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優星アダルベルト

 最初は夢だと思った。

 もう一度目覚めれば、きっとラエイラのビーチにいるはずだ。

 そう思って、何度も眠り、何度も目覚めた。

 だけど、何度目覚めても同じこの暗い部屋にいた。


 大司教からは「君は生まれ変わったんだ」とだけ聞かされ、下着とローブのような布を身に着けさせられ、この部屋に入れられた。

 外から鍵が掛けられていて、勝手に外に出ることはできなかった。


 そこは暗い地下室のようだった。

 一日に2回、食事が運ばれる以外、扉が開くことはない。

 外で何が起こっているのかも一切わからない。

 何もないこの部屋で、ただ膝を抱えているしかなかった。

 なんで、どうしてこうなった?


 …僕はラエイラでサーフィンを楽しんでいたんだ。

 ホテルに戻る途中で、レナルドに声を掛けられた。

 …それから記憶がない。

 気が付いたらこうなっていた。


 そもそも、なんで、僕は魔族になっているんだ?

 この体は、何だ?誰なんだ?

 僕の身体はどうなった―。


『この体、私じゃないの。この世界に来た時、こうなってたのよ』


 そういえば、たしかトワがそんなことを云っていた。

 自分の身体じゃないものに、自分が乗り移っている感じだって。

 今の自分の状態は、まさにそれではないか。

 あの時、悩む彼女の気持ちなんかちっとも考えずに笑って茶化してた。

 皆で彼女の元の身体がダメになってるとか、酷いことも平気で言っていた気がする。

 他人事だと思ってた。


 考えてみると、僕はいつもそうだった気がする。

 いい人のふりをして話を聞いてあげて、その実、他人のことなんか大して関心がない。

 人に嫌われないように、うまく立ち回っていただけだ。


 …考えてみれば、恋愛もそうだったな。

 僕の恋愛は、本命には嫌われないように距離を置いて、付き合うのはいつも手軽な相手とだった。

 初めて好きになったのは同級生で…。気持ちを打ち明けたら「気持ち悪い」って拒絶された。冗談だよってごまかしたら、すごくホッとされた。

 その時の彼は、僕をまるで化物みたいな目で見たんだ。

 それから僕は相手の顔色を伺って、自分の気持ちを偽るように生きてきた。

 大学に入ってからは、同じゲイ仲間の友人もできたけど、僕の気持ちはいつも偽物だった。


 でもそんなの、今の状況に比べたらホントどうでもいいことに思える。

 こんな姿になってまで、恋愛の悩みなんてバカみたいだ。だけど、そんな他愛もないことで悩んでいた頃がもはや懐かしい。

 ああ、考えれば考えるほど理不尽だ。

 僕が一体何をしたっていうんだ?

 のほほんと生きてきたことへの神様の罰だとでもいうの?

 だったらどうしてそれが僕なんだよ?他の誰かでも良かったじゃないか!


 …こんなの酷すぎる。

 よりによって、魔族だなんて。

 僕は自分の外見にそれなりに自信を持ってた。

 じっくり鏡を見ていないから何ともいえないけど、元の姿からはきっとかけ離れているだろう。

 こんな姿じゃ将に会っても、きっと僕だとわかってもらえない。

 こんなことになるとわかっていたなら告っとけばよかった。


 …って、僕はこんな姿になってもこんなことを考えているし。

 バカだ…。どうしようもない。

 とりあえず、元の姿に戻れる方法を探そう。その前に、自分の身体を探さないといけない。

 こんな姿で生きて行くのは絶対嫌だ。

 誰か、助けてよ。

 将、エリアナ、誰でもいい。僕をここから救い出してよ…!


 現実を受け入れられなくて落ち込んでいると、ふと声が聞こえた。

 隣の部屋からだ。誰かがいる。

 勇気を出して、壁越しに話かけてみた。

 すると、返事があった。


「あの…。あなたは誰ですか?」

「私はイシュタルという」

「イシュタル…さん?あなたは…魔族ですか?」

「信じたくはないが、そのようだ。私は国境砦で連隊長をやっていた者だ。カブラの花粉にやられて衰弱死した…はずだった」

「国境砦?あ…ああ!イシュタルって、確か…。僕あんたを知ってるよ!あの連隊長さんだろ?」

「なんだ、私を知っているのか?君は誰だ」

「僕は、勇者候補の優星アダルベルトだよ!」

「なんと…!」


 その後、お互いの知っていることを話し合った。

 お互いの素性がわかってホッとしたのも束の間、やはりこの理不尽な現実を受け入れられない自分たちがいた。


「ここから出よう」

「え?でも鍵が…」

「忘れたのか。私たちは魔族の身体を持っているんだぞ」


 イシュタルは自分のスキルを確認してみよう、と提案した。

 云う通りにしてみると、元の自分が持っていたスキルはひとつもなくなっていて、見たことのないスキルばかりが残されていた。

 これは、この体の持ち主のスキルなんだろうか。体が変わるとスキルまで入れ替わるのか。

 だけど、攻撃スキルはほとんどなくて、<肉体強化>や<防御力増加>など、肉体強化のものばかりだった。

 <肉体強化>を発動してから扉に体当たりすると、木の扉はあっけなく壊れた。


「すげ…!本当に出られた…」


 魔族の肉体ってやっぱりすごい。

 同じように隣の部屋から現れたのは、自分よりも少し背の高い魔族だった。国境砦で見た連隊長は元々ガタイの大きな男だったから、あまり印象は変わらないな、と思った。自分と同じようなグレーのローブのようなものを纏っている。


「行こう」


 僕はイシュタルと2人、地上を目指して薄暗い通路を走った。


「どうしてこんなことになってしまったんだろう…」

「考えても仕方がない」

「あんたは納得してるのか?」

「まさか。討伐すべき魔族に、自分がなってしまうなど、想像すらしなかったよ。倒すべき魔族の神イシュタムをもじって名をつけるほど、私の親も魔族を憎む敬虔な信者だったというのに…」

「へえ、敵対する神の名前をつけるなんて独特だね」

「そうすることで敵のパワーを取り込んでねじ伏せられると信じていたのだ」

「…信心深いんだね」

「両親は帝国においても熱心な信者だったからな」


 いくつも階段を登って地下道を走っていると、途中からはもう知っている場所へ出た。

 ああ、ここは大聖堂の地下だ。

 この先には、大聖堂の礼拝堂があって、そこではいつも市民が司祭の講話を聴いていて…。


「待て。何かおかしい」


 イシュタルが声を掛けた。

 礼拝堂へ通じる出口の扉を開けようとしていた僕を止めた。

 扉の覗き窓から、礼拝堂の中を見た。

 大勢の市民がいる。だけどなにか様子がおかしい。


「何が起こってるんだろう?」

「しっ、フードを頭からかぶれ」


 イシュタルがそう指示した。

 市民たちが壇上に向かって押しかけているように見えた。


「なんか、殺せって言ってない?」


 だが、ここからでは檀上が見えない。

 そのうち、市民たちの悲鳴が聞こえた。

 その声は、大司教が魔族だった、と云っていた。

 そんなバカな、と思っていると、広間の中が猛烈な炎に包まれた。

 人々は逃げまどい、ある者は炎に焼かれ、ある者は人に踏まれて倒れた。


「熱っ…なんだこれ」


 大広間中の空気が熱風のように感じる。

 それになんだか焦げ臭い。


「覚悟なさい!大司教の偽物!」


 エリアナの叫ぶ声が聞こえた。

 ここに彼女がいる!


「今、大司教の偽物って言った?」

「私が様子を見てくる。おまえはここで待て」


 イシュタルは扉の鍵を内側から外して開け、ローブを頭から被ったまま逃げ惑う人々の中に飛び込んでいった。

 平気な顔をして飛び出して行ったところを見ると、彼には火とか熱の耐性があるのかもしれない。

 僕は市民がこちらへ入って来ないように、扉を閉めて覗き窓から様子を見守っていた。

 やがてイシュタルが戻ってきた。


「ここは危ない。一旦地下へ戻ろう」


 扉を開けてイシュタルを招き入れた時、裏口へ走っていく将の姿が一瞬だけ見えた。


「将!」


 思わず声を掛けた。

 だが、将は気付かずに走り去って行ってしまった。

 イシュタルに「早く!」と腕を取られ、元来た地下道へと逃げ帰った。


 僕らはとぼとぼと地下通路を歩いていた。

 イシュタルは、歩きながら今見たことを話してくれた。

 大司教の正体が魔族だったらしいこと、それを勇者候補たちが倒したこと、大勢の市民が巻き添えになって虐殺されたこと。


「大司教が魔族って、それは偽物ってこと?じゃあ本物の大司教はどこに?」

「わからん。もしかしたら、最初から魔族だったのかもしれん」

「…そんなことってある?だいたい、何で魔族が魔族排斥なんて云ってるんだよ?意味が分からないよ」

「私に聞くな。わかるわけがない」

「…これからどうするの?僕らこの姿だし、この国じゃ生きていけないよね?」


 僕が心細そうに云った時、背後から声がした。


「そんなことはない」

「誰だ!?」


 反射的にイシュタルが僕を庇うように前に立った。

 そこに立っていたのはグレーのローブを纏った灰色の長髪に碧色の目をした、美しい顔の人物だった。


「…魔族?」

「おまえたち、被験者だな?」

「…被験者?あんたは誰だ?」

「私はイドラ。この国を支配する者だ」

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