黒髪の青年
あんなに強いと思ってた仲間たちが、あっさり負けたのを見て、私は絶句していた。
何なのこの人たち。強すぎるんだけど。
あのゼフォンが手も足も出なかったように見えた。
「おまえの仲間を、回復してやったらどうだ?」
隣の少年が云う。
「え?どうして…」
どうしてこの子は私の回復能力のことを知っているんだろう?
この前の試合でバレたってこと?
「あなた、一体何者?」
「早く行かねば奴らが苦しむぞ」
「あ、うん」
まだ聞きたいことはあったけど、少年に促されて私は席を立った。
闘技場の客席の階段を駆け下りて、控室の方へと走った。
チームの控室に入った私は、ベッドに寝かされていたイヴリスとマルティスを回復させた。
ゼフォンはどこも怪我を負ってはいなかったが、無言のままでなにか考えに沈んでいた。
「さすが本職だな。可愛い見かけに騙されてたけどあの魔法士も相当の手練れだった」
「ナントカ騎士団って言ってましたね」
「聖魔騎士団、だ」
ゼフォンが口を開いた。
「聞いたこともない騎士団だな。まあ、魔貴族のお抱えの騎士団なんか知らなくてもしゃーないか」
「いや、あの強さは尋常じゃない。今まで戦った中でもダントツに強かった」
「あのオレンジ頭か。二刀流だったな」
「あの大男も気功とかいうおかしな技を使っていました。…手も足も出ませんでした」
「微妙に急所をはずしてくれたみたいだしな」
マルティスの云うことに私は同意した。
「そうね。どこも折れていなかったし、打撲程度だったわ」
「私たち、自分たちの力を過信していましたね」
イヴリスはシュンとした。
「相手は職業軍人だったんでしょ?そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない?」
私が励まそうとすると、イヴリスは「そうじゃないんです」と否定した。
「トワ様の魔力回復にいかに頼っていたかがわかって、反省してるんです」
「それは別に…最初からわかってたことだし、反省すべきことなの?」
「いえ。反省すべきはそれを自分の実力と誤解していたところなのです」
「それはあるかもな」
マルティスはそう云って私をじっと見た。
「あいつら、おまえを知ってるようだったぞ」
「え?私は知らないわよ?」
「だよなあ。だいたい魔貴族と接点がある人間なんているわけないもんな」
「でも、あの魔族の男の子、私の能力のこと、知ってたわ。今だって、回復して来いって…」
「この前の試合で知ったんだろうよ」
「世間的には私たちは回復スキル持ちだって発表していますが、見る人が見ればわかってしまうものなのかもしれません」
問題になっているのは、私が闘技場でマルティスを回復してしまったことだ。
確かにあれはマズかった。
「あ、私コンチェイさんとこ行ってくるね」
「奴隷の治療に行くのか?」
「うん」
私は控室を出て、闘技場の裏口へ向かって歩いていた。
闘技場の中では、まだイベントが続いているようで、客席から歓声が聞こえる。
地下室への入口前で、私を待ち伏せしていた人物がいた。
「よう、水鉄砲士」
「あなたは…たしかガウム」
それは以前トーナメントで戦ったガウムという男だった。
マルティスを闇討ちさせた悪い奴だ。
気が付くと、周りを数人の男たちに囲まれていた。
「何なの?」
「一緒に来てもらうぜ」
半ば無理矢理彼らの馬車に乗せられて連れて行かれたのは、郊外にある屋敷だった。
そこは同じ都市とは思えない程静かな場所だった。
「ここは俺たちのパトロンであるザファテ様のお屋敷だ」
「ザファテ?誰?」
「ペルケレ共和国合議会のお1人で、セウレキアの市長だ。この国の実力者だぞ。貴様、知らんのか!?」
「うん、ぜっんぜん知らない」
ガウムはどうだと言わんばかりに自慢してきたけど、私の薄い反応にがっかりしたみたい。
立派なお部屋に通されると、そのザファテって人がやってきた。
明るい栗色の長い髪を首の後ろでひとつに縛っているおしゃれな感じの40代くらいの男性で、仕立ての良さそうな丈の長いジャケットスーツを着ていた。
ザファテは自己紹介をした。
彼はこの国の政治の中心である合議会のメンバーの1人で、セウレキアの市長も兼ねている権力者だった。
彼の話では、トーナメント決勝戦でのことが闘技場運営委員会でも議論になっているということだった。
その議論の中心は、魔族である私が、どのような手段で魔族を回復したのかということだった。
「チーム・ルキウスの魔法士からの証言では、通常の回復スキルではあの短時間に立て続けに完全回復させることは不可能だと云っているんだがね」
「あ、あれはポーションを使ったんです」
ザファテは私の顔を見て笑った。
「魔族のポーションは連続して使用しても効果がないことを知らないはずはないな?」
「えっ?」
あ、魔族専用ポーションって、そういう設定だったっけ?
あっちゃ~、すっかり忘れてたわ…。
「しかも君は背中に負った傷も、試合後には完璧に消えていたそうじゃないか。本当のところ、どうなんだね?君は魔族を回復できるのかね?」
「で、できません」
「ではどうやったのか、教えてくれないか?」
「それは…」
「このことは闘技場運営委員会でも問題視している。私も市長として委員会の会議に出席する予定なのだがね。その際、君にも出頭してもらうことになる」
「出頭って、犯罪者じゃないんだから…!」
「いや、これは人間にとって重大なことだよ。魔族を回復できる者の存在など、あってはならないことなんだ」
この人、すごくまだるっこしい云い方をするなあ。私に質問してる割に、もう自分の中では答えが出てるんじゃないのよ。
政治家ってどこの国でもこんな感じなのかな。
「もし君が魔族を回復できるということがわかれば、君の身柄は政府が預かることになると思う」
「政府!?」
「このことが公になれば、各国から君は狙われることになるからね」
「な、なんでそうなっちゃうの?私なんか只の闘士なのに」
私の頭は混乱した。
勇者候補から落ちこぼれて追放されて、一文無しで旅をしてきてこの国で闘士になって…。
そんなショボイ私を巡って、今度は国レベルの話?
「幸いにもまだこのことは公になっていない。私が君の後見人になってあげようじゃないか」
「後見人?」
「君の素性を隠す手伝いをしてやろうというのだ。委員会での報告も私が手心を加えて何もなかったことにしてあげよう」
「えっと…それであなたに何のメリットがあるの?」
「私は闘士の他に、傭兵部隊を持っていてね。その中には魔族も大勢いるんだよ。傭兵部隊の中には回復士もいるんだが、知っての通り魔族は回復できないからね。君が彼らを回復してくれたら、私の傭兵部隊は無敵になる。あの黒色重騎兵隊にも引けをとらん世界一の部隊になれるのだ」
「私に、闘士を辞めて傭兵部隊に入れっていうの?」
「そう。それが君の唯一の生きる道なんだよ。政府に拘束されたら一生幽閉されるか、殺されるかだ。こっちの方がずっといいと思うがね」
「…回復なんかできないって言ってるじゃない」
「じゃあ今ここで調べてみるかね?」
ザファテが合図すると、ガウムの仲間が私の身体を左右から拘束した。
そして彼は懐から何かを取り出して私に見せた。
それは、大司教が持っていた宝玉と似ていた。
「これで相手の属性やスキルを鑑定できるんだよ」
ヤバイ…!
大司教の持ってたものと同じなら、回復魔法が使えることがバレちゃう。
っていうか、大司教公国にいた時以来、自分の属性やスキルとか確認してなかったけど、聖属性は確実に持ってる。でも今は魔族で通してるからそこがマズイわけよ…!
仮にここで『てへっ、実は私は人間でしたー』とか云ったとしても、魔族を癒せる理由にはならないもんね…。
どうしよう。
でも逃げるに逃げられない。
拘束されるのも嫌だし傭兵部隊に入れられるのも嫌だ。
だいたい、人に押し付けられる選択肢なんかにろくなものはない。
「こんなところにまで宝玉が出回っているとはな」
その声は、私の後ろから聞こえた。
突然部屋の中に現れた人物がいて、皆驚いて振り返った。
私も拘束されながら、恐る恐る後ろを見た。
そこには黒い服に黒いマント、腰に赤いサッシュベルトを巻いた黒髪の青年が立っていた。
彼を見て、私は息をのんだ。
「誰だ貴様!どっから現れた!?」
ガウムが叫んだ。
「ありえん。この屋敷には魔法防御壁が張り巡らされているのだぞ!どうやって入った!?」
ザファテも顔色を変えて叫んでいた。
黒髪の青年が手を前にかざすと、ガウムと、両脇から私を拘束していた男たちの身体が宙に浮いた。
「わわわ!」
「降ろしてくれ!」
男たちは悲鳴を上げて、空中で体をじたばたさせていた。
「トワ、こっちへ来い」
黒髪の青年は、私の名を呼んだ。
「は、はい!」
男たちの拘束から解放された私は、呼ばれるままに彼の傍に駆け寄った。
行かないという選択肢は私にはなかった。
私は、彼を知っている。
「貴様、トワを攫うとはいい度胸だな。死にたいか」青年はザファテに向かって威嚇した。
「ま、待て!おまえは何者だ!」
ザファテは黒髪の青年に問いかけたが、「雑魚に名乗る名はない」と云い、私の身体を抱き寄せた。
「…少し痩せたか?」
「えっ?あああ、あの…?!きゃっ!」
彼は私を両腕で抱き上げた。
これ、お、お姫様抱っこじゃん…!!
っていうか、顔が近い…!!
近くで見ても、クラクラするほどのイケメンだ。
こんな美形にお姫様抱っこされてるって、夢かよ!
って、非常事態だってのに、そんなこと思ってる場合じゃないのに私ったら…でも。
ヤバイ、近い、ドキドキする…!!
そんな1人パニック状態になっている私をよそに、彼は首を少し動かしただけで宙に浮いていた連中を壁に激突させて気絶させた。
圧倒的な強さとオーラを感じる。
この人、タダモノではない。
「ま、魔族の…魔貴族か?いや、その恐ろしい姿は、魔王護衛将か…?」
ザファテは恐れと戦いながら、振り絞るように言葉にした。
だけどその言葉に私は違和感を感じた。
恐ろしい?
このオッサン、何云ってんの?この超絶イケメンつかまえて恐ろしいって?
あー、もしかして恐ろしいほどのイケメンってこと?どこまでまだるっこしいんだか。
「我の前にその汚れたツラを見せるな」
黒髪の青年がそう云うと、立っていたザファテは一瞬で床に叩き伏せられた。
ザファテには強力なGがかかっているみたいで、床から顔を上げることすら難しいみたい。
床に伏せたままうめき声をあげるザファテに、青年は凄みのきいた声で云った。
「二度とこのような真似はするな。トワに何かあればこの国ごと滅ぼす」
「ひっっ…!ま、ま…さか、あなた様は…魔王…」
えっ?
今、魔王って云った?
「あなた、魔王…?」
黒髪の青年は、私の耳元で「目を瞑っていろ」と囁いた。
私は彼の腕に抱かれたまま、云われた通りにぎゅっと目を瞑った。




