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魔王は語る

「いや、面白いものを見せてもらった」


 少年魔王はそう云って笑った。


 地下の大広間の一件で、私は客人待遇になったようで、今こうして豪華な応接室で魔王とお茶なんか飲んでたりする。


「しかし、魔族を癒す人間がいるとはな。我も長いこと生きているが、そんな者は初めてだ」

「私も驚いてるわ…」


 魔王を前に緊張するかと思ったけど、見かけが少年だからか、なんとなくタメ口になっちゃってる。

 私は彼に自分が異世界から召喚された勇者候補だと打ち明けた。


「ほう、今は勇者というのか」

「うん。勇者ってのは魔王を倒すという意味よ」

「ほう、面白い。ところでおまえの名はなんという?」

「トワよ」

「トワ、か。我はゼルニウス。魔族の王だ」


 やっぱ本物なんだ…。ていうか魔王って自分のこと我は~って云うのね。

 この可愛い男の子の一人称としては違和感があるよねえ。

 そこは突っ込んじゃいけないところなのかな。


「おまえはこんな夜更けに、何をしていた?」

「昼間の戦いで爆風に巻き込まれて気絶してたみたい。気が付いたら真っ暗で…話し声が聞こえたからそっちへ行ったら、サレオスさんたちに会ったの」

「それで、魔族とは気づかず回復魔法をかけたわけか」

「うん。魔族だって知ってたら近づきもしなかったわよ。知ってたとしても、回復魔法を掛けたりしないわ。魔族には回復魔法は効かないって聞いてたし」

「お前の魔法は人間にも効くのか?」

「うーん、それがね…効かないことはないんだけど、どうも効果が今一つで。戦場では役立たずだし足手まといね」

「それで、戦場で置いてきぼりにあったのか」

「…たぶんね。死んだって思われてたのかも」

「仲間は探しにも来なかったわけか」


 う…。

 気にしてたことをさらりと云われた。


「…少なくとも、サレオスさんの弟みたいに探しに来てくれる人はいなかったわね」


 もはや自虐でしかない。

 誰も、私に関心もなかったし、期待もしてなかったと思う。

 ただ、勇者候補だから、召喚された者だから、大司教の命令だからというだけで皆付き合ってくれていただけ。

 そんな私の心の内を見透かすように、魔王は云った。


「我がおまえにここにいて欲しいと頼んだら、おまえはいてくれるか?」


 少年の金色の輝くまっすぐな目が私を射るように見る。

 確かに、ここにいる人は私の能力を認めてくれる。

 必要としてくれる人がいるというのは嬉しいものだけど。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今は戻らなくちゃ。一応、これでも人間に召喚された身だから、責任は果たさないといけないと思うんだ」

「おまえのいう責任とはなんだ?」


 あ。

 そういや、勇者候補の目的って魔王を倒すことだったな。

 それって今、目の前にいるんだけど…。


「あ~…魔王の前では言いにくいんだけど…。魔王を倒すこと…なんだよね」

「ほう?攻撃手段を持たぬおまえが、どうやって我を倒すのだ?」

「意地悪なことを聞くのね。そんなの無理に決まってるじゃない」

「しかも人間には効かぬというその能力では、戻ったところで役にも立つまい」

「う~、ハッキリ言うわねえ。それはそうなんだけど、まだ何かできることがあるかもしれないじゃない?」


 自分で云っといて何だけど、できることなんてあるのかな?

 だけど、物事の筋を通すって大事だと思うんだよね。

 一応、あの国には召喚された後、ご飯とか住むところとか面倒見てもらったし。それなのに帰らず敵の元に保護されるのって、なんとなく後ろめたい気がするんだ。


「なかなか前向きだな。ならば好きにするがいい」


 魔王の意外な言葉に驚いた。


「え?いいの?…閉じ込められたりするかと思ったのに」

「そんなことはせぬ。たしかにおまえの能力は、天地を揺るがすほどの貴重なものだ。そんな者と我が出会ったことには意味がある。放っておいても必ずお前は我の元へ戻ってくることになるだろう」


 謎の自信を口にした魔王は、不敵に微笑んだ。

 その様子は、子供らしくないと思った。


「あの、ひとつ、聞いていい?」

「なんだ」

「魔王は勇者に封印されたって聞いてたんだけど?」

「それは本当だ。我は100年前の戦いで封印され消失していた。ほんの数週間前にようやく転生できたのだ」


 数週間前って…私が召喚された頃かな。


「サレオスは魔力感知の能力を持っている。我がこの近くの森で転生したことを感知し、迎えに来てくれたのだ」

「転生って…その姿のまま?」

「本来なら元の姿のまま蘇るのだがな。封印が完全には解けておらぬようで、能力の一部が封じられているせいか、このような不完全な姿のまま転生してしまったようだ」

「どうやったらその封印を解けるの?」

「人間のお前がそれを知りたいのか?」

「あー、うん、そういえばそうね。魔王の封印は解けない方がいいのよね」

「ククッ、おかしなヤツだ」


 私は出されたお茶を一口飲んだ。


「あ、美味しい!」


 添えられていたクッキーみたいなお菓子も口に運んでみると、これもすごく美味しかった。

 素直にその味の感想を云うと、


「当然だ。我に食事を作れる者は<上級調理士>以上のスキルを持つ者だけだからな」


 と魔王は得意げに云った。


「<上級調理士>スキル?そのスキルがあるとこんなに美味しい料理ができるの?」

「なんだ、おまえはそんなことも知らんのか」


 魔王はこの世界では、すべての事象を上手に行うためにはスキルが必要だと教えてくれた。

 それは料理に限らず、建築、裁縫、鍛冶、道具作りなど、生活のすべてがスキルによって左右されるという。

 スキルを持たぬ者が携わると残念な結果になることが多いらしい。

 ムム…。大司教公国のご飯がマズイ理由がわかったような。


「魔法にばかり頼る国では生活スキルを軽んじる傾向にあるのだな。料理を作る者も魔法士なのだろう。<下級調理士>スキルすら持っている者が少ないのではないか?」

「なるほど…」

「生活文化の高い国ならば、もっとマシな食事が出るだろうが、我の国には勝てぬだろうな」


 魔王は自信たっぷりに云った。

 きっと魔王は美食家なんだ。


 こうした生活スキルはもともとの素養にもよるけど、下級スキルしか持たない者でも修行によって上級スキルを習得することもできるという。やっぱりこの世界でも努力って大事なのね。


 まだまだ知らないことがたくさんあるんだな。

 この世界のことを良く知らない私に、魔王はなんでも教えてやるぞ、と意気込んだ。

 お言葉に甘えて、私はいろいろと質問させてもらった。


「魔王って世界征服するってイメージがあるんだけど、そこんとこどうなの?」


私はインタビュアーみたいに、ストレートに質問してみた。


「おまえはだいぶ偏見を持っておるな。魔王とは魔族の王という意味だぞ。人間の国にも王はいるだろう?」

「言われてみれば…。魔王って魔族の国全部を1人で治めてるの?」

「そうだ。魔王だからといって玉座にふんぞり返っているわけではないぞ。ちゃんと魔王としての仕事もしている。世界征服なんかしているほど暇ではないのだ」

「でも魔族は、自分たちの土地が不毛の土地だから人間の土地を奪いに来るって聞いたけど?」

「人間共は魔族と争う理由が欲しいからそう言うのだ」


 魔王が云うには、確かに過去には一部の魔族は作物の育たない土地を嫌って人間の国に侵攻したことがあったという。

 でも、魔族の国すべてが不毛の土地というわけではなく、豊かな土地も多くあるし、魔族が作った作物を人間の国に売ったりもしているらしい。


「人間と魔族の国が交流しているの?」

「昔から複数の国と交易している。おそらく今も続いているだろう」

「へえ~そうなんだ…。知らなかった」


 さらに、人間が魔族の国に侵入して盗みを働くこともあったと魔王は話した。


「でも、花粉は?」

「花粉対策を万全にして、1週間以内に脱出すれば健康被害は少ない」


 そこまでして盗みに入るってすごいな。


「100年前、魔族が拉致される事件が起こった」

「100年前…って、人魔大戦が起こった時?」

「その大戦のきっかけになった事件だ」


 魔族の国は魔王と6人の魔貴族によって統治されている。

 事件の発端は、その魔貴族の1人、魔伯爵マクスウェルの子供が人間に攫われたことだった。

 当時、魔族の国へ侵入した人間の盗賊団が、魔族や魔物を攫っては高値で売り飛ばすという事件が頻発していた。

 珍しい植物や魔物など、人間の国で高値で売れるものは何でも盗んでいった。

 殊に魔族の子供などという非常に珍しい存在は、値段が付かないほどの高級品となっていた。

 マクスウェルは火のごとく怒り、ただちに盗賊団に追手を指し向けた。

 その盗賊団を追ったマクスウェルは、盗賊団の逃げ込んだ先がオーウェン王国であることを突き止めた。


「オーウェン王国って、たしか魔族に滅ぼされたって聞いたわ。その跡地に大司教公国が建国されたって…」

「100年前にマクスウェルが滅ぼした国だ」


 マクスウェルが放った密偵によれば、子供を攫った盗賊は、オーウェン王国の第3王子だったという。

 第3王子は王が年老いてからできた子で、溺愛されて好き放題に暴れまくっていた問題児だった。


「そのバカ王子の親であるオーウェン王に、マクスウェルは、子供を返せば穏便に済ませる、と親書を送ったが、王はこれを無視したという」

「なんでだろ…。マクスウェルの子供がもう売られちゃったとか?」

「ああ。バカ王子は証拠隠滅しようと、子供を奴隷商人に売ってしまったのだ。王家は買い戻そうとしたらしいが、すでにもうどこかに売られてしまった後で、行方を追うことはできなかったという。マクスウェルはその対応に憤慨し、彼らを容赦しなかった」

「それで、滅ぼしちゃったんだ…」

「人間共はそんな事情など知らぬゆえ、ただ魔族が人間の国を滅ぼしたという事実だけが脅威として伝わったのだな」


 その後、魔族討伐を掲げた各国が連合軍を結成し、マクスウェル軍を追った。それを救うために魔王も軍を挙げ、ついには人魔大戦へと繋がったのだという。


 初めて聞くことばかりで驚いた。


「その大戦に勇者が召喚されたの?」

「勇者を召喚したのはオーウェン王国の生き残りの魔法士だったと聞いている。かなり優秀な魔法士だったらしい」

「勇者召喚するには魔法士100人が長い期間詠唱し続けないといけないって言ってたけど、その魔法士はたった1人で召喚したの?」

「1人だろうが100人だろうが、人数など関係ない。魔法士の質次第だ。そもそも異世界召喚なぞ次元の歪みを利用するだけのことで、次元の歪みを感知できる者と空間魔法の使い手がいれば、長い間詠唱する必要もない」

「え~?聞いてた話と違うんだけど…」

「おまえに話をした者はずいぶんと知識が浅い魔法士のようだな」

「一応、大司教なんだけど…」

「人間の決めた地位など、あてにならんということだ」


 魔王の言葉には説得力があるし、なにより話が上手だ。


「ゼルくんの話、面白いし、ためになるね」

「…ゼルくん?」


 少年魔王は眉をひそめて私を見た。


「ゼルニウスだからゼルくん。だってゼルニウスって言いづらいんだもん」

「…我の名前が言いづらい…」


 魔王はショックを受けていた。


「あ、ごめん、なんかその姿見てたら、つい…。魔王様に失礼だった?」

「おまえ、どんどん本性が出てくるな…」

「ごめん…。なんかこんなふうに普通に話せることってあんまりなくって。最初は魔王だって緊張してたけど、話してみたらイイヤツっぽいし」

「イイヤツ?我は皆が恐れる魔王だぞ?」

「恐れない恐れない。だって子供だし」

「これは仮の姿だといっておろうが」


 さすがに魔王もちょっとだけムキになった。


「…まあ、よかろう、特別に許す。特別に、だぞ」

「ありがと。ねえ、このお菓子、もう少しもらってもいい?」

「ああ、よければ我のをやる」

「え~、なんか子供のお菓子取り上げるのってなーんか…」

「だから、子供ではないといっておろうが!」


 そう云いつつも少年魔王は、私にお菓子を差し出した。

 私はそれを遠慮なくいただいた。


 魔王は私に今夜は遅いから泊って行けと云った。


「ね、ここってお風呂はある?」


 もう、とにかく砂まみれでお風呂に入りたかった。

 このままじゃ気持ち悪くて眠れない。


「ここは前線基地だぞ。あるわけないだろうが。皆外で水をかぶっておるわ」

「だよね~…せめて泉でもあればいいんだけど」

「基地の屋上に儀式用の泉ならあるぞ」

「ん?泉?その水って奇麗?」

「儀式に使うのだ。常に清らかな水に決まっているだろう」


 そこで私は閃いた。


「じゃあゼルくんが魔法でその水をお湯にしてくれればお風呂になるじゃん!」

「はぁ?おまえ、我に湯を沸かせと?」

「封印されててもそれくらいできるでしょ?それともできないの?」


 私が挑発的に云うと、魔王は少し呆れた顔をしたけど、「部下たちを回復してくれた礼だ」とか云って渋々了承してくれた。


 屋上に行くと、壁で仕切られた空間があって、そこは神殿みたいになっていた。

 壁には松明がたくさんついていて、それなりに明るい。

 神殿の真ん中には泉があった。

 泉というより長方形のプールみたい。この水は魔法で作ったんだそうな。

 そのプールの前には大きな石像が置かれていた。


「この像は?」

「創造神イシュタムの像だ」


 それは額に大きな角がある、鎧をまとった男性の像だった。


「へえ…この神様が魔族を創ったの?」

「ああ。我の兄弟のようなものだ」

「えっ?ゼルくんて神様の兄弟なの?」

「そのようなものだ」

「そんな小さいのにすごいのねえ」

「小さいは余計だ」


 魔王は指先に小さな炎を灯して、それをプールに投げ込んだ。

 一瞬、水の表面が炎に包まれた。


「まったく、前代未聞だ…なぜ我がこんなことを」


 プールに手を入れてみると温かかった。


「わあ、適温!ありがとゼルくん!」


 辺りに人がいないことを確認して、服を脱ごうとした時、石像のたもとに腰かけたままの魔王がじっとこちらを見ていることに気付いた。


「あ、ゼルくんも一緒に入る?」

「なぜ我を誘うのだ…」

「だってずっと見てるから入りたいのかなって」

「そんなわけあるか。1人で好きなだけ入るがいい」

「そう?それじゃ遠慮なく」


 私はローブを脱いで、パンパン、と砂を払う。

 それから衣服を全部脱いで、お湯に入った。

 少年魔王の方をチラ、と見ると、慌てて視線を逸らせた。

 あは、なんか可愛いな。


「あー気持ちいい!生き返るぅ~!」


 星空を眺めながらの、巨大なローマ風呂みたいな感じ。

 広いプールのようなお風呂を独り占めしている心地よさ。

 スイスイと泳いでみたりした。


「…人間の女は皆そんな風なのか?」


 ふいに魔王が語り掛けてきた。


「ん?そんな風って?」

「見ず知らずの男の前で裸になっても平気なのかと聞いている」

「平気なわけないに決まってるでしょ」

「だが現におまえはこうしているではないか」

「だってゼルくんは子供じゃない。銭湯なんかだと男の子も女湯に入るわよ?」

「銭湯って何だ?…いや、さっきから何度も言っているが、我は子供ではない」

「私には子供に見えるわよ。あ、そこのタオル取って」

「タオル?」

「そこに積んであるじゃない。体を拭く布のことよ」

「これは、儀式用の布だぞ」


 祭壇の脇に折りたたんだ布が山積みになっていた。


「ねえ、ここ儀式に使うって言ってたけど、何の儀式?」

「魔界から魔物を呼び出す儀式だ。水を媒介にする召喚術で、ここでドラゴンを召喚した」

「えー!すごい!」

「フッ、我は魔王だぞ。それくらい大したことはない」


 魔王は褒められたせいか、上機嫌でドヤ顔になった。

 お風呂を堪能した私はお湯のプールから上がって体を拭き、布を体に巻き付けた。


「ああ、いいお湯だった。これでよく眠れそう」


 私は魔王に礼を云った。

 すると彼は、私の濡れた髪を温風魔法で乾かしてくれた。


「おおー!便利!瞬間ドライヤーだね!」


 それから夜食としてフルーツの盛り合わせとかも出してくれた。

 砂だらけの私のローブや下着まで綺麗に洗って明日の朝届けさせると云ってくれた。

 ほんとにもう、いたれりつくせりで、ずっとここにいてもいいな、と思った。


 その夜は、与えられた部屋のベッドで眠った。

 前線基地だというけど、ホテルかと思うくらいの立派な部屋だった。

 昼間、戦争してたとは思えない。


 大司教やレナルドから聞いていた魔族の印象とは全然違っていた。

 魔王は外見が子供ってのもあるけど、怖い感じはしなかった。

 人から聞いた話って結構いい加減なこともあるもんだな。

 でも、私は勇者候補として、魔族と魔王を倒さないといけないわけで…。

 それなのに、魔族を癒せる能力があるって、どういうことなんだろう。


 …私はあの国へ戻ってもきっと役立たずのままだ。

 私のなすべきことって何なんだろう?


魔王が大事なことをいろいろと説明してくれてます。後々大事になってくることも話しているので流さないで読んでもらえたら嬉しいです。

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