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***


 次の日、クラスメイトたち、特に女子生徒のグループが酷くざわついていた。


「何があったのだね?」


 教室の隅の席という定位置にいた美保に聞く。彼女はいつものように絵を描いていた。


「あの桜庭利雄に恋人ができたのよ」

「驚いた」

「相手の名前は、成瀬千歳。つまりあなたよ」

「なんてこったい」


 頭を抱えた。私はSNSの拡散力を見余っていたらしい。情報が広がるのがあまりにも早い。


「恋人をアピールするにはどうしたらいいだろう?」


 昨日、首を傾げていた桜庭先輩に私はこうアドバイスしたのだ。


「SNSに写真つきで投稿すればいいと思います。芸能人がよくやっているらしいじゃないですか。『私たちお付き合いしています』って」


 別れ際、私と桜庭先輩は彼のスマホに向かって二人でピースサインをした。

 私はSNSをやっていない。美保のスマホで桜庭先輩のアカウントを確認することにした。


「千歳もやればいいのに」

「近年SNSが原因で自殺をする若者が増えているらしい」

「SNSがなくても別の理由で自殺するよ、そういう人は」


 親友の冷めたコメントに私は苦笑いで対応する。

 桜庭先輩のアカウントは実名だったので、すぐに見つけられた。写真と実物の私を見比べながら、美保が首を傾げる。


「写真の千歳さんの目、大きすぎでは……?」


 ピースサインの横にある私の顔は加工されすぎてほとんど原型がなかった。目は隣の桜庭先輩の二倍ほど大きく、顔は凹凸がなく絹豆腐のようにつるっとしていた。


「そのまま投稿するのは個人情報の観点から抵抗がありまして……」


 苦しい言い訳をしていると、北島さんと『偏差値六十』のグループがまるで軍隊のようにこちらへ行進してきた。


「成瀬さん、桜庭先輩と付き合っているって本当なの?」

「実はそうなんですよ」


 私は笑いをこらえながら言う。


「……なんてこと」


 絶句された。北島さんたちは魂が抜けたようにふらふらと撤退していった。そんな彼女たちを美保は少し愉快そうに笑う。美保のこういう顔はあまり見ない。でも、北島さんたちと美保の因縁を考えると痛快に思うのも仕方がない。

 今更「実は嘘なんです」とは言えそうにない。もちろん、そのつもりはない。私は『交換条件』付きで桜庭先輩と嘘の恋人関係の契約を結んでいるのだから。



 恋人関係の男女が一緒に下校する。それは平行四辺形の面積を求める公式と同じくらい、中学生の間では常識だ。なので、私と桜庭先輩は校門を出てすぐのところで待ち合わせをした。

「よう」「どうも」と私たちはぎこちなく手を上げ合って挨拶する。すぐ横を通り過ぎた男子生徒の集団が私たちを見て訝しげな目を向けてきた。彼らの目に私たちが『恋人』として映ったかは微妙だ。私と桜庭先輩は目を見合わせて苦笑する。


「恋人とは何なのだろうか」


 歩きながら、桜庭先輩はぼやいた。


「手でも繋いでみますか?」

「手を繋いだら恋人になれるのか?」

「そんなこと私には分かりませんよ。人間偏差値三十五ですから」

「人間偏差値?」


 桜庭先輩は目を丸くした。「こっちの話です」と私は手をひらひらと振る。偏差値の高すぎる人は、自分と他人の差を数値化してまで気にはしないものだ。

 桜庭先輩も『偏差値七十』といったところだろう。彼と北島さんが並んで歩いていたら、きっと『お似合いのカップル』が完成するに違いない。


「先輩は恋人いたんですよね」


 仲の良い他校の女の子がいるんですよね、とは聞けなかった。


「え? ああ……一年のとき?」


 なぜか疑問系だった。


「でも、すぐ振られた。遅くまで部活があるし、夜は疲れてすぐ寝るし、朝も練習で早い。土日も練習か試合だ。だから、寂しかったらしい」

「桜庭先輩を振った女の子は、今きっと悔しがってますよ。『逃した魚はでかかった!』って」


 声を上げて笑われた。


「俺なんて、大したことないよ」


 私の家の前でさよならをする。桜庭先輩の家は学校を出て正反対の方向なので、わざわざ遠回りをしてもらったことになる。「恋人」でなければそんなことはしないだろう。


「あ、家寄っていきますか?」

「いや、今日はやめとく」


 心底嫌そうだった。私は桜庭先輩を軽く睨む。


「交換条件のこと、忘れてませんよね?」

「えっと……まだ心の準備ができてません」

「先延ばしにしても私からは逃げられませんからね?」


 一瞬、桜庭利雄は幼いころ私に跳び蹴りをされて泣いたときの顔をしたが、すぐに真面目な顔で


「分かってるよ」とうなずいた。


***


「え、待って」


 テーブルの向こうの美保がたじろく。彼女は顔を赤くして、「ま、待ってよ」と手のひらをこちらに向け、私の話を制する。


「交換条件ってもしかして……」

「いかにも中学生男子が考えそうなことではないよ」


 美保はさらに顔を赤くした。ほとんど眼鏡をかけたトマトだ。


「そんなこと考えてないから!」


 さようでございますか。私は頬杖をついて笑う。

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