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 桜庭先輩の卒業と共に、私と彼の「嘘の恋人関係」は解消された。卒業式のあと、私の家の近くの公園で待ち合わせて「お疲れ様」と私たちは言い合った。私たちの間に友情以上のものは生まれなかったのだ。

 進級してからは美保と別々のクラスになったものの、昼休みや放課後になると図書室に集合した。相変わらず私たちは『偏差値三十五』の友人だった。

 そういえば、何の縁か北島さんとは三年間同じクラスだった。けれど、彼女の私に対する敵意は一過性のものだったらしく、嫌がらせを受けることはなくなった。たまに嫌味を言われることはあったかもしれないが、にきびに良く効く塗り薬を教えてもらうくらいの仲にはなれた。

 その全ては中学卒業と共に失われた。

 でも、桜庭先輩とはときどき会っていた。秋彦と桜庭先輩の交友は今でも続いていて、彼が家に遊びに来ると「友達の妹」として会話に交ざった。それも、もうすぐ終わりだろう。桜庭先輩は東京のプロチームに行くのだから。



 駅に着く。美保の家は線路の向こうだから、ここでお別れだ。


「そういえば、君は東京に行くの?」


 美保は困ったように笑う。


「どうしてまだ付き合っていると思うの?」

「私の高校でも、桜庭利雄のことはときどき噂になるんだ」


 この街が生んだスターなのだから。


「なんでも、彼には中学から付き合っている恋人がいるらしい」


 それが成瀬千歳でないことは明らかだ。私が知っている桜庭利雄の恋人は他に、鈴鹿美保しかいない。


「怒らないの?」

「何を?」


 私は首を傾げる。


「私が千歳を騙したこと。これは私の勘だけど、千歳は利雄さんのことが好きだったんじゃないかって」


 それは予想していなかった反撃だった。頬が歪むのを止められない。笑って誤魔化すしかなかった。


「たぶん、それは当たりかもしれない。でも、外れでもある」

「どっちなのよ」


 美保は目を細める。怒っているようにも見えた。それは私の気のせいなのだろう。彼女は怒るような人ではないからだ。恐れているのだと思う。私に桜庭先輩に対する気持ちが残っていることを。


「私の好きっていうのは、子供の好きなんだ。少し気になっている気弱な男の子に跳び蹴りしちゃう感じの好き」

「全然分からない」

「分からなくていいよ」


 私は首を振る。


「でも君の好きっていうのは手をつなぎたいとか抱きしめたいとかキスをしたいとか……それ以上のことになりたいとか、そういう好きだろう?」

「恥ずかしいことを真顔で言うな」

「私の数少ない必殺技だ」


 美保から視線を逸らす。できるだけ遠くの方を見たかったが駅前にはビルばかりで空も狭い。一年前、こんな高いビルはあっただろうか。私は少し成長したかもしれない。でも、景色も変わるのだ。


「私はまだそういう恋愛を知らない。だから、格好つけたことは言えないけど、君は知ってるんだろ?」

「分からないよ……」


 弱々しく笑って背を向けた美保を、私は綺麗だと思った。



「少し無敵」というのも結局、ただの強がりなのかもしれない。私は人よりも少し傷つかないふりをするのが上手いだけなのだ。

 先週、私は「兄の妹」としてではなく、「成瀬千歳」として桜庭利雄に会った。卒業式の日、「お疲れ様」を言い合った公園で。あの日、ボウリングで秋彦たちが「けじめ」をつけたように、私にもそれが必要だった。

「いつ」というのははっきりとは分からない。私は自分がちっとも可愛くないことに気づいた。自分と『りおくん』が並んで歩いているところを神様の視点から想像すると、あまりの不釣り合いに泣きたくなった。

 成長と共に、私は少しずつ自分の『人間偏差値』を受け入れた。自分と他人は、決定的に違うのだと納得することに務めた。「ブス」「キモ女」という周囲からの評価を正当なものだと認めた。同じくらいの『人間偏差値』の仲間を見つけて集うことで身を守った。弱い動物が群れるように。


 ……なのに。


 もし、私に何か特技があったら違っただろうか。何でもいい。人に誇れる何かがあったら、それを認めてくれる人がいるだろうか。私は「何か」になれるのだろうか。誰かの何かに。

 街灯だけが灯す道を一人で歩きながら、スマホを取り出す。アドレス帳機能から二人分の連絡先を削除した。これからどうするか、なんて考えられない。考えたくなかった。

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