嫁が勇者に寝取られたので魔王軍を滅ぼします
前回のあらすじ
魔王軍の斥候と接触したアイン。
その魔族を利用し、魔王軍六魔将・ヴァルネロと相対する。
ヴァルネロから巨剣を突き付けられたアインだったが・・・?
魔王軍の中心、数多の魔族や魔物に囲まれながら、俺はヴァルネロと対峙していた。
ヴァルネロの命令により、手を出すつもりはないらしく、俺への殺気が籠った野次が飛ぶに留まっている。
全員で掛かってくればいいものを・・・。
まぁ、俺にとっては好都合だ。
この状況、ありがたく利用させてもらうとしようか。
「なぁアンタ。殺し合いを始める前に、一つ賭けをしないか?」
「賭け、だと?」
俺の提案に、ヴァルネロは首を傾げる。
「そうだ。負けた方は勝った方に従う。例え死んだとしてもこれだけの魔族がいればネクロマンサーの一人や二人いるだろう? 俺が負けたら何度も生き返らせて殺すなり使い潰すなりすればいい」
「ふむ。面白い提案だが、それだと貴様が勝った時はどうする? こちらのネクロマンサーは言うことを聞かぬかもしれんぞ?」
「おやおや、六魔将とあろう者が自分が負けた時の事を考えてるのか?」
「・・・はっ、言いよる。良かろう、その賭けを受けようではないか」
「契約成立、だな」
ウルゴス、これでいいか?
『あぁ、バッチリだ。契約の発動は相手を殺した後だから気付かれる心配はねぇ。ただし、お前が死ねばお前はヴァルネロに従う事になる。気を引き締めて挑めよ?』
あぁ、わかってる。
負けるつもりはサラサラないがな。
「さて、そろそろ始めようか」
「ふん、いいだろう。後悔せぬよう全力で掛かって来い!」
どうやら先手は譲ってくれるようだな。
俺に向けて殺気を放ちつつも微動だにしてない。
カロッサって奴を圧倒した事がわかっているのにこの余裕・・・。
こいつは自分の実力に絶対の自信を持ってるみたいだ。
せっかく油断してくれてんだ━━━
「〈崩壊の連弾〉」
━━━不意を突かせてもらうぜ?
「むおっ!?」
突然、周囲に現れ飛来した至極色の矢弾が、ヴァルネロに襲い掛かる。
命中した部分を崩壊させる矢弾が、次々とヴァルネロの鎧に突き刺さる。
・・・いや、鎧にしか突き刺さってないな。
「ふむ、その図体でいきなり魔法とは驚いたな」
そう言いながら、ヴァルネロはボロボロになった鎧を脱ぎ捨てた。
・・・やっぱりか。
無数に飛来する楔を、全て鎧の部分だけで受けきってやがった。
重厚な鎧はボロボロだが、ヴァルネロの身体には傷一つ付いていない。
「面白い魔法だったが、もう通用せんぞ? 次はワシの番だ」
言うが早いか、ヴァルネロは巨剣を棒切れを扱うが如く軽々と振り上げてこちらへと突進してきた。
地面に叩き付けるように放たれた斬撃を、斜め後ろに跳躍する事で避わす。
巨剣はバターを切るように地面に吸い込まれ、数瞬後に凄まじい衝撃波が発生した。
真後ろに跳んでいれば衝撃波に巻き込まれていただろう。
「う、うわああああっ!!」
「下がれ!下がれぇ!巻き込まれるぞぉぉお!!」
実際に、剣線上にいた魔族や魔物達は大慌てで転がるように逃げ回っている。
「ほぉ? 勘も鋭いようだな。こいつは思った以上に楽しめそうだ」
ヴァルネロの目は完全に獲物を見る目だ。
どうやらまだ俺を舐めているらしいな。
「オオオオオオオオオッ!!」
先程と同じく巨剣を振り上げて突進してくるヴァルネロ。
避ける事は難しくないが、それでは時間の無駄だ。
俺は敢えてヴァルネロの懐に飛び込み、降り下ろされる巨剣の根本を左腕で受け止める。
衝撃波が発生する程に鋭く、重い剣撃だ。
勢いがのる前に受けたとは言え、その衝撃は凄まじい。
このまま斬られるか、勢いのまま潰されるか、そのどちらかしか未来はないだろう。
・・・俺以外だったらな。
〝バギィィィン〟
「何ッ!?」
ヴァルネロの巨剣が、根本から折れる。
まさか折れるとまでは思っていなかったのか、ヴァルネロの表情が驚きに歪む。
俺は、未だに剣を降り下ろした勢いの止まらないヴァルネロの顎を目掛けて右の拳を打ち抜いた。
「ぐっ!? ぬぅ!」
拳はクリーンヒットしたようだが、それだけで倒せる程甘くはないらしい。
即座にヴァルネロは大きく後方に跳び、距離をとった。
「ヴァ、ヴァルネロ様の巨剣を、砕いた!?」
「いや、それよりも、あのヴァルネロ様に一撃入れたぞ」
「あいつは人間じゃないのか!? あんな人間がいるなんて聞いてないぞ!」
魔族達の驚愕する声が聞こえてくるが、今はヴァルネロとの戦いに集中するべきだな。
「正直、ここまでやるとは思わなかった。お前を侮ったワシ自身が情けない。今更だが、全力をもって相手をしよう」
ヴァルネロから放たれる威圧と殺気が一気に膨れ上がる。
圧倒された魔族や魔物達が思わず後退りし、その囲いが広がる程に。
次の瞬間、地面を蹴ったヴァルネロが俺の背後に現れる。
そのまま両手で掴み掛かって来るが、俺は地面に手を付き、勢いよく逆立ちするような形でヴァルネロの顎を蹴り抜いた。
しかし、ヴァルネロは怯まない。
それ所か蹴り抜いた俺の片足を掴み、引っこ抜くように持ち上げると、勢いよく振り回し始める。
流石にこのまま叩き付けられると不味いな。
掴まれていない方の足で、俺の片足を握るヴァルネロの親指の付け根を狙って踏みつける。
「ぐあっ!?」
〝ベキリ〟と鈍い音がした瞬間、俺は空中へと放り出されるが、上手く身体を捻って着地した。
ヴァルネロの方を見ると、折れてない方の手で無理矢理親指を握り込ませて拳を作っている。
相当痛いだろうによくやるねぇ。
だが、攻撃の手を緩めるつもりはない。
俺はヴァルネロに向かって駆け出し、拳を繰り出すと見せかけて真横へと移動する。
完全に不意を突かれたヴァルネロの対応が一瞬だけ遅れるが、その一瞬で十分だ。
「崩壊の━━━ッ!?」
ガラ空きの脇腹に直接魔法を叩き込もうとした瞬間、とてつもない悪寒が走る。
反射的に身体を反らすと、一瞬前まで俺がいた場所にヴァルネロの肘鉄が空を切り、それと同時に発生した風圧が俺の横を吹き抜けていった。
隙を見せたのは演技か。
まともに喰らっていれば、吹っ飛ぶ程度じゃ済まなかったな。
ヴァルネロは今まで殺してきた口だけの奴らとは違う。
例え手足がもがれようとも、俺の喉笛を狙って喰らい付いてくるだろう。
「〈意志の拘束〉」
「何っ!?」
ヴァルネロの身体が張り詰めた糸の様に緊張し、動かなくなる。
これは肉体ではなく、精神を拘束する魔法だ。
拘束を解こうと暴れた所でどうにもならない。
俺はヴァルネロの背後に回り、その巨躯を蹴り倒す。
更に━━━
「〈磔刑の楔〉」
「ぐっ!?」
〈崩壊の矢弾〉と同じ、至極色の楔がヴァルネロの手足を貫通し、地面へと縫い付ける。
こっちは肉体的に拘束する魔法だ。
二重に拘束しておく。
うつ伏せのまま動けなくなったヴァルネロの上に馬乗りになり、後頭部と脊椎を目掛けて━━━
殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打っ!!!
一瞬足りとも、気は抜かない。
大技で一気に決めたい所だが、まずはダメージを蓄積させる。
それにしても、堅い。
素手とは言え全力で殴り続けているにも関わらず、骨への決定的なダメージが感じられない。
「ヴァ、ヴァルネロ様をお助けしろぉぉお!!」
「ウゴォォァアッ!」
「GYAOOOO!!」
そうこうしている内に、ヴァルネロの不利に慌てた周囲にいる魔族達が魔物共を引き連れて突撃を仕掛けてきた。
ちっ、もう少しだったんだが・・・。
流石に、この数の攻撃をまともに受ける訳にはいかないか。
動けないままのヴァルネロを残し、一旦距離を取る。
まぁ、殺す順番が変わっただけだ。
一気に喰らってやる。
「〈崩壊の波動〉」
魔法の軌道にいた魔族達が消失する。
頭や急所を含んだ場所が失われた者はまだ楽だっただろう。
直接生死に関わらない部分を無くした者は、苦痛に満ちた悲鳴をあげている。
「〈崩壊の矢弾〉」
無数に現れた至極色の矢弾が、雨の様に降り注ぐ。
やはり魔王軍の中でもヴァルネロは特別だったみたいだな。
ほとんどの魔族や魔物達は避ける事も受ける事も叶わず、被弾した側から次々と息絶えていく。
中には運良く防具に当たる者もいたようだが、ヴァルネロの着ていた重厚な鎧すら破壊する〈崩壊の矢弾〉だ。
あっさりと貫通し、その命を奪い去る。
ほんの数瞬で数千という魔王軍の半数近くが死んだ事で、残った者達に恐怖と焦燥に加え、僅かな絶望の感情が表れ始める。
「何だ、もう掛かって来ないのか? だったら、ヴァルネロを追わせてもらうぜ」
挑発的に笑い、ヴァルネロが消えた方に向かって歩き始めると、焦った様子で命令を下す魔族達。
「くっ・・・! 怯むな! ヴァルネロ様が無事に御帰還出来るだけの時間を稼ぐのだ!」
「総員、命を惜しむな! 突撃! 突撃ィィイッ!!」
ヴァルネロは部下の信頼が厚いようだな。
命を惜しまずに向かって来てくれるのなら、遠慮なく頂いてしまうとしよう。
最初から最後まで向かってくる糧場は初めてだったな。
毎回こうだと追い掛ける手間が省けて楽なんだが・・・。
とは言え、今はヴァルネロを追ってる訳だから最後までってのは違うか。
どうやら動けないヴァルネロの巨体を支えながら逃げているらしく、引き摺ったような痕跡が見てとれる。
痕跡を消す余裕すらないのか、それとも軍が俺を足止め出来ていると思っているのか。
別方向への誘導の可能性も考えたが、殲滅に掛かった時間と痕跡から見てそれは無いと判断した。
さて、そう遠くへは逃げられない筈だから、そろそろ見えてくると思うが・・・っと、いたな。
二人の魔族から両脇を支えられて、引き摺られる様に移動している。
護衛の様な魔族が六人程、周囲の警戒している。
風向きは・・・良し。
気配を消し、音を立てない様に近付いて様子を伺う。
「ぐっ・・・、一対一の決闘を邪魔しおって。ワシに生き恥を晒せと言うのか?」
「ヴァルネロ様は魔王様の腹心でありますれば。お叱りは後程。無事に帰る事が出来れば喜んでお受け致します」
「然り。御身の事を第一にお考え下さいませ。ヴァルネロ様は、私共の様な者の数千の命よりも大事なのですから」
どうやらヴァルネロの拘束は解けてないようだ。
しかし、本当に部下に恵まれているな。
・・・虫酸が走るよ。
「逃がしてやる訳にはいかねぇな」
瞬時に声のした方向に構える護衛達だが、俺はすでに先頭を歩いていた二人組の後ろに移動済みだ。
両手で二人の顔を掴み、勢いよく振り切る。
「がっ!?」
「かじゅっ!?」
同じタイミングで、シンメトリーの如く後ろに回る二人の首。
地面に吸い込まれるように倒れ行く二人の間を縫う様に歩み寄ると、残りの護衛達が飛び出してきた。
「ヴァルネロ様! ここは私達にお任━━━クペッ!?」
頭を、割る。
「お早く! 長くはもちま━━━ガッ!?」
脛椎を、砕く。
「何とか抑え━━━ア、ェ?」
心臓を引き抜き、
「み、みん━━━ッッッ!?!?」
首を締め上げ、握り潰す。
残るは、三人。
「バ、馬鹿な! あの軍勢を突破してきたと言うのか!?」
「やはり勇者と同じ、い、いや、もしかしたらそれ以上の・・・?」
勇者と同じ、だと?
「い、いや、最早そんな事は関係ない! 丁度良い機会だ。我が友カロッサの仇、今こそ━━━」
「あの勇者と一緒にするんじゃねぇっ!!」
振り上げた拳を頭上から叩き付ける。
声すらあげる事なく潰された魔族の身体は、半分以上が地面にめり込んでいた。
「バーゼル!? 貴様、よく━━━モッ?」
次いで、その隣にいた魔族の首を手刀で折ろうとしたが、剣で斬ったかの様に飛んでいった。
勇者と一緒と言われ、つい激昂してしまったな。
もっと感情を制御出来ればいいのだが、やはり勇者関係になると抑えが効かない。
「ようやく身体が動く様になったか。部下達には感謝せねばなるまい」
魔族の首を斬り飛ばした自分の手を見ながら思考していると、ヴァルネロがゆっくりと立ち上がってきた。
先程の魔族達が治療したのだろうか?
あの巨剣や鎧こそないものの、ヴァルネロの身体には傷一つなく、決闘を始める前まで時間が巻き戻った様に思える。
だが、ヴァルネロの瞳には憎悪が色濃く宿っていた。
「部下達の判断とは言え、決闘から逃げ出したワシにがこんな事を言うのは恥以外の何でもないが・・・」
理性は残っているようだが。
「貴様に殺された部下達の仇、討たせてもらおう!」
決闘の時とは比にならない、肌を圧迫する程の殺気が撒き散らされる。
今のヴァルネロは決闘開始の時よりも強い事は間違いないだろう。
「だが、もう遅い。〈苦痛の呪縛〉」
「な、何ッ!? ッ!? ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
相手の体内に撃ち込んだ魔力を暴走させる魔法、〈苦痛の呪縛〉。
拘束したヴァルネロを何度も殴っていたのは、この為だ。
俺の攻撃をまともに受けてなお、致命的なダメージがないヴァルネロを殺すには、ただ大技を仕掛けるだけでは火力が足りない。
だったら、内側と外側から破壊してやればいい。
俺の拳に、至極色のオーラが集束する。
「終わりだ。〈崩壊の覇槌〉」
〈苦痛の呪縛〉によって想像を絶する痛みに身動きがとれないヴァルネロの頭に、今の俺が放てる最大威力の魔法を込めた拳を叩き込む。
体内を暴れまわる魔力と俺の全力を込めた拳。
二つの凶撃に耐えられなかったヴァルネロの頭が消し飛び、その身体が〝ビクンッ〟と跳ね上がる。
重々しい音を立てながら、ゆっくりと崩れ落ちるヴァルネロの身体。
その身体が動く事は、二度となかった。
ようやく書きあがりました。
4,000文字程度で昨日に投稿予定だったのですが、気付いたら6,000文字近くで今日の投稿に・・・orz
別作品の修正をしながら執筆しているので、ただでさえ遅い執筆速度が更に遅くなっております。
遅くなった分、皆様に楽しんで頂けると幸いです。
お時間があれば、評価や感想を書いて頂ければ幸いです。