エキシビション・マッチ
ゼフォン、イヴリス、マルティスの3人とエキシビション・マッチを行うのは、ゼルという子の騎士団だという3人の魔族だ。
カナンというオレンジの髪の精悍な男と、燃えるような赤い髪の大男のシトリー、ネーヴェというエメラルドグリーンの髪をした美少年の3人のチームだった。
彼らは闘技場前の控室で、お互いに顔合わせをしていた。
ゼフォンはカナンと対峙しただけで、その佇まいからかなりの実力者だとわかったようだった。
「あいつは強い。手を抜くどころの騒ぎではないぞ」
ゼフォンがそう感想を述べると、マルティスは眉をひそめた。
「仮にも騎士団員だからな。こりゃお遊びってわけにはいかなそうだ」
「ゼフォンさんがそんなことを言うなんて…気を引き締めます」
そう話すマルティスとイヴリスの元へ、美少年のネーヴェがやってきた。
「ねえ、あんた精霊召喚する人だよね。近くで見たかったんだ。楽しみだなあ~!」
「え?」
「珍しいスキルだよね!魔力消費は?詠唱はどれくらい?精霊を見たいから詠唱の邪魔しないでおくね!」
人懐こいネーヴェにイヴリスは戸惑った。
助け舟のつもりでマルティスがネーヴェに云った。
「あんた可愛い顔してっけど、手加減してやれねえからそのつもりでな」
するとネーヴェの表情が変わった。
「僕はトワ様をあんな目に遭わせたあんたらを許さないからね」
その鋭さに、マルティスはギクリとした。
それは、彼が『トワ様』と云ったことに対してだった。
私は闘技場のVIP席に招待されて、ゼルという少年魔族の隣に座ることになった。
「あ、あの、ご招待ありがとう」
お礼を云うと、少年はそっけなく「ああ」とだけ答えた。
私が席に着くと、少年と目が合った。
「ん?何か?」
「…いや、何でもない」
「あの、どこかで会ってる?」
そう云うと、彼は驚いた表情をした。
「なぜ、そう思う?」
「あっ、ごめんなさい。ただそんな気がして…」
「ふぅん、意識下にはあるんだな…」
「え?」
「何でもない」
VIP席にはテーブルが置かれていて、ユリウスがそこへ冷たいソーダ水とお菓子を運んできてくれた。
そのお菓子はなんとショートケーキだった。
「ええっ?これ、ショートケーキじゃん!」
ユリウスはにっこり笑った。
どうしてここにショートケーキがあるの?
夢じゃなかろうか!
ああ、夢にまで見たショートケーキ!
私はフォークで恐る恐る一口食べてみた。
「オーマイガー!!」
一口食べただけでもう美味しい!まさに絶品だった!
「すっごい美味しい…!さすがね、ユリウス!」
私が無意識にそう云うと、ユリウスはビックリした顔をした。
思わず彼の名を口走っていた。
だけど云ってからハッと気づいた。彼を呼び捨てにしちゃってたことに。
「あ、ごめんなさい、つい興奮しちゃって…」
「いいえ。お口に合ったようで嬉しいです」
その後、ユリウスは試合が終わるまでずっと笑顔だった。
褒められたのがよっぽど嬉しかったんだろうか。
そしてエキシビションが始まった。
最初は個人戦のチャンピオンのエルドランという魔族が、一般人の3人組と戦っていた。
この一般人は、応募者の中から抽選で選ばれることになっているのだが、裏では金が動いていたことは確かだ。
傍から見ていても明らかにエルドランは手を抜いていた。
スキルも使わずに、3人組をあっという間に転ばせていた。
観客からはヤジも取んだけど、3人組はそれでもチャンピオンと戦えて満足したようだ。
次は魔法士による魔法技術のエキシビション。
火、水、風、土の魔法をそれぞれ唱え、その派手さを競った。
その次は下級トーナメント優勝チームによる魔獣討伐ショー。
魔獣はその場で魔物召喚スキルを持つ魔族によって召喚された。
魔獣と云っても下位魔獣で、大平原に行けば普通に遭遇するような大きな狼のような魔物ばかりが召喚された。優勝チームがそれを見事に討伐した。
その後は、的を置いての弓の腕を競う大会や派手な剣舞などが披露された。
途中に歌や踊りなどのハーフタイムショーなんかもあって、なかなかのお祭り騒ぎだった。
そしてようやく本日のメインイベント、チーム・ゼフォンの登場である。
客席から歓声が上がった。
対戦相手の騎士団3人も登場した。
ゼフォンは槍を構えた。
カナンも両手に剣を構えた。
「二刀流か」
ゼフォンはカナンから発せられるただならぬ気配に、首の後ろの産毛がチリチリと逆立つのを感じた。こんなことは未だかつて経験したことがなかった。
「元チャンピオンに敬意を表して、二刀で戦ってやる。全力で来い」
カナンはそう挑発した。
ゼフォンの代わりにマルティスが答えた。
「そんじゃ遠慮なく行くぜえ」
戦闘開始の鐘が鳴った。
マルティスが弓を構え、イヴリスが<精霊召喚>を唱える。
シトリーは一声吠えると、その肉体を硬質化させた。
マルティスが複数の弓矢を一度に撃つ範囲スキルを使ったが、シトリーの体の周りには防御スキルがあったようで、矢はすべて弾き返された。
「防御スキル持ちかよ」
イヴリスは炎の精霊<ジン>を召喚し、空中から炎の魔法をシトリーとネーヴェに向けて放った。
ネーヴェは<攻撃魔法無効>を持っていたが、精霊魔法には効力を発せず、火球が彼の頬をかすめて行った。
「精霊魔法ってすごいなあ」
ネーヴェは素直な感想を云った。
「ネーヴェ、俺の後ろにまわれ」
シトリーがネーヴェに注意を促すと、彼は「はーい」と素直に従った。
<ジン>の放った魔法は、魔法防御は効かなかったが、シトリーの超硬化した体には、ダメージを与えられなかった。
「精霊魔法すらも弾くとは…!」
イヴリスが驚いていると、エメラルドグリーンの髪の美少年が、マルティスに向かって驚くべき速度で魔法を連打してきた。
「わわわ!マジか!」
彼は慌ててイヴリスの展開する魔法反射盾の後ろへ逃げ込んだ。
「くっ、この速さで撃ち込まれては防戦一方だ。反撃できない…!」
マルティスがイヴリスの盾の後ろから弓を撃つが、シトリーの超硬化した体の前に歯が立たない。
「こりゃ詰んだかな」
マルティスはイヴリスの後ろでボヤいた。
ネーヴェは精霊に向けて風の魔法を撃ったが、属性の相性もあってかあまり効果は無いようだった。
「精霊って魔法防御も効かない上、普通の魔法じゃ倒せないのかあ。これは厄介だね」
ネーヴェはぼやいた。
「では召喚主を倒すしかないな」
シトリーはそうきっぱり云った。
どうやらネーヴェが精霊と戦ってみたいとリクエストをしたようで、その間シトリーは攻撃せず防御に徹していたようだった。
彼はネーヴェの魔法攻撃を援護に、イヴリスとその後ろにいたマルティスめがけて、その鋼よりも固い肉体で突進した。
「ちょっとちょっと、それはマズイって!」
イヴリスの魔法反射盾で、ネーヴェの魔法をシトリーに反射させたが、彼はそれをものともせずイヴリスに腕を伸ばしてラリアットを仕掛けようとした。
咄嗟に彼女はジャンプしてそれを躱したが、彼女の後ろにいたマルティスを直撃した。
「ぐはっ!」
マルティスの体がシトリーのラリアットによって後ろへ吹っ飛んだ。
「マルティスさん!」
「ギブ…アップ…!あとはよろしく…グハッ」
マルティスはそう云ってそのまま地面に背中からスライディングして気を失った。
イヴリスは<ジン>にネーヴェの相手をさせ、自分はシトリーを相手に剣を抜いた。
しかし彼の超硬化した肉体には剣は役に立たなかった。
「チッ…厄介な相手だ。魔力切れを狙うしかないのか」
イヴリスは思わず舌打ちした。
シトリーは爪を装着した拳でイヴリスに襲い掛かる。
その拳の威力は、彼女の髪をパラパラと削いでいくほどだった。
防戦一方のイヴリスだったが、そのスピードはシトリーを上回り、その拳に空を切らせた。
「これでは消耗戦だ…」
イヴリスの息が上がってきた。
それは精霊魔法の<ジン>に魔力を使っているからだ。
いつもなら、トワが魔力を回復してくれるので、疲労感など感じたこともなかった。
彼女がいるといないとでは、こんなに戦力に差が出るものなのかと思い知った。
「魔力が底をついてきたか?」
シトリーの問いに、イヴリスは荒くなった呼吸で答えた。
「おまえたちが勝ち抜いてこれたのは、あの方のおかげだということを知れ」
シトリーは握った拳を開き、爪を捨てて空手のような型を取った。
「!?」
イヴリスが初めて見る動きに戸惑っていると、急に体に違和感を感じた。
彼女はこの時点で既にシトリーの気に呑まれていたことに気付いていなかった。
「う、動けない…!?」
「気功という技だ」
シトリーが腕を動かすと、その方向へイヴリスの身体が転がるように移動させられる。
「ええっ?体が勝手に…!」
自分の意思とは違う動きをさせられることにイヴリスは恐怖を覚えていた。
一方のネーヴェは精霊<ジン>の放つ魔法を、自らの魔法でカットして防いでいた。
「シトリー、これキリがないから早くお願い」
ネーヴェの懇願に「わかった」とシトリーが答えると、彼は掌で練った気功弾をイヴリスに向けて放った。
気功弾を腹に食らってイヴリスの身体は後ろへ吹っ飛んだ。
それと同時に精霊も消えた。
どうやら気を失ったらしい。
「今の技って、カナンに教わってたやつ?」
「ああ。実戦で使うのは初めてだったが、うまくいった」
「僕は見せ場が無くてションボリだよ。クシテフォンの方が適任だったよね」
「精霊魔法を見たいからと立候補したのはおまえだろう」
「あー、うん。そうだった」
ネーヴェはペロッと舌を出した。
シトリーはゼフォンと一騎打ちしているカナンの方を見た。
「あとはカナンだな」
「あーあ、なんか楽しんじゃってない?」
「カナンと撃ち合える者などそうそういないからな。あのゼフォンという者も、相当の腕だ」
ネーヴェの云う通り、カナンとゼフォンはスキルも使わず剣技のみで戦っていた。
槍と二刀という異種格闘だが、その撃ち合いは見ごたえがあった。
というのも、カナンのモーションがまるで剣舞のように美しかったからだ。
ゼフォンは汗だくだったが、カナンからは余裕が感じられた。
「ちょっとカナンー!そろそろ決着つけてよ」
「え?もうか?仕方ないな…」
ネーヴェに急かされると、カナンは片手に持っていた剣を背中からくるくると回して放り投げ、体の前で受け取るという曲芸のようなパフォーマンスをした。
観客へのサービスだったらしく、歓声を浴びた。
その歓声が鳴りやまないうちに、圧倒的なスピードでゼフォンの槍のリーチ内に入った。ゼフォンが疲れから、脇が甘くなっていたのをカナンは見逃さなかったのだ。
カナンは2本の剣をクロスするようにゼフォンの喉元に突き付けた。
このまま剣を押し込めば、ゼフォンは喉を切り裂かれて絶命しただろう。
「ま、参った…」
ゼフォンは震えるような声で云った。
カナンが剣を引くと、ゼフォンはその場で崩れ落ちるように膝をついた。
「勝負あった!挑戦者チームの勝ち!」
そう審判が下ると、観客たちからは拍手とともにブーイングも巻き起こった。
どうやら観客たちは、ゼフォンたちが挑戦者チームに、イベントだからとわざと負けたのだと思ったようだ。
しかしそんなブーイングなど気にもせず、カナンはゼフォンに声を掛けた。
「ゼフォンと言ったか。なかなかいい腕だがまだまだ甘いな」
「あんた、何者だ…?」
「私は聖魔騎士団副団長のカナン。独りよがりな戦い方では大事なものは守れんぞ」
ゼフォンはカナンを見上げた。
負けたものの、彼の表情は清々しかった。




