闘技場運営委員会
闘技場運営委員会の建物は、闘技場からほど近い所に建っていた。
その会議室の中では、委員会が開かれていた。
その場には、ガウムとチーム・ルキウスのメンバーも招かれていた。
委員会メンバーは、先日の上級トーナメント決勝戦について、いくつかの確認事項を検討するという名目で緊急招集されたのである。
まず、決勝戦で客席から何者かの介入があったことの確認、それによりバリアが一部破壊されてしまったことに対する補強についての意見交換が行われた。
そして本題は、決勝戦に出場していたチーム・ゼフォンのトワという闘士に関する疑惑についてだった。
客席から闘技場に向けての攻撃は過去何度もあり、その都度改良を重ね、現在の魔法バリアは最新式の魔法具で最も強力なものを二重にして採用していた。
グリンブル王国から購入した際には、たとえSS級魔法士が全力で魔法を撃っても壊されることはないとのお墨付きをもらっていたシロモノだった。
ところがこれがたった一度の魔法で破られてしまったのだ。
運営委員会の調査では、バリアを破ったのは強力な重力魔法だったという。
だが、客席のどこから発せられたのかはわかっていないとのことだった。
これを破られたとあっては打つ手がないと委員たちは頭を悩ませた。
その結果、このバリアを三重にしてしばらく様子を見るということで一致した。
次に、チーム・ゼフォンのトワという闘士に関しての報告がルキウスからなされた。
委員会のメンバーからはなぜトワ本人を出頭させないのかとの声が上がった。
委員会の中心メンバーでもあるセウレキアの市長ザファテは、その理由を述べた。彼は昨日起こったことを報告した。
その内容は、その場にいた全員を戦慄させ、驚愕させるものだった。
「魔王だと?」
「それは本当に魔王だったのか?」
「ああ、鬼のような角の生えた、大きく恐ろしい男だった。黒い髪に金色の瞳だった」
「え?ザファテ様、私が見たのはスマートでキザな長髪の男でしたが…」
「なんだと?いや、そんな筈はない」
そこでパンパン、と手を打つ音がした。
それがガウムとザファテの言い争いに終止符を打った。
「見た者が皆違うことを言う。それこそが魔王である証拠ですよ」
それは運営委員会を束ねるエドワルズ・ヒースであった。
彼は、ペルケレ共和国合議会のメンバーであり、ゴラクドールを含むドール地方の領主でもある。
「では魔王本人がこの国に現れたということですか」
「そういうことになりますね」
「それが本当だとしたら、由々しき問題ですよ」
「…もしや、バリアを破ったのは魔王では?」
「…!」
「なるほど、それならば納得もいく」
10名ほどの委員会メンバーらはざわざわと魔王についての不安を口にする。
「落ち着き給え、諸君。ここで震えていても何の解決にならない」
ヒースが委員長らしくその場を収めた。
そして彼はその視線をザファテに移した。
「で、ザファテ市長。あなたが委員会よりも先にその娘と会った目的は何ですか?」
「え?あ、ああ…その、委員会の前に少し調べておきたいと思いまして」
「ほう?娘を尋問したのですか?」
「ええ、素直に認めないもので手こずりました」
「で、そこに魔王が現れた、と?」
「そうです」
ヒースはザファテをじろりと睨んだ。
「あなた、娘になにかしようとしたのではないですか?魔王はその娘を助けにきたのでは?」
「と、とんでもない!何もしていませんよ!ただ、スキルを確認しようと思っただけです」
「あやしいな、本当か?」
「市長、あんたまさかその娘に手を出したんじゃないだろうな?それが魔王の怒りを買ったとしたら、あんたの責任になるぞ?」
委員会メンバーの矛先はザファテに向けられた。
ザファテは自身の無実を主張し、ガウムも市長を擁護した。
「まあ、それはともかく、魔王が現れたということは、やはりその娘の噂は本物ということになりますね。魔族を癒せる者が現れたということは、人間にとっての脅威です。これは全世界に知らせねばなりません」
ヒースがそう指摘した。
それへ、ルキウスが補足説明をした。
「しかもその回復速度は詠唱なしの速攻で、回復力はSS級以上でした。過去の戦いを振り返ってみると、どうやら魔力供給もできるようです。恐るべき能力ですよ」
「…なんと恐ろしい」
「そんな娘、殺してしまったらいかがです?」
「そうだ、不安要素は取り除くべきだ」
委員会のメンバーが過激なことを云い始めた。
「すでに魔王がその身辺に現れたのですよ?娘を殺して魔王の逆鱗に触れたら、あなた方は責任取れるんですか?かのオーウェン王国の轍を踏むつもりですか」
ヒースが冷静にコメントした。
すると、ザファテがそれに同意するように云った。
「そ、そうだ!それはダメだ、絶対!魔王は私に言ったんだ。あの娘に何かあればこの国を滅ぼすと…」
ザファテの言葉に、委員会のメンバーは口をつぐんだ。
ルキウスは、日和見な委員会の連中に溜息をつきながらも思っていた疑問を口にした。
「しかし、そんなに貴重な娘を、なぜ魔王は連れ去らないのでしょうか?なぜこの国で闘士などさせているのだと思います?」
「確かにおかしな話だ」
「何か企みでもあるのでしょうか」
「娘を口実にして、我が国を蹂躙しようと考えているとか…」
「魔王ならば、そんな口実必要ないでしょう」
いくら議論を重ねても、その答えは出なかった。
そしてその議論は、魔王がこの国にいることに対する不安へと流れていった。
「その娘をこの国から追放すれば問題は解決するのでは?」
「おお、それは良い。娘を追放すれば、魔王もいなくなってくれるのではないか?」
「追放するにしても罪状は?」
「なにしろ優勝チームですからね。注目度も高い。理由もなく追放などすれば闘士や観客たちから詰め寄られることになります。運営が難しくなりますよ」
「娘の素性を公衆の面前で暴いたらどうです?」
「その場に魔王が現れたらどうする?全員抹殺されるのがオチだぞ」
ここで1つの提案をしたのはザファテだった。
「でしたら、良い方法がありますよ。今度人気闘士をゴラクドールに派遣し、イベントを行うことになっているんです。それに彼らを招待するのです。あそこならいくらでも不祥事などでっち上げられる。ゴロツキを雇ってあのチームを襲わせ、暴力沙汰を起こせば罪に問えますよ」
「なるほど」
「いや、しかし、それでは魔王をゴラクドールに誘い出すことになるではないか」
ヒースは1人反対した。
「いや、それよりももっと良い手があります。ゴラクドールで奴らに試合をさせるのです。試合の最中に、娘を殺してしまえば良い。それならば事故で済みますぞ」
それを提案したのはガウムだった。
「事故で済むわけなかろう!私はそんなリスクを背負いたくないぞ!」
ヒースは慌てた。
だが、他の委員たちはこの策に乗り気で、反対する者は誰もいなかった。
ペルケレ共和国の中でも、ヒースの領地にあるゴラクドールは尤も潤っている都市である。
他の委員たちからのやっかみを受けていることは、彼自身もわかっていた。
特にザファテは、自分の都市セウレキアから娘と魔王を追い出すことしか考えておらず、あわよくば魔王をゴラクドールへ追い出して、ゴラクドールの評判が下がれば儲けものだ、などと考えてすらいたのだ。
「では当初の予定通り、金で人を雇い、罪をでっちあげるということで。国から追放したところでゴロツキ共に始末させましょう。それならば最小限の被害で済む。なにしろゴラクドールはこの国一番の人出を誇る、ヒース委員長のお膝元ですから、万が一にも魔王の攻撃などあれば大きな被害が出ますしね」
ザファテが云うと、ヒースは苦虫を潰したような表情になった。
委員会は全員一致でチーム・ゼフォンを追放し、始末することに決めた。




