失われた聖域へ
ジュスターが転移してくる少し前―。
イドラに保護された優星とイシュタルは、大聖堂の騒ぎが収まるまで地下で過ごしていた。
その間、イドラはどこかに出かけていたらしく、2人の前に姿を現さなかった。
それから数週間経って、イドラは2人に手伝ってほしいことがあると頼んできた。
優星とイシュタルはイドラの後について、地下道を歩いていた。
彼らは荷車に大きな荷物を載せて、更に優星は皮袋に入った荷物を引きずっていた。
荷車の上の荷物には、上から布がかぶせられていたが、それが魔族の遺体であることは明らかだった。
「この大聖堂の地下は旧市街地へと続いているんだ」
「じゃあ、僕らが討伐した魔族って、ここから出て行ったわけ?」
「そうだ」
「それって大司教も知ってた?」
「ああ。大司教の命じたことだ。この都市の外には魔族が多くいて、危険だということを市民たちに知らしめるためにな」
「外が危険?まるで市民を街から出さないようにしてるみたいだね」
「それが目的でもある」
「確かに僕らも魔獣討伐以外では外には出してもらえなかったな…」
優星はまだ勇者候補だった頃のことを思い出していた。
「大司教も、自分も魔族だったくせに、同族を殺させるなんて酷いことをするな」
イシュタルは呆れて云った。
イドラも「私もそう思うよ」と、彼と一緒に荷車を引きながら同意した。
「ところで、これ結構重いんだけど。もう1台荷車ないの?」
皮袋を引きずっていた優星が弱音を吐くと、イドラはぼやいた。
「魔族のくせに情けないな」
「僕は、魔族じゃない。こんな体になったけど人間だ。だいたい、魔族になりたい人間なんかいるはずないだろ!」
優星は叫んだ。
するとイドラは笑った。
「ところがそうでもないのだ。王侯貴族などの権力者の中には、不老長命の魔族の身体を手に入れたいと願う者が多くいるのだよ。彼らはこの実験に大金を払ってくれているんだ」
「金儲けのための実験だったのか!?」イシュタルが声を荒げた。
「嘘だろ…信じられない…!」
「おまえたちの実験が成功したので、実際に魔族の身体に移替をしたいという申し込みが来ていたんだ。だが大聖堂があの有様なので、別の霊場を探していたんだ」
「え?」
「まさか、この遺体…」
「その移魂術に使うのか?」
「ああ。これからその希望者が旧市街に来ることになっている」
「ちょっと待て。僕たち今、その手伝いをさせられてるのか?」
「そういうことになるな」
イシュタルと優星は顔を見合わせた。
「えっと…この皮袋の中身も…?」
「回収するとき見たが、黒焦げだったぞ。…まさかこれに乗り移らせるのか?」
イシュタルは露骨に嫌な顔をした。
「いや、こっちは違う」
「じゃあ何?」
「この遺体を依り代に、魔獣を召喚する」
イドラの口元はなぜか笑っていた。
「…魔獣?」
それで優星は「あっ」と思いあたった。
「もしかして、各地で魔獣を召喚してたのはあんたなのか?」
「ハッハハ。そうだ。おまえたちに倒されるためのちょうどいい魔獣を召喚してやったんだ」
「…何で…」
「フッ。大司教の命令で、勇者候補の訓練に協力してやっていたんだよ。まあ自分のスキル向上のためでもあるがな」
「なんだかあんた、楽しそうだな。また訓練のために召喚するのか?」
「…楽しそう?」
イドラは自分の口元を抑えた。いつの間にか笑っていたことに驚いていた。
イシュタルは話を変えた。
「しかし、物好きな者もいるものだ。この騒ぎの中、わざわざこんなところへ来るなんて」
「ああ…、この騒ぎだからこそ、だな。誰も旧市街になど注目していない」
「そんなに魔族になりたいものかな」
「…僕は、魔族の身体なんかになりたかったわけじゃないんだけどな…」
優星がボソッと呟いたのをイドラは聞き逃さなかった。
「君たちはどっちみち死んでいたんだ。体が変わっても命があるんだから良かったじゃないか」
「…僕も、死んでたの?」
「ああ。私が見た時には既に息は無かったよ」
「僕は…誰かに殺されたの?」
「わからん。大司教がお前の体を引きずって、儀式の間に現れたのだ。その直前までは息があったのかもしれん。移魂術には特別なスキルが必要で、死んでからすぐに行わねば成功しないらしいからな」
「そんな…」
イシュタルは、打ちひしがれた優星の手から、皮袋に入った荷物を奪うように持った。
「変わろう。そっちへ」
「あ…ごめん、ありがとう…」
優星はイシュタルに礼を云って、荷車を引く方に回った。
そんな彼にイシュタルは声を掛けた。
「過ぎたことを悔やむな。今を見ろ」
「…イシュタル…。あんた強いんだな」
「死ぬはずだった私が、この命を与えられたことには何か意味があると思っている」
「意味…か」
イシュタルは受け取った皮袋を優星よりは軽々と運んでいた。
「…しかし、この黒焦げの遺体が、大司教だとはな」
イシュタルが云うのは、彼が引きずっている皮袋の中身のことである。
イドラからそれを聞いて2人とも驚いたところだった。
「ああ、勇者候補たちに殺されたんだ」
「この地下道は、どこにつながってるんだ?」
「地下古墳だ」
「霊場と言っていたな」
「ああ」
「ナルシウス・カッツらの調査によって、そのさらに地下に神殿があることが判明したのだ。カッツはそこで神の遺体を探していたという」
「神の遺体?神様って肉体を持っているのか?」
優星にとって、神とは目に見えない霊体のようなものというイメージがあった。
「当り前だろう?肉体がなければこの世界に存在できないではないか」
「へえ~…そういう世界観なんだ…」
イシュタルの説明に優星は感心した。やはりここは異世界なのだと思った。
「その地下神殿とやらが依頼会場というわけか」
「ああ。そこはかつてオーウェン王国の霊廟があった場所であり、100年前に勇者召喚が行われた場所ではないかと言われている」
「なるほどね。いわゆるパワースポットってわけだ」
3人は、大きな荷物と共にようやく地下古墳へとたどり着いた。
カッツが見つけたという地下神殿は、朽ちた古墳の下の石室の奥に出現した階段を下った先にあった。
狭い階段を3人がかりで荷車ごと降ろし、皮袋を引きずってようやくたどり着いた。
そこは古い柱や朽ち果てた壁、何かのレリーフが掘ってある床や石像などに囲まれた少し異質な空間だった。
優星もイシュタルも、そこへ足を踏み入れた途端、産毛がピリピリと逆立つ程のパワーを感じていた。
空気も冷たく、どことなくカビ臭い匂いがした。
薄暗いため、イドラがランタンのような明りを灯す魔法具を取り出した。
それを床に置くと、仄かに辺りが明るく照らし出された。
ほんのりとした薄明かりの奥にいくつか明かりが見える。
「おっと、依頼主がもう来ているようだ」
イドラはそう云って、神殿の中央へ歩み寄った。
中央の床には巨大な魔法陣の痕跡があり、その魔法陣を囲むように6本の柱が立っていた。
その6つの柱には、依頼主が点けたのであろう松明がそれぞれ灯っており、柱の内側を照らし出していた。
依頼主は、その明かりに照らし出され、魔法陣の中央に立っていた。
イシュタルと優星は荷物を持って、その中央へと荷車を押しながら歩いて行った。
優星はそこに立つ人物に見覚えがあった。
「あれは…」
聖騎士の鎧、どことなくハリウッドスターに似た顔。
「レナルド…!」
それは、彼が良く見知った聖騎士レナルドだった。




