花束の人
彗星のごとく現れたチーム・ゼフォンは瞬く間に人気闘士チームとなった。
おかげで人気闘士しか入れない闘技場近くにある闘士専用の宿舎にも入れるようになって、ホテル代が浮いたとマルティスは喜んでいた。
下級、中級と上がって来て、ついに上級トーナメントに進んだ私たちは、その勢いのまま、2回戦を突破した。
あと2つ勝てば、上級クラスの決勝トーナメント優勝で、報奨金の金貨200枚+ボーナス報酬が手に入る。
ここまでチーム戦で勝ち上がってきたゼフォンには、個人戦へのオファーが舞い込んでいる。
マルティスはプロモーター気取りで、それらの申し入れを処理している。
でもゼフォンはあまり乗り気ではないみたい。
というのも、現在の個人戦のチャンピオンの試合を見ていて、やっぱりあんまり強そうじゃないと思ったみたい。
トーナメントで優勝して、スポンサーが付けば武器のオーダーメイドができるかもしれない、とマルティスは云った。
「それはいいな。この武器では物足りないと思っていた所だ」
ゼフォンは槍の手入れをしながら云った。
今彼が持っている槍はコンチェイが用意してくれた一般的な市販品だ。
「私の武器も手入れをしないと、刃こぼれが酷いです」
イヴリスも自分の剣を取り出して眺めていた。
「俺もいっちょカッコイイのを新調するかな」
マルティスも嬉しそうにしている。
いいなあ、皆は。私の武器なんか魔法具だからデザインのしようもないもんね。
噂によれば、世間では水鉄砲がちょっと流行っているらしいって聞いた。
特に子供の間で大人気だそうで、コンチェイがオーダーした魔法具屋は私の水鉄砲の模造品がバカ売れで大人気になっているということだ。
ふと、自分の指輪の嵌っている手を見つめた。
この手にはどんな武器が似合うんだろう?
「私の武器か…」
そう呟くと、ふっと、自分の手の中に、見たこともない扇子が現れた。
「うわぁ!」
私はびっくりしてひっくり返りそうになった。
「どうした?」
皆が振り向いて、私の手の中にある奇妙な物を見た。
一体どこからどうやって現れたのか、自分にもわからない。
「なんだそれ」
「見たこともないものですね…」
閉じた状態でこれが扇子ってわかるのはどうやら私だけのようだ。
私はそれを広げて見せた。
「ほぉ~!面白いですね。それはどうやって使うものですか?」
「これはね、こうして使うのよ」
イヴリスが訊くので、扇子を開いて、パタパタと自分を扇いで見せた。
皆が興味深そうにそれを見ていた。
「自分に風を送る道具ですか。奇麗な絵が描いてありますね」
「そうね、素敵よね」
マルティスは扇子をじーっと見つめていた。
「おい、その下に嵌ってる石。もしかしてダイヤなんじゃねえか?」
「ダイヤ?」
「聖属性に対応する宝石だ。めちゃくちゃ貴重な石で、すげえ高価なもんだ」
「これが…?」
マルティスが指摘した扇子の要に嵌っている大きな石を見た。
たしかに光を反射してすごくキラキラ光ってる。
ああ、ダイヤって、ダイヤモンドのことか!
「この大きさなら上金貨1枚は下らねえかも」
「上金貨!?」
その場にいた全員が口をそろえて叫んだ。
上金貨といえば1枚で1000万円の価値があるという高額貨幣だ。
「んで、これどうしたんだ?」
「わかんない…なんか急にパッって現れたの」
「はぁ?んなわけないだろ!」
「だって本当だもん!」
「ちょっと貸して見ろ」
マルティスは私の手から扇子を奪ってその石をじっと見ようとした。
その途端、扇子は私の手に自動的に戻ってきた。
「ん?何だ?今のは…」
「さ、さあ…?」
「今、戻ったよな?お前の手に」
「そう見えたわね…」
「ふ~ん?おまえって時々こういう不思議なことが起こるよな」
「そ、そうかな?」
その時、控室のドアをノックする音がした。
コンチェイだった。
「トワさんのファンだっていう人が来てるんだけど」
「えっ!?わ、私に?」
「へえ、珍しいこともあるもんだ。バッシングばっかじゃねーんだな」
マルティスが茶化すように云った。
だいたいファンはゼフォンかイヴリス目当てが多い。たま~にマルティスにもいる。
水鉄砲士の私なんかはお笑い担当的立場で、要するにオチ要員なのだ。
それどころか、最近は私に変わってこのパーティに入れて欲しいっていう人も出てきて、水鉄砲士不要論も巻き起こっているのだ。
最初は物珍しさもあって、それなりに評価されたものだけど、相手が強くなってくると、私の出番はめっきり減って行った。
そもそも、私が彼らを回復させているなんてわからないもんだから、水鉄砲を持ってうろうろしてるだけの私がどうしてこのパーティにいるのか、皆が不思議に思うようになっていたのだ。
その私にファンがいたなんて、嬉しいったらありゃしない!
「扇子をしまわなきゃ」と口にすると、持っていた手の中からそれが忽然と消えた。
「あら…消えた」
何が何だかよくわからないけど、これも<言霊>の力なのかな?
まあいいや、またあとで試してみよう。
「本当はダメなんだけど、その人がどうも熱心なファンらしくてね。会わせてもらえるまで何日でも待つって言うもんだからさ」
「へえ。殊勝なこった。せっかくだし会ってやれば?」
「いいわよ、会います!貴重なファンだもん。大事にしないと」
コンチェイに付いて宿舎の入口まで行くと、そのファンだという人が立っていた。
それも両手いっぱいに真っ赤な大輪の花束を抱えて。
こんなの少女漫画でしか見たことない絵だ。
何より驚いたのは、花束から覗いたその人が、目の覚めるような美形だったことだ。
こ、こんな美形が私のファン!?ありえな~い!
だけど、ワインレッド色の髪に優し気な微笑を浮かべたその人に、私はどこかで会ったような気がしていた。
その人は、私を見るなり大きく目を見開いて、私の名を呼んだ。
「トワ様…!」
様?!えっと、この反応って、もしかして、マジなファンなのかしら。
うわー、どうしよう。なんて云ったらいいのかな?
「あ、あの…こんにちは。応援してくださって、ありがとう」
私がそう云うと、彼は花束を抱えたまま、顔をこわばらせた。私の傍に一歩近寄って、私の顔をそれこそ穴が開くんじゃないかというほど見つめた。
ヤバイ。近くで見れば見るほどイケメンだわ…!
「トワ様、よくぞご無事で…!」
「あ、あの…?どこかでお会いしたことありましたっけ…?」
すると彼は少し悲しそうな表情になった。
「もしかして、覚えていらっしゃらないのですか?」
あれ?やっぱりどこかで会ってるのかな…?
「あ、ごめんなさい!失礼でしたよね。でも本当に覚えてなくて…すいません」
「本当に、私のことを覚えていないのですか?」
「ホンッと、ごめんなさい!あなたみたいなステキな人、1度でも会ったら絶対覚えてるはずなんだけど…。記憶がなくて」
「記憶がない?」
「あ、えっとその…とにかくごめんなさい」
私が頭を下げると、その美形は「いいんですよ」と両手に抱えた花束を渡してくれたので、私はそれを両手で受け取った。
その時、彼の視線が私の指に向けられていたような気がした。
「ありがとう、嬉しいです」
「今度、お食事にご招待したいのですが、いかがでしょうか?」
「えっ?でも…」
そこへコンチェイが割込んできた。
「申し訳ない、旦那。個別の招待には応じてないんですよ」
「そうですか。ではパーティの方全員をご招待するのではいかがですか?」
「まあ、それなら…。しかしどっちみちトーナメントが終わってからにしてもらいますよ」
「ええ。きっと優勝するでしょうから、そのお祝いにご招待しますよ」
その人はニッコリ笑って、「ではまた」と帰って行った。
私は、その人と別れてから、彼の名前を聞き忘れたことを悔やんだ。




