Loop3 その意味がわかる
男と俺は白い世界で机に向かったまま対面していた。すでに覚悟は決めた、今から俺がどうなるのかはこの『アカシックレコード』と呼ばれる男?次第だ。
「さて、今から君は君の生きていた世界とは違う世界へ行ってもらう」
違う世界――と言われてもイマイチピンとこない。そんな俺を察したのか男は続ける。
「わかりやすく言うと、君の世界で言うファンタジーの世界がいいかな。文明人が剣と魔法の世界へ転移する、物語で言うと王道だね。君のいた世界の話だけれど」
ファンタジーの世界、と聞いて子供の頃を思い出した。確かに昔なにかで読んだことがある。普通の子供がファンタジーの世界へ連れられて大冒険を繰り広げる話だ。ただ俺もう20代後半なんだが。
「歳は関係ないよ、今巷では中年が異世界へ転移するのも流行ってるみたいだしね。まぁ話を戻そう、君を今からそういうファンタジーの世界へ飛ばす、あとは君の器量で生きていってくれ。何か質問は?」
質問しかない。
「今の俺、というか魂だけがその異世界やらと行くのか?」
「肉体は僕が用意するよ。もちろん容姿は死ぬ前の君そのものだよ、変にいじったりしない。容姿は重要な物語の要素だからね。ただサービスだ、体は健康にしておく。死の直前の肉体じゃどのみちいつ死んでもおかしくない状態だったからね」
俺の体ってそんなに悪かったのかといまさら思う。今考えると本当に眠ったような自分で考えない人生を送っていたんだと再認識させられる。
「その世界へ行ってから何かしらトラブルに遭遇した時、あんたからの援助や手助けはあるのか?」
「いや、ないね。普通に考えてよ、主人公のトラブルを神様が何でも解決してくれる物語があったとして、そんなの面白いかい?」
まぁもっともな回答だ。
「健康にしてくれるって言ったが、何か他に特殊な能力を授かるとかはないのか?ゲームでいうとチートだっけ、すごい才能や能力を与えてくれるとか……?」
男は大きなため息をついた。
「だから、君自身そんな物語面白いと思うかい?何も悩まず、何も努力せず生きるのと同じじゃないか。そんなの君の人生そのものだよ。君はそんな人生を繰り返すつもりかい?」
男の呆れたような口調を聞いて、嫌な予感がしてきた。早速覚悟とやらが揺るぎだす。
「か、仮に俺がその世界へ行ってさ、またしょーもない人生を送ったらどうなるんだ?そりゃあんたにとっても楽しくないだろ?」
「それが?」
いつの間にか男は笑わなくなっていた。背筋が冷たくなる。
「それが何なの?何度でもやり直せばいいじゃない」
何をいってるんだ?
「僕が満足するまでくり返してもらうよ」
何をいってるんだ!?
「何回、何十回、何百回、何千回、何万回、何十万回、僕が満足するまで君は死んでも、くり返してもらうよ『永遠』にね。僕にはそれだけの力があるし、君は言ったじゃないか『覚悟を決めた』と」
男は満面の笑みを見せた。ゾッとする笑顔だった。
体がぶるぶると震えてきた、歯の根があわない。こいつが満足するまで?それまで俺は生き続けないといけないのか?
「そ、そんな、の聞いてな、い」
絞りだすように聞く俺に男は冷たく答えた。
「君が聞かなかっただけだろ?言葉とは契約だ、もう覆りはしない。さぁ無駄話はおしまいだ。僕を楽しませてくれ」
あたりに轟音が響きだした。今いるこの白い世界中にヒビが入り、白い塊がボロボロと落ちていく。恐怖で足がすくんでいると足元が崩れ、光のない暗い空間へ落下していった、そこで俺の記憶は途切れた。
気がつくと俺は一面の草原でスーツ姿で倒れていた。思わず飛び起きてあたりを確認する。
見渡す限りの草原が広がっている。草原の向こう側には遠く森が広がり、そのまた向うには巨大な山々が広がっていた。
太陽はさんさんと輝き雲ひとつない。とても俺の知っている場所ではなかった、本当に異世界とやらに来てしまったと感じた。
いろいろと混乱していたが、まず自分の体を確かめる。確かに俺が死ぬ前、酒を飲んで寝た時に着ていたスーツだ。ただ、いつもの吐き気や倦怠感、悪寒、頭痛何もない。健康にしてくれたってのは本当のようだった。
やっぱり夢じゃなかったんだ、絶望でおもわず座り込む。今更ながらあの状況でよく考えもせず浅薄だったこと後悔し続けた。『永遠』と、奴は言った。俺はやつを満足させるまで、繰り返さなけりゃいけないのか―――。
自分の愚かさを後悔し続けていると、日はもう落ちようとしていた。このむき出しの自然で、俺のような何の知識もない人間が夜を迎えるのは危険だとわかっている。気持ちだけが焦るが結局何をしていいのかわからない。
ただ、はるか先の巨峰の端に沈む太陽を呆けたように見続けた。
いろんな思いが俺の頭をよぎった、今までの人生の後悔、これからの絶望、そしてほんの少しの期待。なにもかもがごちゃまぜになってなにも考えられなかった。
ただ――その沈んでゆく太陽は美しかった、今まで生きてきた中で最も美しい夕日だった。