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嫁が勇者に寝取られたので自分の存在を拒絶します

前回のあらすじ


勇者との戦闘に入ったアイン。

優勢に見られたアインだったが、勇者がアインの嫁を盾にした事で形勢は逆転してしまう。

勇者の口から嫁が奪われた経緯を聞かされ、予想以上に下衆だった勇者の行いに、アインの意識は深い闇へと呑み込まれてしまった。


※《胸糞展開注意報継続中》につき、そういった展開が苦手な方は御注意願います。

何が起こったのか、わからなかった。


頭が理解する事を拒み、言葉を発する事すら出来なかった。


自分の視界に入る全てから色が抜け落ち、時の流れが狂ってしまったかの様に世界の動きが緩慢となる。


全ての色が失われた世界で、嫁の背中から流れ出す血だけが、赤々としていた。











* * * * * * * * * * * * * * *











「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


怨嗟(えんさ)に満ちた咆哮が、大気を震わせる。


これは、俺の声なのだろうか?


さっきまでと変わらず嫁を盾にしている勇者(クソ野郎)の姿。


壁に反響して鼓膜を激しく刺激する自分のものらしき声。


周囲に充満する()せ返るような血の匂い。


意図せずして動く四肢。


まるで自分の身体でない、他人の五感を共有しているような感じがする。


奇妙な感覚に戸惑いを覚えていると、【俺】は勇者(クソ野郎)に向かって突撃を仕掛けた。


嫁が盾にされているにも、関わらずに。


慌てて身体を制御しようとする俺の意思に反して、【俺】の身体は突撃を止める気配はない。


「おっと、事実を話してあげただけなんだけど、旦那(アイン)さんには刺激が強すぎたかな? ま、怒りに任せて突っ込んでくるのは想定済みだけどね。やっぱり単純だなぁ」


作戦が成功したとばかりに薄ら笑いを浮かべる勇者(クソ野郎)は、盾にしていた嫁を突撃の進路上から突き飛ばすと、その反対側へ素早く身を移す。


【俺】は突き飛ばされた嫁には目もくれず、ただただ勇者(クソ野郎)に向かって突き進むだけ。


それは本能のみで行動する畜生の姿そのものだ。


「ガアアアアアアアアアアアッ!!」


雄叫びと共に、一般人であれば視認する事すら出来ない速度で放たれる連撃。


「あははは! ほらほらアインさん、もっと頑張って!」


しかし、勇者(クソ野郎)は余裕すら感じさせる表情で全てを避わしていく。


その際、直線的な攻撃を繰り返す事で生まれる隙に合わせ、【俺】の急所ではなく四肢━━━特に足を重点的に狙い、おそらくは機動力を奪おうとする。


攻撃を受けた箇所に感じる痛みからして、このまま攻撃を受け続ければ、動けなくなるのもそう遠くはないだろう。











俺自身、何故こんな事になったのかわからない。


勇者(クソ野郎)の口から事の経緯を聞かされ、胸の奥底から何かが這い上がってくる感覚を感じた所までは覚えているのだが、一瞬、意識が途切れたと思えばこの状態だ。


『よぉアイン。どうやら妙な事になってるみてぇだな』


この声はウルゴスか。


一体何が起こっているか、わかるか?


『俺様もはっきりと断言出来る訳じゃねぇから仮説になっちまうが・・・今、お前の身体を操ってんのは“もう一人のお前”だろうな』


もう一人の俺?


『そうだ。今、俺様と話してるアインは嫁さんへの愛情と勇者の野郎への憎悪を兼ね備えたアイン。嫁さんへの愛情が大きいから憎しみも大きいが、まだ多少の理性は残っている。だが今、野郎と戦っているのは憎悪の感情に支配されちまっている、その感情と生物としての本能のみで行動しているもう一人のアインだ』


そんな事が、起こりうるのか?


『野郎への憎しみが限界を超えたんだろうな。恐らく、あのアインは自分の心が完全に壊れちまわないように、お前自身が作り出した擬似人格。止まる事なく溢れ出る憎しみの受け皿。ただただ、勇者の野郎を殺す事のみを考えて動くだけの人形って訳だ。当然━━━』


ウルゴスの声色に、いつものような楽しげな雰囲気はない。


とてつもなく、嫌な予感がする。


『━━━嫁さんへの配慮があるはずも、ない』


その言葉に目を見開き、勇者(クソ野郎)と嫁の状況を確認する為に、俺は【俺】の五感へと意識を移した。











「勇者様! 今の雄叫びは一体━━━ヒッ!?」


教会の扉を開けて入ってきた男が、周囲の惨状と【俺】の姿を認識した途端に悲鳴をあげる。


一瞬、勇者(クソ野郎)の表情が「面倒臭い」とでも言いたげに歪むが、その表情を認識出来たのは俺くらいだろう。


即座に嫁を抱えた勇者(クソ野郎)は、先程まで下卑た笑みを浮かべていた者と同一人物とは思えない凛々しい顔付きとなって入ってきた男の側へと移動する。


「話は後で。奴の狙いは彼女です。僕がここで奴と戦いますから、貴方は彼女を安全な場所に連れていって下さい。そして王都の住民をここから避難させるように兵士さん達に伝言をお願いします」


「わ、わかりました! すぐに応援を連れてくるので━━━」


「ウオアアアアアアアアアアッ!!」


男の言葉を遮るように〈崩壊の波動(コラープスウェイブ)〉を放つ【俺】。


その線上には勇者(クソ野郎)、教会に入ってきた男、そして嫁がいる。


冗談ではない!


嫁を巻き込むような攻撃をしやがった!


「くっ! 聖浄なる光よ、迫りくる悪意を拒絶せよ!〈聖光の盾(セラフィム)〉! 早く行って下さい! 僕の事は気にしないで!」


崩壊の波動(コラープスウェイブ)〉を障壁で受け止めながら、如何にも苦戦しているような声色で男と嫁を逃がそうとする勇者(クソ野郎)


不本意だが、【俺】が嫁に危害を加えかねない以上、この場から離れてもらった方がいい。


今は【俺】から身体の制御を取り戻す事と勇者(クソ野郎)を殺す事だけを考える事に集中する。


「今の内です。走って!」


「は、はい!」


崩壊の波動(コラープスウェイブ)〉を防ぎきった勇者(クソ野郎)が逃亡を促し、それに圧されるような形で嫁を引っ張りながら逃げ出す男。


それと同時に勇者(クソ野郎)は一気に【俺】へと接近する。


「(別に彼女を助けた訳じゃないですよ? アインさんを捕らえ、アインさんの目の前で彼女を犯し、アインさんと彼女の反応が見たいから、今は殺さないだけです)」


この・・・ッ!!


俺だけに聞こえる声量で行動の意図を伝えてきた勇者(クソ野郎)に、殺意と表現する事すら生温く感じる深淵に呑み込まれそうになる。


「キョオオオオオオオオオオオッ!!」


それは【俺】にも伝わったらしく、更に激しく、狂った雄叫びをあげながら、勇者(クソ野郎)を押し潰そうと力を込めていく。


「シャアアアアアアアアアアアッ!!」


「ちっ! 聖なる女神の眷族達よ! 悪を穿つ刃となれ! 〈戦女神の行進(ワルキューレ)〉」


単純な力比べは不利と悟ったのか、勇者(クソ野郎)は魔力を集中して解き放つ。


放たれた魔力は五つに分かれ、それは瞬時に鎧兜に身を包む、騎士然とした女の姿へと変化した。


戦女神と呼ばれた魔力で造られた女達に、四人がかりで【俺】の四肢は封じられ、勇者(クソ野郎)から引き剥がされる。


最後の一人は勇者(クソ野郎)の側に控えているようだ。


恐らく、戦女神(ワルキューレ)四人による拘束が破られた時の為の保険だろう。


「さて、これでアインさんの動きは封じました。思ったよりも強かったんでびっくりしましたよ? また暴れられても困りますから、適度に弱ってもらいます、ねっ!」


「ガッ!?」


六魔将(ヴァルネロ)レベルの魔族を倒す実力を持つだけあって、勇者(クソ野郎)の拳はかなりの重さがある。


「さっきまでの威勢はどうしたんですか? 無駄な抵抗でもして、もっと僕を楽しませて下さいよ」


俺を見下し、(あざ)(わら)いながら殴り続ける勇者(クソ野郎)


時折、いたぶるように剣の切っ先で浅い傷をつけ、その度にニヤニヤと不快な笑みを浮かべている。


ダメージを受ける度に身体の自由が奪われていく感覚に加え、【俺】が精神的に弱ってきている事を感じた。











ふざけるなよ。


嫁を巻き込むような攻撃を仕掛けておいて、少し追い詰められた程度でその(ザマ)か?


【俺】(お前)勇者(クソ野郎)を憎む感情は、その程度なのか?


そして、その程度の相手(【俺】)に身体の制御を奪われた俺自身にも、虫酸が走る。


もう【俺】(お前)の好き勝手にはさせない。


【俺】(お前)は、俺じゃない!











「もう限界ですか? なら、その四肢を斬り取ってまともに動けないようにしてあげますよ」


耳障りな勇者(クソ野郎)の声が、違和感なく届く。


四肢は戦女神(ワルキューレ)に四人掛かりで封じられてはいるが、俺の思った場所に力を込める事が出来る。


魔法が使えないように、四肢へと流れる魔力を阻害する徹底ぶりだ。


「まぁ死なない程度には治療してあげますから、安心して下さいね。アインさんにはもっと楽しませて貰わないといけませんから」


蓄積したダメージのせいで、戦女神(ワルキューレ)達を振りほどける程の力が出せない。


しかし、何とか嫁に危害が及ぶ前に身体の制御を取り戻す事が出来た。


「ちょっと痛いと思いますけど、我慢しないで叫んでもいいですよ? 命乞いなら尚更歓迎します。やめませんけどね」


ヘラヘラと嗤いながら、俺に見せつけるように長剣を振り上げる勇者(クソ野郎)


狙いは・・・右腕か。


この斬撃を避ける事は出来ないが、自分の弱さが招いた結果だ。


甘んじて受け入れてやるよ。


覚悟を決め、睨み付ける俺の右腕に、躊躇いなく降り下ろされる勇者(クソ野郎)の長剣。


右腕が斬り飛び、魔力の阻害が解けたら、即座に〈崩壊の波動(コラープスウェイブ)〉を撃ち込んでやる。


瞬間、作戦とも言えない作戦を実行しようと集中する俺の前に、黒い影が飛び込んできた。


「なっ!? くっ━━━」


飛び込んできた影に驚いた勇者が慌てて長剣を止めようとするが、十分に剣速が乗っている為に間に合わない。


勇者(クソ野郎)の長剣が、その影を捉える。











━━━嫁だった。











何が起こったのか、わからなかった。


頭が理解する事を拒み、言葉を発する事すら出来なかった。


自分の視界に入る全てから色が抜け落ち、時の流れが狂ってしまったかの様に世界の動きが緩慢となる。


何も考える事が出来ず、無意識のままに戦女神(ワルキューレ)達を振りほどき、倒れ込んできた嫁を受け止め、抱き寄せた。


全ての色が失われた世界で、嫁の背中から流れ出す血だけが、赤々としていた。

お久しぶりです。

仕事とプライベートの事情が重なりまして、更新が滞ってしまった事を御詫びします。

元々、当作品は更新速度は早くないのですが、一ヶ月以上空いてしまったのは作者も予想外でした。

次話はもう少し早く書き上げたいなぁ・・・。


お時間がありましたら、感想や評価を書いて頂けると幸いです。

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