Loop4 1ページ目
日が完全に落ちても、俺は一歩も動かずじっと草原の中で座っていた。というより、動けなかった。こんな大自然の中にスーツ姿でほっぽり出されてどうしろと言うんだ。
ふと見上げると、空には満天の星空が広がり、一面の平原を青白く照らしている。都会でしか暮らしたことのない俺には星と月の光がこれほど強いものだとは知らなかった。
とりあえず、動き始めるのは日が昇ってからだ。いくら薄明るいとはいえ、自然の中を夜に行動することがどれだけ危険なのかは素人の俺でもわかった。
投げやりな気持ちで大の字で寝そべると、じっと星屑を見る。何も考えないようにした。聞こえるのは虫の音と、風で擦れる草木の音と自分の鼓動だけ。ふと、涙があふれたがそのまま流し続けた。
「○☓※※☓○☓!!!!」
何かの大声が俺をまどろみの世界から引き戻した。どうやら眠っていたようだ。太陽の光がまぶしすぎてうまく目が開けられない。上体を起こし、大きくのびをする。そういや俺は異世界か何かに連れてこられたんだな俺は。
「○☓※○☓!※☓○☓!○☓!!!!」
眠気眼をこすっていると、再び寝ぼけた頭に声が響く。その大声はなんだか人間の声に聞こえた――。
人間――人間!?
急いで跳ね起きると、俺の周りには数人の男が構えていた。状況が全く読み込めない。男たちは上半身裸で、革で作られたような粗末なズボンを履いていた。手には斧や剣らしきものを持っている。『ゴロツキ』と形容するにいかにもそれらしい奴らだ。
面構えから見るにロクなもんじゃない、そして明らかに俺に敵意を向けていることもわかった。眠気が吹き飛び、全身から血の気が引くのがわかる。
俺はかがんだまま、俺を囲う男たちを警戒しつつ、目線を頭上へ向ける。頭上には太陽が輝き、周りの明るさからみるに相当長い間寝てしまっていたみたいだった。
「○☓※※○☓※!」
目の前の男は大声で何か言っているがまるで理解できない。そこまで学がないつもりは無いが、およそ聞いたことの無い言語に思えた。
やはり『あの男』は俺にボーナスなんてくれなかったみたいだ。言葉が通じないところから始めないといけないのか。
「○☓※※○☓※!」
リーダー格と思えるひときわ大柄の男が俺にジリジリと近づきながら大声で叫んだ。
手には熊でも殺せそうな大斧を携えている。
なんとか切り抜けないと俺は殺される。それだけははっきりと全身の細胞が理解した。心臓は早鐘のように鳴ったが、不思議と頭は冷静になり、過去の記憶を呼び戻した。
「ちょっと待ってくれ!話をしよう。俺の言っていることがわかるか?」
俺はゆっくりと立ち上がると襟を整え、毅然として大声でそう言った。おそらく言葉は通じないだろう、だがここでミスをしたら確実に死ぬ。
最初の印象で死ぬまでいじめられたやつを少年院で何人も見てきた。こういう手合には「なめられたら」確実に終わりだ。特に今は『死ぬまでいじめられる』じゃない、『今すぐ殺される』。確実に。
今俺がしなくちゃいけないことは、この男たちに俺が「強者」と思いこませることだ。「羊」と思われた瞬間食い物にされることは明白だった。
「○☓※○☓※……?」
リーダー格と思われる男は、警戒はしつつも明らかな敵意をやや収めた。おそらく何かを俺に質問している。
その怪訝な表情をみてわかった。俺という存在は「未知」なんだと。確かにこの屈強だがみすぼらしい男たちにとっては、この安物のスーツの出で立ちの俺でさえ、『只者』には見えないんだろう。
こんな大平原で横になっていた、パリッとしたスーツの出で立ちの俺はまさしく「未知」の存在で、この男たちはまだ俺を図りきれていない。付け入る隙はある。
「武器を降ろせ!!」
言葉の意味は重要じゃない、今この俺が優位に立っていると思わせないとまずい。大声で叫ぶことで自分が今の状況を理解したうえで優位に立っていることを示す、うまく行くかはもう運否天賦だ。
リーダー各の男は俺の大声を聞くと一瞬驚き、後ずさった。俺を囲んでいる男たちも明らかに動揺して、周りの仲間を確認するように目配せしている。
いける、なんとかなるかもしれない。
「わかるか?武器を降ろせ」
俺は武器を捨てるようなジェスチャーをしながら、大声でそう叫んだ。リーダー格の男は明らかに動揺していた。
取り巻きの男たちも、リーダー格の男へ不安そうな顔を向けている。
助かるかもしれない、このままいけば。
「いいか?武器を降ろすんだ、お・ろ・せ」
助かる、俺は助かる。だが、俺が大声でもう一度「降ろせ」と言ったと同時に、取り巻きの男が独り言のようにつぶやいた。響く声だった。
「……オルゼ?」
俺は、「降ろせ」と言ったはずだ。だがその男は明らかに俺の言ったことを復唱するようにつぶやいた。「オルゼ」と。
周りの男たちは、そのつぶやきを聞きのがさなかったようだ。
「オルゼ……?」
リーダー含め、男たちは仲間の顔を見合わせながらそう呟いている。まずい、何かやってしまった。
「オルゼ!!!!」
取り巻きの男の一人が憎しみを込めたような声でそう叫ぶと、周りの男たちが同調したように怒号を上げた。
「オルゼ!!!!☓※○☓☓※○☓☓※○☓オルゼ!!!」
男たちは狂ったような怒気をはらんで叫びだした。
「オルゼ!!※○☓☓※オルゼ!!オルゼ!!オルゼ!!」
まずい、かなりまずい。何か特大の地雷を踏んだようだ。すでに制御不能とはっきりわかるレベルで男たちは興奮している。
目の前のリーダー格の男も再び武器を構え、さっきより強い殺意をはらんだ目でこちらをみている。
迷いもなく、大斧を俺へと振りかぶった。
「ちょ、ちょっ待っ」
膝が笑って腰を抜かした瞬間、右腕に熱い感触が広がった。尻もちをついて右腕をみると、真っ赤な液体がとめどなく流れている。血、血だ――。
目の前には斧を振りぬいた男がこちらを睨んでいる、斧には真っ赤な鮮血。
切られた、斬られた!!
「ヒイイィッ!!ヒヤァァアアア!!!!」
思わず嬌声がでた。だがそれが幸いしたのか、取り巻きの男と、目の前の俺を斬りつけた男の動きが一瞬止まった。
瞬間、俺は背を向けて全力でかけ出した。俺を囲む男たちの輪から抜けると、太陽を背に走り続ける。確かこの方向には山脈へ続く森が生い茂っていたはずだ。この平原じゃいくら逃げまわってもすぐに見つかる、逃げるなら森しかない。
背に男たちの怒号を聞きながら全力で走る、走り続ける。右腕から徐々に鈍痛が響いてもただ走り続けた。
振りぬく右腕から鮮血が飛び散り服を汚したがそれどころじゃない。捕まったら確実に殺される。
今まで感じたことのない死の予感を強く感じつつも、俺は『あの男』の言葉を思い出していた。
『何度でもやり直せばいいじゃない……僕が満足するまでね』
近くに鬱蒼とした暗い森の入り口が見えてきた。
俺にはいよいよ地獄の淵が近づいたように思えてしかたなかった。