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 十二月初めの日曜日、駅前のベンチで美保を待っている間、スマホでSNSのチェックをしていた。桜庭先輩との「嘘のデート」の投稿を確認するために、私は『瀬戸内世瑠奈』という適当な偽名で登録したのだ。

 恋人であることを偽るために、私と桜庭先輩は小洒落たカフェに入ってみたり、意味もなく夕日をバックに二人でピースをしてみたりした。それらの投稿にはたくさんの「いいね」がついていた。もしかすると、「いいね」の数の十倍くらい「死んでくれないかなこの女」と思っている人がいるのかもしれないけれど。


「あの子のどんなところがいいのってクラスの女子に聞かれたんだ」


 ある日の下校中、桜庭先輩は言った。


「なんて答えたんですか?」

「ああ見えて味がある子なんだって」


 私は吹き出してしまった。「味がある」という言葉を発したときの桜庭先輩は、出汁の深みを確かめる小料理屋の料理人のような顔をしていたからだ。

 それにしてもSNSはすごい。たったこれだけのことで私と桜庭先輩が恋人のように見えてしまうのだから。

 もしかすると、無数に存在するアカウントの中には、私と桜庭先輩のように関係を偽って演じている人もいるのかもしれない。その真偽を見分けるのはとても困難だ。

 しばらくして、不機嫌な顔の美保が姿を現した。


「急に呼び出しなんて、非常識極まりない」


 私はポケットにカイロ代わりに入れていた「ほっとはちみつレモン」を美保に渡す。


「特に予定はないんでしょ?」

「十二月のカレンダーは雪のように真っ白よ」


 イベント続きのこの季節は『偏差値三十五』にはあまりにもつらい季節だ。


「カレシと出かければいいのに。あ、クリスマスプレゼントを一緒に選んで欲しいとか? 腹立つ。爆発してくれないかな」

「違うんだ。そういう恋に浮かれる気持ちは一切ない」


 心底嫌そうな顔をする美保に私は弁明する。


「あと桜庭先輩ならいるよ」

「え?」


 美保は不安そうな顔をする。それも仕方ない。私たちのような日の当たらないじめじめした場所に生えた雑草に、桜庭利雄のような存在は眩しすぎる。

 私は指を差す。ベンチに少し距離を空けて二人の男子が俯くようにして座っていた。クリスマスが薔薇色なら、彼らは土気色だ。どこからともなく聞こえてくる軽快なクリスマスソングに相応しくない淀んだ気を発していた。


「……あれ?」

「そう、あれ」

「桜庭利雄と……あの地味な男は誰?」

「私の兄の秋彦だ」

「ああ」


 その「なるほど納得」みたいな顔やめたまえ。

 私は兄と桜庭利雄の関係について簡潔に説明する。二人は親友だったが、兄がいじめを受けたことで疎遠になってしまった。それから二人は二年近く会っていない。


「そんなことがあったなんて、全然知らなかった」

「私は君が知っていたら驚きだけど」

「え……あ、そうよね」


 美保は前髪をいじりながら目を泳がせる。


「好きになった人のお兄さんが元親友というのは、運命的なものを感じる」

「そうかもしれない」


 同意を示しながら「どうだろうか」と内心で首を傾げていた。桜庭先輩が私と「嘘の恋人関係」を築いた目的の半分は、秋彦との仲直りなのではないか。私はそう睨んでいる。そして、それは私の目的とも一致するのだ。私は二人を仲直りさせたい。それが『交換条件』なのだ。



 家にいた母は久しぶりに会う『りおくん』を歓迎した。


「ハンサムになったわね。晩ご飯食べていきなさい」


 桜庭先輩は「お構いなく」とすっかり恐縮していた。私が馬なら母を蹴り飛ばしただろう。「娘が恋人を連れてきた」とは少しも思っていないのだから。

 桜庭先輩を兄の部屋に連れて行く。ベッドに寝転がって漫画を読んでいた秋彦は私と桜庭先輩の組み合わせに「え、どういうこと?」と眉をひそめた。


「実は私たち付き合っているのだ」

「嘘だろ」

「そう。嘘なのだよ」

「なんだよそれ。馬鹿にしてるのか?」


 秋彦は口調は乱暴だったが、桜庭利雄に動揺しているようで迫力はなかった。ベッドから起き上がり、漫画本を放り投げ頭をぼりぼりとかく。


「で、何の用だよ?」


 私は桜庭先輩に目配せをする。彼は強張った顔でうなずいた。


「あのときはごめん」

「は?」


 秋彦はぽかんとする。すぐに「ああ、あのときね」と渋い顔でうなずいた。


「別に誰かが悪いわけじゃねえし……」


 ふてくされた顔でそっぽを向く。その負のオーラが桜庭先輩にも伝染し、結果『あれ』である。



 美保が私にじと目を向けていた。


「そうやって考えなしに人の内情に関わろうとするから、痛い目を見る」

「このままでは耳まで痛くなってしまいそうだ」


 ため息をつかれた。


「で、どうするつもりだったの?」

「親交を深めるためにボウリングにでも行こうかと思ったのだけど、目を放した隙にああなってしまった」

「溝を深めるの間違いではなくて?」

「ははは」


 乾いた笑みを返す他ない。

 冷たい風が吹き抜ける。天気予報では今年一番の冷え込みを予測していた。美保が身震いをして、「とりあえず、当初の予定を遂行しましょう。寒いから」と私に提案する。


「了解」


 私は秋彦と桜庭先輩に声をかけ「友達も来たし、これから四人でボウリングに出発します」と伝える。桜庭先輩はうなずいてくれたが、不肖の兄は露骨に顔をしかめた。


「俺、受験生なんだけど……」

「高校受験が人生に与える影響なんて、友達の大切さに比べたら些細なものだろう」


 兄はしかめっ面で笑った。


「お前が受験生になったとき同じ台詞を言ってやるからな。覚えてろよ」


 すぐ隣では美保と桜庭先輩が「一年の鈴鹿美保です」「三年の桜庭利雄です」とぎこちなく自己紹介をしていた。

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