マルティスの事情
申し込みのあった他のパトロンとも会ったけど、ろくな連中じゃなかったことがわかって、マルティスはそれらを全部断った。
ほとんどが、私の能力の噂を確認したい者やイヴリスの精霊召喚を見世物にしようとしていた連中だったからだ。中には、身分を偽った奴隷商人も混じっていた。女性魔族は珍しいので、高く売れるということもあり、金目当ての者も多くいた。
「他の闘士たちのパトロンはもっとまともな人がいるのでしょうか」
「パトロンとか云いつつ、用心棒や使いっ走りをさせられてる奴も多いって聞くぜ?ゼフォンが現役だった時はどうだったんだ?」
「俺の時は、セウレキアの市長のザファテという男がパトロンになっていた」
ん?
ザファテって、私を拉致した奴じゃん!
ガウムって奴らの飼い主だったみたいだけど、ゼフォンのパトロンにもなってたってことは一応見る目はあるんだな。
「ただ、俺が闘士を辞めたいと言った時、すぐさま傭兵部隊に入れと命令してきた」
「えっ?傭兵になったのって命令されたからだったの?」
「ああ。だが俺も自分の力を試したかったから、自分から望んで行ってやったんだ」
「結局そいつもクソだったってことだな」
そのザファテが私に接触してきたことは仲間たちには黙っておいた。
それを話すと、魔王に助けられたことも話さなくちゃならなくなるし、なにより皆に心配かけちゃうことになるから。
魔王からは、自分とカイザードラゴンのことは仲間には言わない方がいい、と忠告を受けていたのだ。ネックレスは服の下にして隠している。
無用な混乱を避けたいという彼の云い分もわかる。
急に『昨日魔王に会ったのよ~』とか云って、誰が信じる?
それに、マルティスなどは魔王に対してあまり良い感情をもっていないみたいだし。
結局私たちは、最初にパトロンに名乗り出てくれたゼルという少年魔族の申し出を受けることにした。
すると、すぐに彼から食事会に招待された。
ホテルのダイニングルームで行われた晩餐は、私たちの知ってる食事という概念を覆すものだった。
海外の映画のお金持ちの晩餐に出てくるような長い食事テーブルに座らされ、緊張した面持ちでいた私たちは、次々と供される食事に驚きの声を上げていたのだった。
お誕生席に座る少年魔族は、そんな私たちの反応を見て楽しんでいた。
会うたびに思うけど、この子の言動は子供とは思えない。
だいたい子供のくせに一人称が『我』ってのもどうかと思うのよね。魔王も自分のこと『我』って云ってたから、もしかして魔王の云い方を真似するのが流行ってるのかな?
晩餐で出てきた料理はどれも驚くほど絶品で、いつもは寡黙なゼフォンですらも美味い、美味いと連呼していたほどだ。
それらをユリウスが作ったと聞いて本当に驚いた。イケメンなのに料理も上手なんて、隙がなさすぎる。
ゼル少年が武器や装備を新調して良いと云うと、マルティスは喜んだ。
彼は決勝でちょうど弓が焼かれてしまったからだ。
私たちは高額な報奨金を手にしていたから、いくらでも自分で武器を調達できるのだけど、セコい彼はなるべく自分のお金を使いたくないらしい。
ゼル少年は、マルティスが決勝で私を庇ったことに触れ、私とマルティスの関係について尋ねた。
おかしな噂を信じられても困るので、私はマルティスには他にパートナーがいることを話した。
「おいおい、こんなとこで個人情報バラすなよ~」
「ほう?では、そのパートナーはどこにいるのだ?」
少年は興味深そうに尋ねた。
「魔族の国だよ。もう100年くらい会ってないかなあ」
「え!何それ…連絡はしてるの?」
私は驚いた。
まさかそんなに会ってないなんて思わなかった。
「いいや」
「…信じらんない。どうして連絡しないの?」
「エンゲージしているのなら会いたくなるだろうに」
そうゼル少年が云うと、マルティスはフフンと鼻を鳴らした。
「あん?あんた子供だけど、そういうことには興味あんだな。だけど、頭でっかちはいけないぜ?こういうことは経験しないと説得力がないってもんだ」
彼は偉そうに少年に上から目線で説教した。
「100年もほったらかしにされるなんて、私だったら考えられないんだけど」
「俺には俺の都合があるんだよ」
「100年もかかる都合ってどんな都合よ?好きな人となら毎日だって会いたいって思うのが普通じゃないの?」
「エンゲージしたことない奴は黙っとけよ」
するとイヴリスが話し出した。
「一族の者に聞いた話では、エンゲージすると、相手が好きで好きでたまらなくなり、相手のことを考えるだけでとても幸せな気持ちになると言います」
「好きで好きでたまらなくなる…?」
すごく気になるワードが出てきたわね…。
「まあ、そりゃ個人の見解だな。確かに、悲しい時とか大変な時には、パートナーのことを考えると元気になるもんだ」
マルティスは腕組みしてうんうん、と頷いている。
「なのになぜ100年も会いに行かないのですか?」
イヴリスが当然な疑問を彼にぶつけた。
「…行かないんじゃなくて行けねーの」
「え?」
「いやー、実はさ、パートナーの家族に俺、嫌われててさ。もう帰ってくんなーって」
「…それは…なんとなくわかる気がします」
「って、イヴリス、そりゃないだろ!」
「同感だな。俺ももし自分の身内がおまえをパートナーとして連れ帰ってきたら即座に叩き出す」
「ぅおーい、ゼフォンまで…」
その場はなんとなく笑いに包まれたけど、それって笑えないことじゃない?
行かないんじゃなくて行けない、と云ってたけど、この口のうまい男がそんなことで諦めるかしら?だって彼、精神スキル使えるのに。
…なんかワケありっぽいのよねえ。
食事が終わった後、宿舎へ帰ろうとした時、ゼフォンは警護のために入口に立っていたカナンに、話があると声を掛けて2人でテラスへ出て行った。
そこでゼフォンがカナンの前に膝をついて、「弟子にして欲しい」と頼み込んでいた。
柱の影からその様子を見ていたマルティスは、驚いていた。
「あのプライドの高いゼフォンがねえ…。こりゃマジだな」
宿舎に帰った頃にはもうすっかり夜になっていて、私たちは各自部屋に戻った。
部屋にあるシャワーを浴びて寛いでいた時、扉をノックする音がした。
こんな時間に誰?と扉を開けると、そこには思いもよらぬ人物が立っていた。
黒髪に金色の瞳。
「ま、魔…王…?」
「ゼルニウス、だ」
云いかけてハッと気づき、辺りを見回してから慌てて彼を部屋に招き入れた。
誰かに見られたら大変だ。
「どうしたの?急に」
「おまえが扉から入って来いというからそうしただけだ」
「あ、うん。そうね。じゃなくって、こんな時間に何しにきたの?」
「好きな人とは毎日会いたい」
「…え?」
「…と思うものだろう?」
魔王は距離を詰めてきた。
「え…ええ?あの、でも、毎日は困るんだけど…」
「顔を見に来ただけだ。すぐに帰る」
「あの、ちょっと聞いていい?」
「何だ」
「あの、その…。好きって…本気で言ってる?」
「本気だ」
「いつ会ったのかは覚えてないんだけどさ、私のどこが良かったわけ?」
私の質問に、魔王は首を傾げた。
「どこが…?」
彼はマジで悩み始めた。
「ちょっと、そこで悩むのおかしくない!?」
「どこがというから真剣に考えていた」
「そういうときは嘘でも全部!とか答えときゃいいのよ」
って何でこんなこと魔王に教えてんのよ、私!
「なるほど」
その顔で素直に納得しないでー!
するとネックレスから盗み聞きしていたらしいカイザードラゴンの笑い声が聞こえた。
そこへ、再び扉にノックの音がした。
コンチェイだった。
魔王に隠れてもらうように云って、扉を開けると、コンチェイは私に来客を告げた。
決勝で戦ったルキウスが私に面会を求めているという。
魔王が帰った後、宿舎のロビーでルキウスと会うことになった。
ルキウスは先日、私の背中に矢を撃ちこんだ人物だ。
だけど、試合での話だし、別に恨んじゃいない。
彼は私をまじまじと見て、「本当に普通の女の子みたいだ」と云った。
そして彼は、近々私たちがある都市に招待され、そこで模擬戦を披露することになると話してくれた。
だけどそれは委員会の罠で、本当は私の命を狙っているのだと教えてくれた。
「僕はこう見えても闘士のはしくれだ。こんなだまし討ちみたいなやり方は我慢できないから」
「教えてくれてありがとう」
「1つ、聞いていいか?」
「何?」
「君は魔王と親しいと聞いている。だとしたらなぜ魔王はこんなところで君に闘士をさせているんだ?なぜ、魔族の国へ連れ帰らないんだ?」
ルキウスはきっとガウムやザファテから話を聞いたんだろう。
私も魔王がどうしてそうしないのかと考えたことはある。彼と話していて私が感じたことをそのまま話すことにした。
「あなたは、自分の好きな人が何かに打ち込んでいたとして、それが危険だからと途中で止めさせて家に連れ帰るのって、どう思う?」
「え…?」
「そうして無理矢理連れ帰っても、その人がきっと悲しんだり、落ち込むんじゃないかって思うわよね?」
「…驚いたな。魔王はそんなに君のことを想ってるんだね…」
「魔王ってあなたが考えているよりもずっと感情的で人間的なのだと思うわ」
「意外だね。魔王ってもっとこう、恐ろしい独裁者ってイメージだったけど」
「私もそう思ってたわ。でもそうじゃないって思わせてくれた。今も、闘士としての活動には干渉しないと言ってくれてるの」
「…君は愛されてるんだね」
「さらっと恥ずかしいこと言うわね…」
ルキウスはそれ以上詮索も意見もしなかったので、彼と別れて部屋に戻った。
その様子を、別の誰かが見ていたことにも気付かずに。
それから間もなく、私たちのチームに闘技場の運営委員会から遠征の要請が来た。
行き先は、ルキウスの云った通り、歓楽都市ゴラクドールという場所だった。




