嫁が勇者に寝取られたので生まれ育った村を滅ぼします
諸事情で更新が滞ってしまった【忌み子と呼ばれた召喚士】の執筆を再開しようと思ったのですが、スランプに陥ってしまったので気分転換に書き殴ってみました。
「ごめんなさいアナタ。私は勇者様に付いて行きます」
何を言っているのか、わからなかった。
「そういう事ですから、彼女は貰っていきます。金輪際、僕達に関わろうとしないで下さいね。アインさん」
頭が理解を拒んで、言葉を紡ぐ事が出来なかった。
俺は、勝ち誇った表情を浮かべて立ち去る勇者と、申し訳なさそうに俯きながらもそれに付いていった嫁を、ただただ呆然と見送る事しか出来なかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
嫁とは物心付いた頃からの仲だった。
「大きくなったら結婚しようね!」と言うのが俺達二人の口癖で、その約束通り、二人が成人したその日に祝言をあげた。
結婚して三年。
子供こそ出来なかったが、幸せに満ち溢れた生活を送っていた。
勿論、つらい時も苦しい時もあったが、嫁の為と思えば何ともなかった。
嫁がいたから、どんな事も乗り越える事が出来た。
嫁がいれば、何もいらなかった。
先月末、勇者と名乗る青年が村を訪れた。
何でも、魔王を倒す為に世界を旅して回っているらしく、その道中でこの村へ立ち寄ったらしい。
王家公認である証文を持っていたので、村長や村の皆も快く迎え入れた。
田舎の村だったので宿屋の様な施設はなく、青年は村長の家に宿泊する事となった。
しかし村長の奥さんはしばらく前に亡くなっており、青年をもてなす料理を作る為に料理の得意な村の女達が村長の家に行く事となった。
俺の嫁も、その中に選ばれていた。
嫉妬した。
独占欲が強い事は自覚していた。
嫁が俺以外の為に料理を振る舞うのが嫌だった。
嫁の笑顔が、見知らぬ青年に向けられるかと思うと胸が苦しかった。
それでも、嫁に「心配しないで。嫉妬してくれるのは嬉しいけど、ちょっと料理を作ってくるだけだから」と嗜められたから、渋々納得して送り出した。
この時、俺は感情のままに、みっともなく駄々をこねてでも行かせるべきじゃなかったんだ・・・。
翌日。
嫁が戻ってきたのは明け方近くだった。
帰ってくるまで待っていた俺を見た嫁は、どこかいつもと様子が違った。
妙によそよそしいというか、他人行儀というか、俺に気を使っているような感じだった。
俺が「村長の家で何かあったのか?」と聞くと、「何でもないわ。ちょっと勇者様とお話しするのに緊張しちゃって、疲れちゃっただけだから」と、無理に作った笑顔で答えた。
(料理を作るだけじゃなかったのかよ)
そう思ったが、疲れた様子を見せる嫁を問い詰める事は出来ず、ゆっくり休むように言ってから仕事へと向かった。
それからというもの、嫁は度々村長宅へと出かけていった。
何でも、勇者の奴が嫁の料理を気に入ってしまったらしく、村長に嫁を呼び出すように頼んでいるらしい。
当然、俺は抗議したが、勇者の奴が村の周囲に出没する魔物達を討伐し、危険を排除していた為に「我慢してくれ」と却下されてしまった。
だが、村長の家から帰ってくる度に、徐々に嫁の様子がおかしくなっていった。
俺に笑顔を見せなくなり、俺が話し掛けても上の空。
毎日作ってくれていた手料理も、村長の家で勇者の奴に作ってきた余り物ばかりとなり、夜の生活に誘っても「明日も早いんだから、ちゃんと休んで」とやんわり拒否された。
いよいよおかしいと思い、村長の家へと迎えに行った俺に投げつけられたのが、冒頭の台詞だ。
「ごめんなさいアナタ。私は勇者様に付いて行きます」
何を言っているのか、わからなかった。
「そういう事ですから、彼女は貰っていきます。金輪際、僕達に関わろうとしないで下さいね。アインさん」
頭が理解を拒んで、言葉を紡ぐ事が出来なかった。
俺は、勝ち誇った表情を浮かべて立ち去る勇者の奴と、申し訳なさそうに俯きながらもそれに付いていった嫁を、ただただ呆然と見送る事しか出来なかった。
勇者の奴と嫁が村から出ていってからしばらく、俺は何もする気が起きなかった。
飯を喰う事も、水すら飲む事もなく、ただただ嫁と過ごしたこの家の中で、嫁との思い出を反芻し、泣いていた。
動かさない身体は痩せ細っていき、精神も段々と弱っていった。
村の連中が腫れ物を触るかの様に話し掛けてきた様だが、何の反応も返す事が出来なかった。
その内、俺を訪ねる者はいなくなり、一日の大部分を独りで過ごす事が多くなっていった。
そんなある日、村長が俺を訪ねてきた。
俺の落ち込む様子が異常過ぎて、真実を話す為に来たらしい。
今更何をとも思ったが、曲がりなりにも俺や嫁が育った村の長だ。
真実がどうであれ、嫁が俺の前から去った事実に変わりはないが、とりあえず話だけは聞く事にした。
・・・聞かなければ良かった。
勇者の奴が村長の家に泊まった最初の日、勇者は嫁を含めた女達全員を酒に酔わして乱交に興じたらしい。
村長は抗議したらしいが、勇者の奴から「魔物達を討伐せずに、この村にけしかけてもいいんだぞ」と脅されたのだそうだ。
その中でも嫁を特に気に入った勇者の奴は、度々、嫁を呼び出しては凌辱していたのだ。
初めは抵抗していた嫁も「夫がどうなってもいいのか?」との脅しに仕方なく従い、犯され続けたようだ。
日が経つにつれて抵抗も弱くなっていき、俺が迎えに行った前日の夜には自ら勇者の野郎に奉仕する程までに調教されていたらしい。
初日に女達に手を出された連中は、嫁に向いた矛先が自分や自分の女達に向くのを恐れて泣き寝入りし、俺にも黙っていた。
村長の話が進むにつれて、自分の頭も中も、心の中も徐々に冷たくなり、黒く染まっていくのが自覚出来た。
村の連中は、自分達の保身の為に、勇者の野郎に嫁を売りやがったのだ。
勇者の野郎は、俺の嫁を無理矢理犯して、脅して、奪い去った。
俺と嫁が二十年以上かけて築き上げてきた絆は、僅か一月足らずで壊されてしまった。
俺は、嫁さえいれば良かった。
嫁さえいれば、何もいらなかった。
そんな唯一の願いさえ、俺には与えられないのか。
そんな唯一の願いさえ、この世界は許してくれないのか。
だったら、こんな世界などいらない。
『へぇ~。凄まじい憎悪を感じたから覗きに来てみたけど、まさか人間とは驚いたぜ。本当に人間かよ? お前』
どこからか、声がした。
周囲に目を配るが誰もいない。
話を終えて帰ったのか、村長もいつの間にかいなくなっていた。
『あーあー、お前ら普通の人間には俺様の姿は見えねぇよ。探すだけ無駄だ』
「・・・誰だ?」
『俺様か? 俺様はウルゴス。お前ら人間が言う所の悪魔ってヤツさ』
幻聴かと思ったが、そうではないらしい。
『しっかしお前の放つその憎悪、人間にしとくにゃ惜しすぎるなぁ。なぁ、お前の復讐、手伝ってやろうか? 勿論代償は頂くが、俺様は役に立つぜぇ?』
悪魔の囁きとはこの事か。
だが、ただの村人である俺が、勇者と呼ばれるあの野郎に復讐するとなれば、自身の力では足元にも及ばないのは明白だ。
こいつの誘いを断る理由は、ない。
「ウルゴス、といったな。この世界に復讐出来るのなら、この身体、この魂、この俺の全てをくれてやる。だからお前が持てる力の全てを貸してくれ。復讐が終わった後でなら、死のうが永遠の苦痛を受けようが、構わない」
『おいおい。俺様にとっちゃ好都合だが、今まで代償が何かも聞かずに力を貸せって言われたのは初めてだぜ? つーかその覚悟。どんだけ世界を憎んでんだよ。マジでただの人間にしとくのが惜しいぜ』
本心なのだから仕方がない。
俺から嫁を奪い去ったこの世界など、消えてしまえばいい。
『世界、ねぇ。益々気に入ったぜ。最初はお前の肉体と魂を器にしてこの世界に具現化してやろうと思ってたが、やめだ。先に俺様の力を貸す条件を言っておくぜ、アイン。お前、復讐が終わったら━━━━━━━━━━━━』
ウルゴスの出した条件は、俺の予想の範疇から大きく逸脱したものだった。
だが、それがどうした。
「・・・それが、力の代償だと言うなら構わない。好きにしろ」
『契約成立だな。しばらくの間、よろしく頼むぜ? アイン』
その瞬間、明らかに人間の限界を越えた、膨大な力が身体に流れ込んできた。
その力があまりの大きい為か、俺の身体は破壊と再生を繰り返していく。
皮膚と肉は裂け、吹き出した血液が部屋を深紅に染め上げる。
ところ構わず骨折しては、次の瞬間にはくっつき始める。
あまりの痛みに何度も気絶しそうになったが、奥歯に亀裂が入る程に歯を食い縛り、無限に続くかと思われる苦痛に耐え続けた。
嫁との大切な思い出を、頭に描きながら。
嫁を奪った世界への憎悪を、心に募らせながら。
どれくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか苦痛はなくなっていた。
不思議に思いながらも、姿見の前へと足を運ぶ。
・・・誰だ? これは。
黒に近かった茶髪は真っ白な髪へと染まり、赤みがかった瞳の色は変わってなかったが、周囲の白目の部分は真っ黒に変化していた。
痩せ細っていた身体は歴戦の将を思わせる程の巨躯に成長し、身長も大分高くなっている。
『よぉ、アイン。なかなか似合ってんじゃねぇか。生まれ変わった気分はどうだい?』
どこからか話し掛けているようだったウルゴスの声が、今は頭の中に直接響くようにはっきりと聞こえる。
「悪くはない。これで復讐の土台は整った」
『くっくっくっ、俺様の力を土台扱いか。流石に世界を狙う奴は違うねぇ』
大分失礼な言い草だったが、ウルゴスは怒る所かむしろ嬉しそうな声色で返答してきた。
「ウルゴス。お前の力が強大な事はわかっている。だが、あの野郎がいるこの世界に復讐するのなら、まだまだ力が足りない」
『いいぜいいぜぇ。俺様は別に気にしてねぇよ。アインが思った通りに、好きなように力を使えば良い』
ウルゴスに言われるまでもない。
まずは序章。
この世界への復讐劇の幕開け。
最初の目標は、村の連中だ。
村は、炎の渦に包まれていた。
先刻まで響き渡っていた悲鳴や怒号は、すでにほとんど聞こえてこない。
「ア、アイン! 許してくれ! 俺はそんなつもりじゃなかっ━━━」
「許す訳がないだろう」
地に這いつくばり、無様に許しを乞う、友人だった男の首を撥ね飛ばす。
こいつで、四十二人。
「アインさん、この子だけは! この子━━━」
「・・・五月蝿い」
自分の子供を庇おうとする隣人だった女を、その背後にいた子供ごと、手刀で貫く。
この親子で、四十四人。
周囲に散らばる多くの死体は、全て俺の見知った者達。
俺や嫁と笑い、泣き、時には喧嘩しながら、生活を共にしてきた者達。
殺しても、僅かな罪悪感すら感じなかった。
むしろ、喜びを感じていた。
どんなに罵られようが、謝罪されようが、躊躇う事なく命を奪っていった。
残るは、五人。
村長、嫁の両親、そして、俺の両親。
「アイン、お前、何て事をしてくれたんだ・・・」
「アインくん、確かにウチの娘は酷い事をしたかもしれないが、いくらなんでもこれはやりすぎだろう!」
俺の親父と嫁の父親が、母親達を守るように立ちはだかる。
「アイン! こんな事が許されると思っているのか!?」
村長も父親達と母親達の間に入り、俺を非難する。
「別に、許されたいとも思わないね。俺を許さないって言うのなら、何故、勇者の野郎の好き勝手を許した? 勇者の野郎が嫁を犯した時、何故すぐに俺に教えなかった?」
「お前があの娘を心から愛していたのを知っていたからだ! お前にその事実を知らせれば、必ず勇者様に報復へと向かい、返り討ちにされていただろう。勿論、村を危険に晒したくなかった事もあるが、お前を死なせたくなかったから━━━」
「ふざけた事をぬかすなっ!!」
気が付けば、声を張り上げていた。
心の中を渦巻く憎悪が、そのまま意思を持っているかの様に俺の声となり、放出されていく。
「親父達・・・いや、アンタ達に俺の想いがわかるものか! 最愛の、親であるアンタ達よりも愛していた嫁を、勇者などという訳のわからん奴に奪われた俺の想いがわかる訳がないっ! 村を危険に晒したくなかった? その代償に嫁は奪われたじゃないか! 俺を死なせたくなかった? 目の前で嫁が奪われるくらいなら死んだ方がマシだった! どんなに言い繕った所で、アンタ達が自分達の保身の為に、嫁を売り渡した事実に違いはないっ!!!」
「く、狂ってる・・・。お前はもう、狂っている」
「悪魔よ・・・。きっと悪魔に取り憑かれたんだわ・・・」
動揺し、震えながら後退りする親父達に、未だ収まる気配を見せない怒りを叩き付けるが如く襲い掛かる。
母親達を守ろうとする父親達だったが、僅かな抵抗すら許さずに、惨殺する。
次いで、男達の死に悲鳴をあげる母親達の喉笛を首ごと握り潰し、残った村長の頭を鷲掴み、地面に叩き付ける。
何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・・・・。
村長の頭だった物の原型がなくなった頃、ようやく俺は起き上がる。
これで、四十九人。
この村に住んでいた、俺自身と嫁を除く全員を殺し終えた。
『おーおー、これまた派手にやったねぇ。同族の奴らでもここまでやる奴はなかなかいねぇぜ? アイン』
ウルゴスが妙に軽い口調で話し掛けてきた。
「何か文句でもあるのか? ウルゴス」
『い~んや? むしろお前の容赦のなさに感心したくらいだぜ? 大抵の人間は情があるせいでここまで出来ねぇからな』
何が楽しいのか、けらけら笑っているウルゴス。
「俺は勇者の野郎を許さない。嫁を奪われた自分自身も許さない。そして・・・」
視認出来ないウルゴスに聞かせるように、俺は憎悪の言霊を紡ぐ。
「それを許した、この世界も許さない」
生まれ育った故郷を自らの手で滅ぼした俺は、歩き始めた。
勇者の野郎が拠点を置いているという、王国へと向かって━━━━━。
容赦のない主人公が大好きです。
緑黄色野菜が作品を書くと、主人公は必ず容赦のない性格になる説・・・。
お時間があれば、評価や感想を書いて頂ければ幸いです。