白昼夢
ツイッター始めました。そっちにもちょくちょく話を落としたりするかもです。
宜しくしてくれたら泣いて喜ぶよ。
ぽっぽー。
ゴリゴリとミルの刃が豆を挽く音が、古いオーク材の床に弾んでいる。
寂れた雰囲気の漂う喫茶店。やさぐれた顔つきのバーテンダー服と、純白の制服がカウンターを挟んで対話する。
いや、自虐したいわけじゃあないのさ。
客観的に見たらそうだろうと思っただけ。
……やっぱり自虐じゃあないか。
「ねぇ、マスター。コーヒーのおかわりをお願いするよ」
「あぁ、はいはい。少々お待ちよ」
「今日もいい感じに脱力してるねぇ」
「仕事に力を入れる理由がわからんよ」
「入れる方法が分からないんじゃなくて?」
「違いますよ…………………………………多分ね」
「その間は何なんだい、その間は」
コーヒーを淹れてやると、彼女はそれを優雅に口元へと運び、ビシリと眉間に縦皺を刻んだ。
「さとうぅ…………」
「あ、忘れてた」
涙目になってまで睨まんでもいいじゃないですか。ていうかもう大学生なんだから砂糖無しでも大丈夫でしょうに。
砂糖をさらさらとコーヒーに混ぜながら、私はぼんやりと黒いうねりを眺めた。
「ねぇ、マスター」
「……何だい」
「何でマスターはこの店にいるの? 折角美味しいコーヒーが作れるんだから、もっと人が集まりそうな場所に店を移せばいいのに」
「別に、たいした理由があるわけじゃ…………」
きょとんと小首を傾げながら尋ねる彼女。あざとい。それはさておいて、だ。
私がこの店を移さないのに理由なんてない。本当に理由なんて無いのだが敢えて、強いて、無理矢理に理由をつけるとするなら————
「———気に入ってるから、かなぁ」
その一言に尽きる。
「ハッキリ言わない辺り、やっぱりマスターは捻くれているね」
楽しそうに彼女はコーヒーを啜る。
ほっとけ。捻くれてようが捩くれてようが今更だし。
ずずっと自分のコーヒーを啜る。うん、まぁまぁ良い出来だと思う、うん。
何か茶請けが欲しいなと脳裏に菓子類を列挙し始めた僕に、唐突に彼女は言った。
また明日も来ていいかな、と。
とても期待に満ちた顔で私の目を見る彼女にどう答えてやればいいのか困惑する。
しかし私の唇は知らぬ間に。
いいんじゃない、と。ボソリと言葉を紡いでいた。
持ってきたチョコチップ入りクッキーを数枚齧って、彼女は揺蕩う綿毛のように去っていった。
—————ぶつんッ。
何かが千切れたような音が脳内に焼き付いて、私は目を覚ました。
埃っぽいカウンターに突っ伏して寝ていたらしい。
眠気が頭にこびりついている。
そんな時こそコーヒーだと、ほぼパターン化された動きでコーヒーを淹れる。
ふと、鏡面に映った自分の顔を見て
ぎょっとした。
何だこれはと顔面を鷲掴む。
刈り込まれた頭髪と、切り揃えられた口髭。共に白いそれを見て、記憶と現実が黄泉返る。
「あぁ……そうだった…そうだったなぁ」
一体、何年前の夢を見ていたのだろうか。
じんわりと記憶が流れていく。
息が切れるほどにじっくりと。
じわじわじわじわ、空白のフィルターから苦々しい辛酸が染み出した。
彼女はあの日を最後に、この店に二度と来なかった。
理由は分からない。そもそも自分にそれを知る権利があるのか否かすら不明である。
けれども。
流石に寂しいものだ。
あんな夢を見るほどには、堪えているということだろう。
どこへ行ったんだい。
丸い目をした少年が不思議そうな顔で、自身の祖父にあたる男を見ている。
少年が物心ついた時には既に、祖父はまともな様子ではなかった。
揺り椅子に沈んだその男の有様は、正に壊れたと言うに相応しいもので、視線は虚空を彷徨い、手元は常に何かを回すような仕草をして、時折傾けるということを繰り返していた。
少年は好奇心から母親に問うた。
「ねぇねぇ、なんでおじーちゃんはくるくるしてるの」
母親は意表を突かれたのか、少し逡巡する。
「な、何でだろうねー? ゴメンねー、おかーさんにもよく分からないんだ………おじーちゃんに聞いて見てくれる?」
少年がとてとてと祖父の元へ走って行ったのを見届け、母親は新聞紙に視線を落とす父親に愚痴を零した。
「もう、イヤになっちゃう。お祖父ちゃんたら一体全体何を見てるのかしら、たまに何か呟いてるし…………あれ多分お祖母ちゃんを呼んでるのよね」
「………お義父さんは、なんて言ってるんだ?」
母親はいかにもウンザリといった風に大息を吐くと、肩を竦めて言った。
「どこへ行ったんだい、だって」
「そうか………確かに、惨い最期だったものな、お義母さん。そりゃぁ、戻って来てほしいだろうさ」
「流石に女々しすぎない? もう××年前よ?」
「まぁまぁ、夢の中では会えてるみたいだし、そっとしておいてあげようじゃないか」
父親は、新聞紙に視線を落として会話を切った。
そしてつくづく思うのだった。自分が彼の立場ならきっと————
————決して見たくない白昼夢だ、と。