エピローグ
深い闇の中でたゆたう感覚。
時折、意識が浮上しては再び沈んでいく。
幾度となく繰り返されるそれは、我と周囲の境界線を曖昧にし、我という存在を消し去ろうとしているのだろう。
一体いつからこうしているのか。
時の流れすらもわからなくなる程、永い刻が経っているということなのだろう。
「━━━様! ━━━様!」
不意に、声が聞こえた。
━━━ 我を呼ぶ者は、誰ぞ ━━━
久しく聞かなかった意思を持ったそれに、思わず反応してしまう。
「反応があった・・・お前達、もっと生け贄を捧げよ。我らの主が、永き封印より目覚めようとしておられるのだ」
「ひっ!? い、イヤだ! 死にたくない!!」
「やめてっ! この子だけはっ! この子だけはっ!!」
「ぎゃあああああああああっ!!」
話し掛けてきた者と、絶望に染まった悲鳴が聞こえてくると同時に、空腹時に御馳走を食した際と同じような充足感が感じられる。
曖昧だった我という存在が形を成し、その四肢に少しずつ力が流れ込んでいくのがわかる。
だが、まだ、足りない。
━━━ 足りぬ。まだ、満たされぬ ━━━
「もっとだ! 城内にいる生け贄共を全て連れてこい!!」
「ひっ!? ひゅぐっ!?」
「お許しを! お許し━━━ヲ”ッ!?」
嗚呼、何とも懐かしい感覚・・・。
思い出した・・・これは命を、人の魂を喰らったときのものだ。
幾千、幾万・・・いや、数字では表せぬほどに喰らった魂の味。
そう、我の名は━━━、
「アイン様! 邪神アイン=ウルゴス様! 今こそ忌まわしき神々の封印よりお目覚め下さい!!」
「「「アイン様!! 邪神アイン=ウルゴス様!!!」」」
眼前に広がるのは、我に頭を垂れる亡者達の姿。
積み重なった無数の骸は、我に魂を捧げた者達の成れの果て。
━━━ 我が名は、アイン=ウルゴス。生命いのちを狩り、魂を喰らう者なり ━━━
「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
我を崇める声に応え、封印が完全に解けたことを示すと、大地をも揺るがす狂喜の叫びが空間を支配する。
こやつらは、命を持たぬ者。
ある者は亡者であり、ある者は魔術によって造り出された者であり、またある者は僅かな力を得る為に生命を捨てた者・・・。
我がこれまでに滅ぼしてきた世界で、我に忠誠を誓い、我に付き従ってきた者達。
「我らが偉大なる主よ」
懐かしい部下達の顔を眺めていると、その中の一人が我の前に跪いた。
「忌々しき神共の封印より御身が解き放たれた事、心よりお慶び申し上げまする」
魔導人形。
我が勢力の最古参であり、我が最も信頼している者だ。
その忠誠心もさることながら戦闘能力も高く、我を除けば最強と言える。
幾多の世界を渡り歩いた際に数えきれぬ程の者を失い、そして得てきたが、腹心と呼べる者はこやつを置いて他にない。
名は━━━、
━━━ “ユーシア”、苦労をかけたな ━━━
「勿体ない御言葉にございますッ!!」
労いの言葉をかけると同時に、元々下げていた頭を地につけるまでに下げて平伏するユーシア。
そこまで畏まる必要はないというのに・・・愛い奴よ。
顔をあげてみれば、感涙しているユーシアに羨望や嫉妬に類する視線が向けられている。
生命いのちを持たぬ割に、何故かこういった感情は残っているのだから不思議なものよ。
━━━ 皆も苦労であった。不覚にも封印されてしまった我を見限らず、よく待っていてくれた。礼を言う ━━━
「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
天を突き抜かんばかりの咆哮。
たかが礼のひとつでここまで喜ぶ部下達が面白く感じて、つい口角があがってしまう。
我の封印も解けたことだ。
こやつらには存分に暴れさせてやろう。
━━━ ユーシアよ、我が封印されてからどれほどの刻が経っている? ━━━
「はっ、丁度一万年でございます」
━━━ ほう。であれば、塵芥の価値すらない世界がかなり増えていそうだな ━━━
「はっ、まさしくその通りで・・・如何なされますか?」
ユーシアめ、我の答えがひとつしかないのがわかってて言っておるな。
・・・我自身の口から聞きたい、ということか。
━━━ 決まっておる。神共が造った世界は等しく全てを破壊する! ━━━
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クックックッ、アンタ達がここを見ているって事は、アインにかけられた封印が解けたって事だな。
まずは、この物語をここまで読んでくれたアンタ達に感謝を。
はっきり言ってハッピーエンドとは程遠い内容だったが、少しでも楽しんでくれたのなら幸いだ。
さてさて、ここまで読み進めてくれたお礼に、俺様が直々にネタばらしをしてやろう。
まず名前からもわかるように、あの邪神はアイン本人だ。
俺様の予想通り、あいつは人間の身でありながら神に匹敵する力を得やがった。
俺様が力を貸してやったとはいえ、人間の復讐心ってやつは素晴らしいな。
神が創った世界とは、謂わばその神の分体。
その世界に住む生物・・・特に知的生命体はより多くの神力を内包している。
内包する神力が大きければ大きい程、その知的生命体は神に近付いていく訳だが、流石にその辺りは神々も警戒してリミッターをつけていた。
ある程度以上の神力が蓄積すると、その生物の肉体は神の力に耐えきれず、物理的に崩壊しちまうって訳だ。
そこで、俺様はアインと契約を結ぶ際、奴と同化することでその肉体を作り替えた。
神の力に耐えられるように。
そして、アインは人の魂を喰らっていくことで、その身体に神力を蓄えていき、神と同等の存在になったって訳さ。
神々がアインを殺しきれずに封印するにとどまったのがその証拠だな。
そう、すでにアインは神々でさえ手に負えない存在になっている。
だが悲しいかな、アインはあくまでも人間。
ユーシア・・・いや、元勇者にも言えることだが、二人の脳はもう限界なのさ。
いくら肉体が強化されたと言っても、何万年という歳月は二人から記憶を奪い去るには十分だった。
今では互いが互いを信じている・・・あれだけ憎しみ合っていたのになぁ? クックックッ。
二人の脳が完全に壊れちまうまで、あと千と数百年ってとこかねぇ。
まっ、俺様としては早くそうなって欲しいもんだが。
奴が壊れちまえば・・・あの神々をも超える肉体は俺様のものになる。
そうなれば、全てを支配する絶対神の誕生だ。
割と時間がかかっちまったが、それに見合うだけの成果は出ている。
あとはもう少しの間、奴が神々の世界を蹂躙する様を見物させてもらおうかねぇ。
なぁ? 破壊神アイン=ウルゴス様よぉ?
長い間放置してしまい申し訳ありませんでした。
当初からハッピーエンドにはならないと宣言していましたが、主人公の性格と能力の都合から勇者を殺せない事に気がつき、辻褄合わせの為に当初の予定とは違う終わり方とあいなりました。
物語的には短かったですが、“忌み子と呼ばれた召喚士”を多くの方々に見てもらえるようになった切欠のこの作品を完結出来たことを嬉しく思います。
※12/2 投稿先を間違えていたので変更しました。
御指摘して頂けた方々、ありがとうございました。




