暗転
歓楽都市ゴラクドール。
首都セウレキアから馬車で1日半のところにあるこの都市は、私の元の世界でいうところのラスベガスっていう都市にイメージが近い。
近代的な高級ホテル群が立ち並ぶ様は、とても異世界とは思えなかった。
私はギャンブルには興味がないけど、連れて行ってもらったカジノはどこも大盛況だった。
「客としてこの都市に入れるのは人間だけだが、もてなす側は魔族が多い。ここは魔族が人間サマをおもてなしする所なのさ」
マルティスは冗談交じりに云った。
ゴラクホールという、この都市で最も大きな催し物を行う円形状の施設で、人気闘士の模擬戦やパフォーマンスが行われることになっている。屋根のついたこの闘技場に似た施設がイベント会場となる。
私たちはそのイベントに出演するために呼ばれたのだ。
パトロンであるゼル少年は、護衛として私たちに騎士団を付けてくれた。
というのも、私がルキウスからの忠告を皆に話したからだ。
彼らはさっそく活躍してくれることになった。
ゴラクドールに入ってすぐ、私たちはトラブルに巻き込まれたのだ。
街に入ったところでチンピラみたいなのに因縁を付けられたり、ホテルのロビーでは他の客の喧嘩に巻き込まれそうになったりもした。
いずれも騎士団の人たちが素早く片付けてくれたので、事なきを得た。
闘技場運営委員会からの招待なので、泊る所も最上級のホテルが用意されたのだけど、ゼル少年はそれを断って高級コンドミニアムを借りてくれた。
コンドミニアムはホテルと違い、ダイニングルームとキッチンが付いているマンションタイプの宿泊施設だ。大きなリビングルームと複数のベッドルームが付いた豪華な10階建ての建物である。
委員会からの刺客を警戒してのことで、もちろん食事なども人任せにしないという気配りからだ。
上の階にはゼル少年と騎士団員たちも泊っているので、セキュリティ的にはばっちりだ。
すでに侵入しようとしていた不審者を何人か騎士団が捕まえて治安部隊に引き渡している。
イヴリスは騎士団員たちとすっかり打ち解けていた。
「イヴリスはいいよな~。俺なんかなぜか目の敵にされてんだぜ?」
「話して見ると、楽しい方々ばかりですよ」
「そうかあ?俺なんか目も合わせてもらえないぜ」
「日頃の行いの結果よ」
「俺が何したってんだよ」
「だいたい態度が悪いのよ」
ゼフォンはカナンに弟子入りを許されて毎日のように彼の元へ通っている。
何か、生きがいを見出したみたいに生き生きしている。
そして私は狙われていることを自覚しているので、極力外出を控えていた。
マルティスはリビングのソファに身を投げた。
「あー暇だ。ここのカジノは人間専用だし、遊びに行くところもないときた」
「でしたら模擬戦の会場でも下見に行きますか?」
「お、それはいいね」
「ゼフォンさんはカナンさんのところへ稽古に行っていますし、3人で行きましょうか」
ゴラクドールの運営管理を行っているのは、中央管理センターと呼ばれる機構である。
領主であるヒースから権限を委譲された市長がそのトップに君臨している。
中央管理センターは管理部、治安部、財務部、人員部、業務部、観光開発部、魔族部などから構成されている。
市長は頭を抱えていた。
彼の前には治安部の責任者がいた。
その報告の内容が、彼を悩ませていたのだ。
ヒースから委員会の決定だとして極秘に受けていた命令は、招待チームのチーム・ゼフォンのメンバーを事故に見せかけて殺せということだった。
それができない場合は、問題を起こさせて罪に問い、追放しろということだった。
まず、街のチンピラを雇って襲わせたが、彼らの周囲にいた魔族の集団にあっけなく取り押さえられた。
委員会が用意したホテルでは客を装った治安部員にそれとなく喧嘩をさせて巻き込もうとしたが、それもその集団に取り押さえられた。
調べてみると、どうやら彼らについた魔族のパトロンが雇った護衛らしい。面倒なことになった。
この都市の魔族の管理はアザドーという組織が担っている。
表立って人間が魔族を襲撃したりすれば、アザドーが黙っていない。
彼らが滞在する予定のホテルにはいろいろと仕掛けを施して、刺客まで用意していたのだが、そのホテルをキャンセルされてしまった。
周辺のレストランにも手をまわして毒を仕込もうとしていたのだが、よりによってコンドミニアムに泊まるとは。それならばと、食材に仕掛けをして店にも手を回したが、どうやら連中の中に食材鑑定スキルを持つ者がいるらしく、毒物を仕込んだ食材はすべて排除されてしまう結果となった。
コンドミニアムに隠密スキルを持つプロの刺客を送り込んでみたが、それも入口ですぐに捕らえられてしまった。
「…どうするんだ!このままでは命令を遂行できん。私の首が…」
「市長、こうなればもう模擬戦でなんとかするしかありません」
「結局、闘士頼みか…。エルドランは?」
「個人戦のチャンピオンですか。あれはダメです。ゼフォンの信奉者なので、話を聞いてももらえませんでした」
「最悪、なにか罪をでっちあげるしかないな…。何か考えておけ」
模擬戦の行われるゴラクホールへ下見に行ってみると、会場には他の闘士も大勢来ていた。
私たちが到着すると、なにやらざわざわとした。
やけに注目されているみたい。
個人戦のチャンピオンのエルドランという魔族が話しかけてきた。
この模擬戦で、ゼフォンと戦うことになっているとのことで、挨拶したいと云ってきたのだ。
彼にとってゼフォンは憧れの人らしい。
ゼフォンは来ていないと云うと、残念そうに帰って行った。
下見を終えて私たちも帰ろうとした時だった。
一部の闘士たちにぐるりと囲まれていた。
「委員会からのお達しでさ、あんたらを始末しろって言われてるんだよな」
「本当は模擬戦でって言われてたけど、今ここでやっちまってもおんなじだよなあ?」
「ゼフォンがいないならチャンスってもんだ」
マルティスは頭をポリポリ掻いて、「おまえらマジで頭悪いな」と云った。
「ここで俺たちをやったら偶然を装えなくなるだろ?いいのか?」
「んなもん、知ったこっちゃねえ」
「こっちは金さえもらえればなんだっていいんだ」
周囲に人がいないことを確認した上で、彼らは遠慮せずに力を振るえると思ったようだ。
「あーあ、委員会の連中も見る目ないな。こんなバカばっかしかいなかったのかよ」
「卑怯者め、私が鉄槌を下してやりますよ!」
イヴリスが剣を構えた。
「俺も、ちょうど新しい弓の調子をみたかったんだよなあ。トワ、下がってな」
マルティスも弓を構えた。
私が後ろに下がると、頭上からひらひらと鳥の羽が落ちて来た。と、同時に声が聞こえた。
「助けはいる?」
声の主は、騎士団のメンバーのテスカだった。
彼は、翼を羽ばたかせて私の隣に舞い降りた。
「いいや、結構だ」
マルティスがやんわりと断る。
「じゃあ、トワ様はこちらへどうぞ」
テスカは私を抱えてふわりと浮き上がり、闘士たちの包囲から外に出た。
それを合図にイヴリスとマルティスは戦闘を開始した。
別の闘士が私を狙ってきたけど、テスカの羽根が機関銃みたいに打ち出されてその闘士の顔面に突き刺さり、悲鳴を上げて逃げていった。
あっという間に、ほとんどの闘士が倒されていた。
マルティスは少し怪我を負っていたけど、かすり傷程度だった。
残った闘士の連中は逃げようとしたが、
「逃げるんならお仲間も連れて帰ってくれよな」
というマルティスの言葉を受けて、彼らは倒れている仲間を背負ってホールから慌てて出て行った。
「こんな連中と模擬戦なんて、盛り上がらなさそうですね」
「おまえも、精霊召喚する必要もないかもな」
広いホールの中を見渡してマルティスはため息交じりに云った。
その時、ホールの中央の空間が一瞬歪んで見えた。
「なんだ…あれ」
「空間から何か出てきます!」
イヴリスが叫んだので、テスカが私を背中に庇った。
歪みから、人の姿が出てきた。
その歪みは、魔王の使っていた空間魔法に似ている。
すると、私の前にいたテスカが叫んだ。
「ウルク!」
ホールの中央に現れたのはテスカの仲間だったようだ。
それと、あともう1人。背の高い、額に大きな角を持つ見たことのない魔族だった。
「誰だ…?」
マルティスが問いかけると、テスカは「僕の仲間だよ」と答えた。
ウルクはテスカの方に駆け寄ってきた。
「ウルク、どうしたの?」
「やあテスカ。悪いんだけど、トワ様に用事があるんだ」
「えっ?」
ウルクという小柄な魔族が、私の手を掴んだ。
「トワ様、お願いします。癒して欲しい人がいるんです。一緒に来てください」
「え?え?」
私は事情が呑み込めないまま、ウルクに手を引かれて角のある魔族の元へと連れていかれた。
「トワ!」
「トワ様をどこへ連れて行くつもりだ!?」
マルティスとイヴリスは私の後を追って来た。
角の魔族は私の顔を覗き込み、「うーむ」と唸った。
あんまり近づくと角が刺さりそうだ。
「用事が終わったら戻ってくるから安心して」
ウルクがそう云うと、角の魔族は有無を云わさず私の身体を抱えた。
すると、次の瞬間、私の視界は暗転した。
第五章はこれにて終了です。
 




