マギを見る者
トーナメントの決勝が行われる前―。
ジュスターは、セウレキアからスレイプニールの馬車でグリンブルへ向かった。
彼はグリンブルに戻ると治安維持機構本部へ行き、そこからポータル・マシンで大司教公国へ向かった。
先に戻ったウルクから大司教公国で起こったことを聞いて、異常事態だと判断したジュスターが自らウルクのサポートとして大司教公国へ出向くことにしたのだ。
ポータル・マシンで大司教公国地下に転移したジュスターは、そのまま地下通路を歩いていた。
ウルクはまだ遠隔通話のできる距離にはいないようだ。
大聖堂付近には人間が多くいるとのことで、地下から旧市街を目指すようにとウルクから聞いていた。
薄暗い通路を歩いていると、通路途中の扉から人影が出てきた。
その人物は、ジュスターの見知った人物で、白い仮面を付けていた。
「あ~れ~?あんた騎士団の…えっと」
「ジュスターだ」
「ああ、そうそう、暗いとこで見てもやっぱオトコマエね~。奇遇じゃない?こんなとこで会うなんて」
「…あなたこそ、こんなところで何をしているんです?トワ様を探しに行ったはずでは?」
それは魔王に顔を焼かれ、白い仮面をつけたカラヴィアだった。
「いろいろあってさ。魔王様の後を追いかけようと思ったんだけど、この国がこんな有様で移動の足を確保できなくなって。何か方法を探してこの辺ウロウロしてたわけ」
「あなた、探す気があるんですか。他に何か目的があるんじゃないんですか?トワ様はもうとっくに見つかりましたよ」
「え?あ、そうなの?なーんだ、手間が省けたわ。で、どこにいるの?」
「…教えたくありません」
「ちょっと、ちょっと、それは冷たいんじゃない?」
「魔王様から聞きましたよ。元はといえばあなたがトワ様を襲ったからだと。トワ様の騎士である私が、あなたを許すと思っているんですか」
ジュスターは冷たく云った。
「だから~、こうして魔王様から罰をもらったじゃない。反省してるわよ」
カラヴィアは自分の仮面を指さした。
「魔王様のご沙汰は甘いとしか言えません。あなた、どうせ反省などしていないでしょう?」
「してるわよぉ。こんな姿になって、表に出られなくなったから結構大変だったのよ?」
「罰なのだから当然でしょう」
ジュスターの冷たい態度に、カラヴィアは「冷たくしないでぇ」と云いながら彼に纏わりついた。
「あー、いいこと思いついた。あんたがあの娘の騎士ってことは、あんたに着いて行けばトワに会えるワケよね」
「ついてこないでください」
ジュスターはカラヴィアの手を振りほどいた。
「邪険にしないでよ~!ワタシだって必死なのよ?」
「私は忙しいんです。あなたに構っている暇はありません」
「ああん、そんな冷たいとこもステキ!」
「どれだけ浮気性なんですか。凍らせますよ」
「アッハ!冗談の通じない人ねえ~」
「ついてくるのは勝手ですが、邪魔をしないでください」
ジュスターはさっさと歩き出した。
カラヴィアはその彼の後ろをついて歩く。
「ねえ、その銀の髪、染めていたりするの?」
「いいえ。生まれつきです」
「またまたぁ。本当は金髪なんじゃないの?それともつらい奴隷生活でそんな色になっちゃったのかなあ?」
カラヴィアは無遠慮にジュスターに話しかける。
「奴隷?」
「そのキレイな顔、面影があるんだけどな~」
「…何の話ですか」
ジュスターは振り向きもせず答えた。
「ワタシ、あなたの正体を知っているわよ」
カラヴィアは彼の背後から自信たっぷりに語り掛けた。
「ワタシはね、大戦の後、魔伯爵マクスウェルから攫われた子供を探して欲しいって頼まれてね。人間の国に行っていたのも、魔王様を探すのはもちろんだけど、どっちかっていうとそっちがメインだったのよね」
「子供?」
「あら、知らない?そもそも100年前の戦争ってマクスウェルの繁殖期外の子が人間に攫われたことがきっかけなのよ?」
「そうですか」
「何そのうっすい反応。やっと見つけたのに~」
「…まさか、その子供が私だなんていうんじゃないでしょうね」
「そのまさかよ。言わなかったっけ?私は人のマギを見ることができるって。魔族は個別の魔法紋を持ってる。それはマギにも特徴が出るのよ」
カラヴィアからは前を歩くジュスターの表情を見ることはできなかった。
「あなた本名はジュイス、っていうんじゃないの?」
「違います」
「即答ね…。攫われた時はまだ幼かったんだけど、マクスウェル伯が溺愛するだけあって、ジュイスはそれはそれは美しい子供だったのよ。その子が生まれた時、魔王城に連れて来てみんなにずいぶん自慢していたものよ。確かに特徴的なマギを持ってたからよく覚えているわ」
「…そうですか」
「ワタシが見る限り、あんたのマギの色や形、間違いなくジュイスと同じなのよねえ。マギってさ、その体を構成するものだから、どれだけ姿が変わっても変えられないのよ」
「そうなんですか」
「いや、なんで認めないかな~?」
「私はジュイスではありません」
「いやいや、しらばっくれても無駄だから!観念して認めたら?っていうか、なんで名乗り出ないのさ。魔貴族の御子息なんていい身分なのに?」
ジュスターは立ち止まってカラヴィアを振り向いた。
「違うと言っているでしょう。言いがかりはやめてください」
「む~、手ごわいわね」
「私は聖魔騎士団のジュスターです。それ以外の何者でもありません」
それだけ云うと、ジュスターは再び歩き出した。
「あなたが認めないんじゃ、感動の御対面ってわけにはいかないわねえ」
「マクスウェルなんて会ったこともありません」
「ワタシが調べたところ、ジュイスは奴隷としてペルケレ共和国に売られちゃったみたいなのよ。そっから脱走したみたいでもう足取りは追えなかったんだけど…あなたもしかして子供の頃の記憶がないの?」
「…あなたもしつこいですね。知らないものは知りません」
「マクスウェルはまだ諦めていないわよ。自分の跡継ぎにするつもりで今も探しているわ」
「私には関係ありません」
「んじゃさ、あなたの魔法紋を調べさせてもらえない?」
「嫌です」
「拒否キタコレ。それは暗に認めてるってことになるんじゃない?」
ジュスターはもうカラヴィアの挑発には乗らなかった。
ウルクと遠隔通話ができるようになったからだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
市内の警護に当たっていたゾーイに、他の聖騎士が問いかけてきた。
「レナルド聖騎士長を見かけませんでしたか?」
「いや、見ていないが…」
「困ったな…、今後の活動のことで指揮を仰ぎたかったのですが」
「こちらでも探してみる」
ゾーイも市内を探すことにした。
聞き込みをしていると、レナルドが旧市街地の方へ向かっていったのを目撃していた市民がいた。
将とエリアナにそのことを話すと、2人は旧市街にまた魔族が出たのかもしれないと云った。先日も旧市街では地下古墳付近に魔族が出たので、勇者候補たちが駆り出されたばかりだ。
アマンダは市民の回復で忙しかったので、3人で旧市街へ向かうことにした。
大聖堂で死んだ市民や聖騎士は51人。怪我をした者は大聖堂の外で外壁の下敷きになった者も含めると優に100人を超えていた。回復士たちは昼夜問わず治療に当たっている。
旧市街地へと続く城門は開け放たれたままだった。
ここの城門は旧式の鋼鉄製の落とし格子型の扉になっていた。
国境砦に使われていたものと同じである。
今は格子扉は上に上がったまま、大きく開かれている状態で、そこに門兵が2人立っているだけだ。
「不用心だな。何で開けっ放しなんだ?」
すると門兵は先ほどレナルド聖騎士長が出て行って、開けておくようにと指示されたからだと話した。
「やっぱりレナルドは旧市街に行ったみたいだな。魔族が出たのかもしれない」
「あたしの言った通りね」
「聖騎士団を呼ぶつもりで開けっ放しにしてるのかもしれませんね…」
門を出て、街道沿いに歩くと、崩れた遺跡が立ち並ぶ旧市街が見えてきた。
その旧市街の入口に地下古墳の入口があった。
「…ねえ、あれ」
エリアナがゾーイと将の前で指さした方向に、2つの人影があった。
地下古墳の奥に見えるその人影に、彼女は釘付けになった。
「あれは…まさか、ジュスター様…!?」
「様って何だよ」
「運命よ、運命の人なのよ!」
「人の話聞いてねーな」
エリアナの指摘した通り、その2人は魔族で、そのうちの1人は銀色の髪をしたジュスターだった。
だが、問題はもう1人の方だった。
その人物は、白い不気味な仮面を付けていた。
「あれって、大聖堂にいた仮面ヤローじゃないか」
「ホントだ…やっぱりあれも魔族だったのね」
「どこへ行くんでしょうか」
「後をつけて、あの仮面ヤローの正体、暴いてやろうぜ」
距離を置いて、将たちは2人の魔族の後をこっそりつけることにした。
第六章です。




