限定されていた、未来
誘惑と戦いながら、俺は部屋の鍵を開け、手を引いて神野を玄関口へ入れた。
すぐにドアを閉め、鍵をかける。
懐中電灯がないと真っ暗だが……それでも、まだ神野が右手を上げたままなのはわかった。
「手を下ろしていいよ」
声をかけてあげ、俺は慎重に考えて質問した。
「さっき、両親の顔が思い出せないと言ったけど、記憶がはっきりしているのはいつから?」
神野は茫洋とした表情ながらも眉根を寄せ、「四年前……くらいから」とポツッと述べた。
「それ以前の記憶は、かなり抜けが多い?」
これには、黙って頷いた。
四年前というと……ちょうど俺が、この異世界設定をノートに書き殴っていた頃だ。
これは、関係あるのだろうか。
いくら考えても答えがでるわけじゃないので、俺はやむなく、問題のノートを探すことにした。
ちなみに、また神野の手を引いてキッチンまで招き入れ、そこの椅子に座らせてあげた。
まさか、この子に一緒にノートを探してもらうわけにはいかない。
彼女に対しては最後に「後で目覚めても、特に不思議に思わないように」と声をかけておいたが……果たして効果あるかな。
白状するが、我慢できなくなって一瞬だけスカートめくりなんかやらかしてしまった。
これがまた、想像以上に罪悪感があったので、似たようなことがあっても、もうしないと思う……多分。
ちなみに、色は黒だったが、一瞬だけ下着見るのに、殺人以上に罪悪感が湧くとは、俺の精神バランスおかしいな。
それより、肝心のノート探しをがんばろう。
自室で寒中電灯片手に探し回ること、半時間――押し入れの段ボールの中に、ついに目指すノートを見つけたっ。
『ファンタジーゲームせってい』
表紙にそうあったので、間違いあるまい。
しかし、もう小学校高学年だったのに、せめて「設定」くらいは漢字で書いてほしかった!
「しかもこれ致命的な――」
言いかけ、俺はノートを手に押し黙る。
ここで愚痴ったところでどうにもなるまい。せめて戻ってからノートをよく調べよう。
用事が済んだので、神野を凝視し、また胸のボタンが見えたところで、そっと押してあげた。これでまともに戻らなかったら困りものだったが、目を瞬いたかと思うと、神野はすぐに復活した。
「……わたしは一体?」
「いや、なんか足元がふらついて倒れそうだったから、ここに座らせて休ませてあげたんだ。覚えてない?」
「いえ。でも、迷惑かけてごめんなさい」
別に疑わしそうな目で見られなくこともなく、神野はむしろ、謝ってくれた。
余計に俺の罪悪感が増すという……まあ、バレるよりはマシだが。
「探し物はあったの?」
「見つけた」
マンションを出た帰路、神野の問いに俺は頷いた。
「でもまあ、これは俺のわがままだからね」
シャツの中に隠したノートのことを、わざと興味なさげに言う。
「真の問題はここからかな。……来たばかりなのに、今日は長い夜になりそうだよ」
「わたしも、がんばって手伝うわ!」
神野が俺を励ますように言ってくれた。
「城崎君のためにっ」
もの凄く熱心で、正直、有り難い。
なにしろ今後、実際にこの子には、かなり助けてもらう予定だからだ。
俺は笑顔で礼を言いつつ、内心で呟く。
見つけた懐かしいノートは……間違いなく、この事件のことを書いた設定ノートだったが……なんと、肝心な部分がほとんど裂けていた。
当時の俺を怒鳴りつけてやりたいが、今更遅い。
どうせ書くのに飽きて、破いて遊び、捨ててしまったんだろう……残っていたのは、残骸みたいなものだけだ。
一応、それにも書き込みはあるし、読めもするが、確認できるのはこの先一年の未来のみ。
そこまでなら、誰が味方で、どこに行けば会えるか……そして、誰を重用して勢力を拡大すべきか、全部書いてある。
……一年先以上は、まるで見えないがっ。
「早く学校へ戻ろう。そろそろみんな、心配しているだろうし」
心配そうに見つめる神野に、わざと明るく述べ、俺は自転車を漕ぐ。
街灯が灯らない道は暗く、先行きがまるで見えず……まるで、今の俺の心境をそのまま表したようだった。
どうも、最初からノリが悪いまま、最後まで来た感じでしたorz
これは、続けても修正は難しそうなので、未来が不透明だとわかった、ここで置きます。
お付き合い頂いた方は、ありがとうございます。




