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凍京愛徒  作者: 蒼原悠
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【ねっ、今日の夕方の全テレ見た!? CORDELⅰAが出てたんだって! 見たかった~~~~!】

【CORDELⅰAって、ゆうが好きって言ってたグループだっけ】

【そうそう! あーー悔しいな、知ってたらお母さんに頼んで録画してもらってたのになぁ】

【すごい執着だな、ゆう】

【当たり前じゃん! 優だって好きな歌手が番組出てたら見たくなるでしょ?】

【いやその、ほら……前にも言ったけどさ、好きな歌手とか特にいないんだ。おれ】

【なら一緒にCORDELⅰAのファンになろ! 聴いといでよ! 動画サイトでMV(ミュージックビデオ)無料公開されてるから!】


 知り合って一週間超が経ったその日の夜、[ゆう]はいつにもまして興奮した様子で動画サイトのURLを送り付けてきた。

 CORDELⅰA(コーディリア)というのは、その動画サイトから八年前にデビューを飾った、ボーカルの女性とキーボードの男性の二人組で構成される音楽ユニットなのだそうだった。[ゆう]は彼女たちのファンで、以前はファンクラブにも加盟していたのだという。脱会した経緯は詳しく聞いていないけれど、今でも変わらず新曲を追いかけているらしい。

 あまりにも[ゆう]が()すものだから、試しにと思って視聴してみた。バンド調の迫力あるサウンド、その迫力に押しも押されぬ伸びやかなボーカルの響き。ビブラートのかかり方がたまらない。

 不覚にも、かっこいいと感じてしまった。[ゆう]が()まるわけだと思った。

【おれも好きになれそう】

 白状すると、[ゆう]は今にもはちきれそうな笑顔の顔文字を五つも送り付けてきた。「でしょー!」と、聴いたこともないはずの彼女の声に耳元で叫ばれて、こそばゆい痛みに包まれた耳をしばらくぼんやりといじっていたっけ。


 CORDELⅰAの出演していたというテレビの音楽番組は、クラスメートたちの間でも注目されていたみたいだった。次の日、自分の席につくと、隣の席の人たちは試験勉強も放り出してCORDELⅰA談義に花を咲かせていた。

 ちょうど前日の夜、ネットで聴ける範囲の曲を一通り聴き漁っていたおれは、クラスメートたちの話している内容を何とか理解することができた。曲名や歌詞が分かる、クラスメートの話題についていける。情けないことに、たったそれだけでも恐ろしいほどの変化だった。

「いや、だから一番の名曲はぜったい〈promise(プロミス)〉だろ! 俺は異論を認める気はないからな」

「それ昨日も歌ってたけどさ、正直言って食傷気味じゃないの? 私はあっちが好きだよ、去年の八月に出た〈DESIRE(デザイア)〉のカップリングの曲」

「なんだっけ。〈セカンドガール〉?」

「それそれ! 〈promise〉みたいなバンドサウンドは定番すぎるっていうか、ああいうテクノポップみたいな曲がもっと注目されてもいいと思うんだよね」

「何言ってんだよ、CORDELⅰAの歌唱力はバンド調だからこそ輝くんだろが」

「いや、あのボーカルは高音こそ強みですからね」

「〈セカンドガール〉に高音パートなんてないだろ」

「あるよ! 一番のサビ前なんかがっつりオクターブ単位で音程上がってるでしょーが!」

 実際に高音が歌われているのをよほど示したかったのか、彼女は小声のアカペラで歌い始めた。本物のCORDELⅰAには似ても似つかない、下手くそな声色。本物っぽい雰囲気を(かも)し出そうとと努力している姿勢だけは(うかが)えたが、残念ながら聴いていてあまり耳心地のいい代物ではなかった。

 歌っている方の女子が浜崎(はまさき)綾乃(あやの)、それを聴いている方の男子が柴井(しばい)秀哉(ひでや)。……確かそういう名前だった気がする。ほとんど話したことがないから、確たることは何も言えなかった。

 いいな、教室で自分の趣味の話に盛り上がれるだなんて。

 ただ耳を傾けているだけなのも不毛に感じて、おれはいつものように[ゆう]との会話に興じようと、スマホへ視線を落とした。

 浜崎が同じBメロのフレーズを何度も口ずさんでいるのが、いやに耳についた。

 意図的にそうしているのではないようだった。……度忘れらしい。

「あー! こっから先が分かんない! どんな感じだっけ!」

「やっぱ高音はバンド調の曲じゃなきゃ活きないんだよ」

 柴井がニヤニヤと笑っている。けれど、浜崎の度忘れした部分を覚えていたおれには、そこだけ突き抜けるように盛り上がるボーカルの高音が、ずいぶん魅力的なものに思えた。CORDELⅰAの歌声はちょっと機械っぽい響きがするのが特徴だ。もしかすると柴井はボーカルの高音を電子音のメロディと勘違いしているのかもしれない。

 [ゆう]が勧めるのも納得だ。かっこいいよな、あの人たちの曲。

 気づくと、小さな声でメロディを口ずさんでしまっていた。これが“他人から影響を受ける”という感覚なら、案外それも悪くない。もっともっと[ゆう]の好みを知って、影響を受けたなら、いつかおれも[ゆう]みたいな価値観の持ち主になれるのかな。

 そんなことばかり考えていたら、一瞬、肩に誰かの手が触れた。

「!」

 とっさに肩を跳ね上げてしまった。びっくりした──。慌てて見開いた目を向けると、そこには自分と同じような表情をした、浜崎と柴井の姿があった。

「知ってんの、CORDELⅰA」

 浜崎が尋ねてきた。

 知っているといえば、知っている。けれども到底ファンを名乗れるようなレベルじゃない。恐る恐る首を縦に振ると、とたんに二人はずいと身を乗り出しておれの前に迫ってきた。

「〈セカンドガール〉知ってんのってそこそこのファンだよね!? ね、同感でしょ? あの曲イケてるでしょ!?」

「待てよ、抜け駆けみたいな真似すんな! CORDELⅰAなら圧倒的に〈promise〉だよな? そうだよな?」

「お、おれは、その」

 おれは二人から視線を逃がしてしまった。

 なんだ、この人たち。今までおれの存在なんて歯牙(しが)にもかけていなかったくせに、たかがCORDELⅰAの曲をちょっと知ってるくらいで……。

 屈折した負の感情を持て余しながら、同時に、(ひらめ)くような爽やかな感触が胸をかすめた。考えてみれば、別に特殊なことじゃない。共通の話題がありさえすれば、交友関係のないクラスメートともこうして話をすることができるんだ。そしてそれこそが、相手と自分を結ぶ新たな関係の構築の端緒になる──。おれと[ゆう]がそうだったように。

「〈セカンドガール〉はそこまででもないけど、テクノポップの曲調は好き……かな」

 答えると、浜崎の顔は輝き、柴井の顔は沈んだ。分かってねぇなー、なんて(かぶり)を振る柴井の隣で、浜崎は水を得た魚のようにきらきらと瞳を輝かせた。

「だよねだよね! よかったー、賛同者がいなかったらどうしようってはらはらしてたんだよね!」

「そ、そう……」

「てか、盛岡もCORDELⅰA知ってるなんて思わなかった!」

 おれみたいに教室の隅っこでぼうっと座っているような日陰者が彼女たちの曲を好きでいることに、彼らは少なからず驚きを隠せなかったようだった。ひとしきり目を丸くして見せてから、二人は勇んでおれをCORDELⅰA談義に引きずり込んでしまった。左腕の時計やスマホを確認する余裕もなく、忙しなく交わされる会話に必死に食らい付き、どうにか話を繋げて……。

 気付いた時には朝のホームルームが始まっていた。

 何ヵ月、いや何年ぶりかも分からないクラスメートとの他愛ない会話を、おれは流されるままにやってのけていたのだった。




 CORDELⅰAのやり取りを経てクラスメートと仲良くなったことを話すと、[ゆう]はたちまち歓喜の顔文字を連投で送ってきた。

【やったね! もう孤立しなくても済むねっ】

 ご丁寧に、染まった頬を示す斜めの線までもが再現されていた。もはや何語の文字が使われているのかも分からない。こういう複雑な顔文字って、いったい誰が制作しているのだろう。顔を知らない[ゆう]の豊かな表情を文字に乗せて伝えてくれる無数の顔文字に、おれはいつも深い感銘を抱かずにはいられなかった。声や顔を媒介せずとも自分の感情を伝えられるのだから、きっと顔文字(これ)は革命的で偉大な発明に違いないのだった。

【ほんとだよ。ゆう、ありがとう。ゆうにCORDELⅰAのこと教えてもらったから】

【分かったらもっとわたしのことを(うやま)ってくれてもいいんだよ】

 すぐに調子に乗る。嘆息しつつ、けれどやっぱり嬉しくて、布団のなかで寝返りを打った。温もりが剥がれ落ちることはなかった。

 初めて、誰かに関心を持たれた。

 モブキャラではなくなった。

 “好き”の対義語は“嫌い”ではなくて“無関心”なのだという。誰かと友達になって、感情や印象のやり取りをしたければ、まずは“無関心”から脱却しなければならない。そして、おれみたいに取り立てて魅力を持ち合わせていないような人間にとって、そのことが何よりも難しいのだ。

 アスファルトの道端に転がる小石や、都会の夜空を舞う粉雪の存在に、普通に暮らしていて無意識に気付くことはない。……それと、同じ。

 気付けば、ぽかぽかと温まった心を染み出した言葉が指先を動かして文面に起こし、勝手にそれを送信していた。

【おれにだってできたんだよ。ゆうも周りとCORDELⅰAの話したら、友達できるんじゃないか?】

 [ゆう]からの返信は少しばかり遅かった。しまった、返信に困るようなことを書いちゃったかな。いささか遅れて染み出した後悔を指先で(もてあそ)んでいると、じきに【そうだね】と言葉が返ってきた。

【わたしもそうしたらよかったな】

 “っ”や“!”で末尾を彩ることのない、まるで口から落ちた声をそのまま拾い上げたかのような言葉選び。[ゆう]にしてはいくらか珍しい口ぶりだった。






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