ガウムとの戦い
その後、私が両手いっぱいの花束を抱えて控室に戻ってきたので、皆は驚いた。
「すごい花束ですね!これをファンの方が?」
「そうなのよ~!おまけにそれ持ってきた人、めっちゃ美形だったんだよ!ね、コンチェイさん」
「ああ、滅多にお目にかかれないほどの美人だったなあ。あんたらが優勝したら、食事に招待したいとか言ってたよ」
「ほうほう。そんな美人だったなら覗きに行きゃよかったな。つーか、そんな美人がおまえのファンとかありえねーよな?」
「何でそう決めつけるのよ!」
「こんな大げさな花束とかさ、絶対アヤシイって」
マルティスはどうも私にファンがいるということに疑いを持っている様子だ。
「そんなアヤシイ感じは受けなかったがね。純粋にファンって感じだったよ。この花は飾っておいてあげるよ」
コンチェイが大きな花瓶を用意してチームの控室に花束を飾ってくれたので、殺風景な部屋が途端に華やかになった。
宿舎の食堂で食事を終えた後、各々部屋に戻ろうとした時、マルティスが云い出した。
「そいじゃ、俺はちっと飲みに行ってくるから」
「ええ?!ちょっと!試合は明日なのよ?出かけちゃダメって言われてたじゃない!」
「ちょっとだけだよ。景気づけにな」
止める私を振り切って、マルティスは手を振って夜の街に出かけて行った。
「勝手な奴だ」
「案外緊張してるのかもしれませんよ?」
ゼフォンが呆れていると、イヴリスは苦笑いして云った。
その夜。
チームの控室で、私たちはコンチェイから明日の敵についてのレクチャーを受けていた。
「マルティスの奴、まだ帰ってこないな」
ゼフォンがそう云った時、廊下で物音がした。
慌てて部屋の外に出てみると、ボロボロになったマルティスが倒れていた。
「ちょっと!どうしたの?」
「とりあえず中に運ぼう」
ゼフォンとコンチェイがマルティスを抱えて部屋の中に運んで寝かせた。
私が彼を診たところ、マルティスは全身に怪我を負っていて、あばらの他、腕や足も折れているみたいだった。
顔も口がきけない程に腫れていて、随分殴られたみたい。
ゼフォンもイヴリスもコンチェイも心配そうに声をかけていた。
「今、回復するね」
私は彼に手をかざして、全身を回復させた。
マルティスはふぅ、と息を吐いた。
「ありがとよ」
「一体何があったのです?」
「…闇討ちに遭った」
「闇討ち?」
「…たぶん、明日の対戦相手に雇われた奴らだろう。飲んで帰ろうとした時、出会い頭に目隠しされて拉致られたんだ。明日の試合、棄権しろってな。嫌だって言ったら殴るわ蹴るわ」
「相手の顔がわからんのではおまえのお得意の精神スキルも役に立たんな」
「ああ、用心深い奴らだよ」
「…許せないわ」
私が呟くと、コンチェイは「なるほど」と頷いた。
「次の対戦相手のチーム・ガウムは、対戦相手が棄権して不戦勝になったり、相手メンバーが少なかったり、ラッキーなことが重なって勝ち進んできたんだ。単なる偶然じゃなかったってわけか」
「なかなか汚い手を使う相手だな」
「自分に自信がないからって、卑怯にも程がありますね」
「でも試合前にふらふら出歩く方も悪いんだからね」
私がそう叱ると、マルティスは珍しく「悪かったよ」と素直に謝った。
「あいつら、俺の行動を把握してたみたいだ。たぶん、マークされてたんだろうな」
「八百長を仕掛けてくるヤツは、色仕掛けやら買収やらいろんな手を使う。結構な金が動くから、少しくらい乱暴な手を使っても、関係者を買収して不正をもみ消したりするんだ」
コンチェイの説明を聞いて、私もイヴリスも「絶対許せない」と憤っていた。
だけど、ゼフォンは「よくある話だ」なんて結構クールだった。自分も闘士だった頃にはそういうこともあったけど、すべて返り討ちにしていたんだって。
これにはマルティスも「おまえさんほど強くなくて済まないな」なんて自虐的に云った。
「たぶん、あいつらは明日俺が試合に出られないと思ってるだろうから、驚くだろうぜ。見てろよ、ソッコーぶっ倒してやる」
マルティスの瞳は熱血漫画みたいに燃えていた。
そして翌日。
トーナメント3回戦の相手は予定通りチーム・ガウムだった。
リーダーのガウムは後衛の回復士だった。聞けば最上級だとかで、闘士の中でもトップクラスの回復士だ。パトロン持ちらしくその装備はなかなか豪華だった。
前衛は盾持ちの剣士と長剣の戦士、弓と魔法士が1人ずつという鉄板の構成。
闘技場にマルティスが姿を現すと、ガウムたちは驚いて顔色を変えた。
思った通り、彼らは動揺していて、耳を澄ますとガウムが「あいつらが失敗したんだ」とか「嘘つきやがって」とか声を荒げているのが聞こえる。
明らかに昨日のマルティスの怪我は彼がやらせたことだったとわかる内容だった。
「残念だったな!俺は不死身なんだよ!」
マルティスはガウムに向かって叫んだ。
その時のガウムは、ドラマに出てくる悪役そのものって感じで、マルティスをギロリと睨んでいた。
戦いの鐘がなると同時に、マルティスは、ガウムに向かって矢を放った。
だがガウムの前には盾持ちの剣士が立ち塞がり、矢を弾いた。
「皆、スキルガンガンで行っちゃって!」
私が云うと、ゼフォンはおう!と答え、盾持ちとその背後にいるガウムに向けて、雷属性の槍スキルを使った。
前衛の盾持ち剣士は痺れて動けなくなったが、ガウムが回復魔法でマヒを解除すると、すぐに復帰した。
ゼフォンは1人で2人の剣士を相手にしていた。
そんな中、ガウムは自分の周辺にだけ魔法壁を展開した。
「へえ、普通はそういうのは自分じゃなくて前衛にかけるもんなんじゃねーの?」
マルティスがガウムに嫌味を云いながらも、イヴリスに合図した。
イヴリスは頷いて、精霊召喚を行った。
「来い!氷の精霊<カリアッハ>!」
イヴリスが召喚したのは青白い髪とドレスを纏った乙女の精霊で、その口からは吹雪のような氷雪を巻き散らした。
敵チームの弓士が矢を射かけるも、その吹雪で凍らせられ、地面にポトリと落ちた。
その極寒の吹雪は容赦なくガウムたちを襲う。
「うわああ!なぜだ、魔法壁が効かない!?」
<カリアッハ>の吹雪でガウムの手がかじかんで動かなくなった。
彼の後ろにいた弓士も同様で、弓をひくことができなくなってしまった。
イヴリスは唇の端で笑った。
ガウムは魔法壁では精霊魔法は防げないことを知らないようだ。
だがそんなことを教えてやる義務はない。
彼女は<カリアッハ>の援護を受けながら、前衛2人の頭上を飛び越えて後方にいた弓士の弓を剣で両断した。
一方、私は後衛の魔法士に向けて水鉄砲で応戦していた。
この頃になると、私は水鉄砲の水の軌道を自由に変えられるようになっていた。例えば魔法士が袖で口元を隠していたとする。私は水鉄砲の水の威力を最大限にして、水を魔法士の額に命中させる。すると魔法士の顔は水の勢いに負けて後ろへのけ反ってしまう。水は魔法士の額を弾いて噴水のように顔面から吹き出し、結局口に入って呼吸が困難になる、という寸法だ。
そこにすかさずマルティスが弓を撃ち込む。
普通なら前衛が弓を防ぐところだけど、どういうわけか前衛2人はひたすら回復士であるガウムだけを守っていて、他の者には見向きもしていなかった。
魔法士と弓士がリタイアを宣言して戦場外に出ても、残りのメンバーは意に介さず戦い続けている。
前衛2人を相手にしていたゼフォンが、雷属性の範囲スキルを放った。
「嵐牙雷!」
ゼフォンが高く掲げた槍の先端から、稲妻が迸り、前衛2人の身体を貫いた。
前の2人が感電して倒れても、ガウムは自分だけが魔法壁に守られていたため、無事だった。範囲の狭いシールドはそれだけ強力な効果を発揮した。
ガウムは必死で前衛2人を起こそうと回復魔法の詠唱を始めようとした。
だが、どこからか水が浴びせられて集中できない。
なおも詠唱を続けようとすると、口の中に大量の水が入り込んで来て、むせてしまう。
「ゲホッ!ゴホッ!」
私はガウムの目の前まで出てその顔に思いっきり水を掛けてやった。
「くそ、おまえか!こざかしい!殺してやる!」
「やれるものならやってみなさいよ!この卑怯者!」
ガウムは自分が回復士であるということも忘れて私に直接襲い掛かってきた。
その間に割って入ってきたのはマルティスだった。
「卑怯な真似をしてくれたじゃねーの…」
彼はガウムの胸倉を掴んで持ち上げた。
そしてその顔をまるでボクシングのパンチングボールみたいにガシガシと拳で殴ると、最後には大きく振りかぶってガウムを闘技場の隅へと投げ飛ばした。
「ぎゃっ!」と短い悲鳴が上がった後はシーン、と静かになり、ガウムはもう立ち上がってこなかった。
「勝者、チーム・ゼフォン!」
闘技場の実況者がそう宣言すると、観客から一斉に歓声が上がった。




