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公国を去る者

 エリアナたちは大聖堂の裏口から外へ出た。

 アマンダは回復士としての仕事を優先し、ゾーイと共に誘導してきた市民たちを大聖堂の前の広場へと誘導して行った。


 将とエリアナは裏口の先で、シンドウとダリアを見つけて呼び止めた。


「おい!待てよ、あんた!話を聞かせろよ!」


 後ろから声を掛けられたシンドウは、振り向いて足を止めた。


「勇者候補か。…いいだろう」


 シンドウは将たちに話を聞かせることにした。


 その内容は、彼らを驚かせるものだった。

 この国が魔族排斥を謳っているものの、その実大聖堂の地下に多くの魔族を飼っているいること、市民たちを騙すためにたびたび『生贄』と称して地下の魔族を旧市街地へ放ち、討伐して見せていたことなどを聞かされた。

 そして、勇者召喚自体が実験の1つであることを知らされた。


「実験て、何の実験だ?」

「大司教が俺に言ったのは、聖属性のスキルを持つ者を育てたいということだった」

「聖属性のスキル?」

「それが勇者の証なんだとよ」

「そういや、俺が聖属性のスキルを会得した時、やたら褒めてたな…」

「でも、あたしは聖属性なんて持ってないわよ」


 エリアナは不安そうに云った。


「あなたは魔力が強いから、公国の宣伝に使えると思われたのね。勇者召喚を行っていれば他国への牽制になるから」


 ダリアが答えた。


「あなたは?」

「私はダリア。人魔同盟の元リーダーよ。放逐された召喚者や魔族を助けているの」

「人魔同盟って…何?」

「人間と魔族の共存を目的とした組織よ」

「へえ…」


 エリアナは感心した。

 彼女は元居た世界でも人種差別や不平等に対して抗議を行う団体の手伝いをしたことがあったのだ。


「それで、今まで勇者召喚で呼ばれた奴らは、どうなったんだ?」

「…死んだわ」

「死んだ!?どういうことだよ?」


 ダリアの言葉に将は食ってかかったが、彼に答えたのはシンドウだった。


「殺されたんだ、大司教に」

「嘘でしょ…!じゃあなんで勇者召喚なんてするの?勇者って何なの?」

「勇者とは、魔王や魔族を倒すために異世界から召喚されるものだ。表向きはな。あんたらも聞いただろう?カブラの花粉のことは」

「ええ。それが異世界人の特性だって…」

「それがわかったのも、殺した勇者候補を解剖した結果さ」

「そんな…!」

「実験だって言ったろ?勇者なんて嘘っぱちさ。異世界人の力を研究して、利用しようとしてるだけなんだ」

「酷すぎるわ…!」


 エリアナはあまりの恐ろしさに声を震わせた。

 ダリアは構わず話を続けた。


「100年前に召喚された勇者は確かに魔王を倒したわ。だけど、それを召喚したのは大司教ではなく、滅ぼされたオーウェン王国の生き残り魔法士だったの。彼が召喚したのは本物の勇者だった。その勇者はその後どうなったと思う?」

「まさか…殺されたの?」

「ええ。しかも、仲間の人間に毒殺されたらしいの。毎日少しずつ食事に盛られていたみたいで、気付かなかったのね。無敵の勇者も毒の耐性は持っていなかったようで、その後密かに病床で亡くなったらしいわ」

「どうしてそんな…」

「強すぎたんだろうな。出る杭は打たれるってことさ」

「勇者の仲間たちは、精神スキルで操られたんじゃないかって、言う者もいるわ」

「勇者は行方知れずだって聞いてたけど…死んでたの…」

「人間の救世主が、仲間に殺されたなんてさすがに公表できないよな」


 将は呟いた。

 エリアナはハッとした。


「じゃあまさか優星も!?急にいなくなったのは…!」

「あなたのお友だち?残念だけど、おそらくはもう生きていないでしょうね」

「…そんな!」


 将もエリアナも言葉を失った。


「だけど、大司教が魔族だったってのは俺も予想外だった。あいつがこれまで勇者候補にしてきたことを市民の前で断罪するつもりだったんだが…思わぬことになっちまった」

「皇女まで誘拐して準備してたのにね。魔王のドラゴンが現れたり、おかしな仮面の人が現れたり、一体どうなってるのかしら」


 シンドウもダリアも事の顛末に戸惑っているようだった。


「ともかく大司教がいなくなったんだ。もう勇者召喚は行われないだろう。大聖堂もこのざまだしな」

「私たちはこれからグリンブル王国へ行くわ。あなたたちはどうする?」


 ダリアが将とエリアナに尋ねた。


「良ければ私たちと一緒にグリンブル王国に来ない?住むところも用意してあげるわ」


 ダリアの申し出に、2人は顔を見合わせ、そして返事をした。


「あたしたちはここに残るわ」

「どうして?もうここに用はないでしょ?」

「仲間が本当に死んだのかどうか、確かめたいの」

「俺たちは大司教には不信感を持っていたんだ。このままなら出て行こうと思ってた。だが、こんなことになって、この国がこれからどうなっていくのか、放っておくわけにもいかないだろ?」

「…そう」

「でもダリア、あなたの申し出には感謝するわ」

「何かあったら、グリンブル王国のこのポストに連絡して」


 ダリアはポストの番号を書いた名刺のような紙をエリアナに渡した。


「ありがとう」


 シンドウは「じゃあな」と言ってダリアと共に立ち去った。


「あたしたちも、アマンダたちに合流して、瓦礫の撤去を手伝いましょう」

「ああ」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・



 同じ頃、ホリーは焼け落ちていく大聖堂を見て呆然としていた。


「こんな…こんなこと、望んだわけじゃ…」


 何が起こっているのか、大聖堂の外にいたホリーにはわからなかったが、自分が仕掛けた皇女誘拐のために黒色重騎兵隊(シュワルツランザー)が突入したことと無関係ではないはずだと思った。

 ということは、この事態は自分が引き起こしたも同然なのだと考えたのだ。


 大聖堂から逃げ出してくる市民たちを茫然と見ていたホリーは、ひどい火傷を負った子供を抱えて泣き叫んでいる母親を目の前にして、我に返った。

 すぐにホリーはその子供の治療を開始した。

 やがて大聖堂の上階にいた魔法士や回復士たちも続々と集まり始めたので、ホリーは彼らを指揮して消火活動や怪我人の回復作業に務めた。


 黒色重騎兵隊も、大聖堂の消火活動に協力していた。

 彼らは、皇女を取り戻したことでこの国での目的を達成していたが、ノーマンは人道的に見過ごせなかったのだ。

 魔法士たちが力を合わせて水や氷の魔法で大聖堂の火を消した。

 ようやく鎮火した大聖堂の中に黒色重騎兵隊が突入して、防御スキルや攻撃スキルを駆使して焼け落ちかかっている天井を破壊して瓦礫を撤去したり、礼拝堂の中で亡くなっていた人々を1人ずつ外へ運び出したりしていた。

 公国聖騎士たちも救助活動に当たっていた。


「おい、やっぱないよな」

「ああ」


 部下たちがボソボソと話しているのを見咎めたノーマンが彼らを叱り飛ばすと、彼らは大司教の遺体が消えていると報告してきた。ノーマンは檀上に上がって調べてみた。

 たしかに黒く焼け焦げた跡はあるが、大司教に化けていた魔人の遺体はどこにもなかった。

 部下たちに大聖堂の中を探させたが、結局見つからなかった。

 あんなものを持っていく物好きもいないだろうと、ノーマンは燃え尽きてしまったのではないかと結論付けた。


 魔法士たちの指揮を執っていたホリーに、ノーマンは自分は皇女を連れて帰国するが、黒色重騎兵隊の半数を救護活動のために残らせると伝えた。

 するとホリーは、素直な気持ちを彼に伝えた。


「あなたのこと、クソったれ野郎だと思ったこともあったけど…今は感謝してるわ」


 ホリーの言葉にノーマンは苦笑いして、手を差し出した。

 彼女はその手を握った。


 ノーマンは皇女を連れて帰国して行った。

 ホリーはもう彼と二度と会うことはないだろうと思った。


 それまで対立していた公国聖騎士団と黒色重騎兵隊は力を合わせて瓦礫を片付けたり市民を誘導したりし始めた。

 だがなぜかそこには公国聖騎士団を束ねるレナルドの姿はなかった。

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