創られた種族なのだ」


「…歴史の時間に習ったよ」


 イシュタルが呟いた。


「え?マジで?そんな神話みたいなこと授業で習うの?」


 優星は目を丸くした。

 この世界では神様というのは随分と身近な存在のようだ。

 無知な優星に言い聞かせるように、イシュタルが説明した。


「魔族は増えすぎた人間を討伐するために、魔界にいる神イシュタムが生み出した種族だと言われている。だが人間だってただ殺されるのを待ったりしなかった。人間は協力して魔族と戦った。人間たちはその繁殖力と回復魔法で魔族を圧倒したんだ。その戦いは数千年続いたと言われている。長引く戦いで、魔族は徐々に数を減らしていった。人間は勢いを取り戻し、その人口は減るどころか増える結果になってしまった。窮地に陥った魔族たちを助けるために神イシュタムがこの世界に現身(うつしみ)を創り、降臨したんだ。

 その際、イシュタムは魔族を助けるために世界の半分にカブラの木を生やして人間を寄せ付けないようにしたという伝説がある」


 優星はイシュタルの話を黙って聞いていた。

 するとその後をイドラが話し始めた。


「イシュタムは3日のうちに人間を100万人殺して、それを贄として最強の魔獣を召喚したと言われている」

「3日でひゃくまんにん…!?神様ってスゲー…」


 初めて聞く話に、優星は唖然とした。


「まあ、そのあたりは伝説だ。正確に人数を数えた者なぞいないからな」

「それで、どうなったの?」

「この世界に現れた最強の魔獣は、世界中を歩き回って人間を食らい、たった1年で人間の人口を半分まで減らしたんだ。目的を達成したイシュタムは魔獣を魔界へ戻そうとした。だが、人間を食らいすぎた魔獣は力を暴走させてしまい、召喚主であるイシュタムをも食らおうと襲い掛かった。結局イシュタムはその現身を魔獣に食われてしまったという話だ」


「その最強の魔獣が『神殺しの魔獣テュポーン』だ」


 レナルドが声を張った。

 イドラは構わずに話を続けた。


「狂ったテュポーンは自我を持たず、人間も魔族も無差別に食い殺したという。世界はそのまま破滅に向かうかと思われたが、喰われたイシュタムの現身は、テュポーンの腹を斬り割き破って外へ出てきた。だがその現身はテュポーンの毒液を浴びて間もなく死んだ。

 そこへ人間を創ったとされる太古の神が現れた。人間の神には戦う力はなかったが、癒す力に優れていた。人間の神は、死んだイシュタムの現身から魔王を誕生させたという。人間の神は魔王と協力し、テュポーンを魔界へ追放したと言われている」


 イドラの話を聞いていた優星は、そっとイシュタルに耳打ちした。


「ねえ、イシュタル。その話、教科書に載ってんの?」

「どの国の教科書にも載っている話だぞ」

「マジか…!」

「だが、私が知っている話とは少し違う。私が知っているのは、人間の神は単独でテュポーンを撃退し、命を落としたという話だ。魔王はそのあとに魔の森から生まれたということになっている」


 イドラの説をイシュタムは訂正して聞かせた。


「この国の教義では魔王は排斥すべき敵だ。人間の神が魔王を誕生させたという事実を隠したかったのだろう。だから人間の国には神についての伝承が少ないのだ」

「なるほどな。私のいた国境砦付近では、太古の人間の神は生き残ってオーウェン王国の始祖となったという伝説もあった。眉唾な話だがな」

「どの話も伝説にすぎない。都合よく人間の神が現れたとか、魔王はどこから生まれたのかとかも真実は定かではない。だが1つだけ確かなことがある。それは魔獣テュポーンが神を殺したということだ」


 イドラが確定的に話した。


「てーことは、話の流れ的には、つまり…」


 優星は1つの可能性に気付いた。


「あんたがそのテュポーンを召喚するってことなのか?」

「ご名答」


 レナルドは優星に拍手した。


「テュポーンの毒は神をも殺す。不死の魔王を殺すにはその毒が必要なのです」

「そこの角の生えた魔族の骸を依り代にしてテュポーンを召喚するつもりか」


イシュタルが荷車の上の亡骸を指さした。


「そう。そのためには伝説の通り、100万の人間を贄に捧げてテュポーンを招き入れる準備をしなければなりません」

「あんたおかしいよ!魔王を殺すために人間を100万人も殺すってのか?そりゃ魔族討伐を優先させるこの国のやり方からしたら正しいのかもしれないけど、いくらなんでも犠牲が大きすぎるよ!だいたい、3日で100万もの人間を殺すって、そんなこと、爆弾でもない限り無理だよ!人間だっておとなしく殺されたりしないだろ?」


 優星の指摘に、レナルドは手を振って「いやいや」と否定した。


「そこの黒焦げの遺体で魔獣を召喚すればすぐですよ、ねえ、イドラ?」


 イドラはレナルドに頷いて云った。


「元々、この都市はそのために作られた箱庭なのだ」

「箱庭?」

「この大司教公国は、()()()()()()()()()()()()()()都市なんだよ」


 イシュタルも優星も、イドラの云うことに驚きを隠せなかった。

 だが、優星はふと思い至った。

 魔族だった大司教が、この国でわざわざ魔族排斥を行っていた真の理由に。


「…まさか、人間だけを住まわせるために、わざと魔族排斥をしてたっていうのか?」

「そうだ。長い年月をかけて人間をこの地に集めてきたのだ。効率よく()()()()()()()()()()()な」

 

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