また抵抗するなら、今度は死ぬよ?
とはいえ、なにもしないと、捕まった挙げ句に、最後は奴隷か殺されるかの、二択しかないだろう。
この設定を考える時、俺は漠然とそういう危険性があると思っていた気がする。
特に、神野などはヤバい。
あれだけ目立つ美人が、無事に済むはずがない。
女性としては、目を覆いたくなる運命が待っているに決まっている。
――つまり、迷いは禁物ってことだ!
俺はひたすら、自分にそう言い聞かせた。
もちろん、ここまでの全てが偶然の産物であり、かつて考えた設定など、全く無関係という可能性も、極小ながらある。
それにしたって、交渉に来た先生達をあっさり殺す連中だ。
流れに任せたって、ろくな運命は待ってないのだ。
……ポケットの果物ナイフを握り、汗だくで考えているうちに、足音が止まった。
俺が隠れているのは、宿直室のロッカーの中だが、鉄扉の上部にある幾つかの切れ込みから、外の様子は窺える。
すぐに部屋の扉が大きく開かれ、カンテラみたいなのを持った騎士二人が先に入ってきた。首から上はさすがにヘルムを外しているが、あとはフルアーマーである。
くそっ、本命は後ろか……まあ、これも当然と言えば当然だけど。
しかし、不利な状況からどうジャガンを殺すかを考えていた俺に、一つの転機が訪れた。つまり、ふいに神野が配下とジャガンの間に割って入り、両手でどんっと先行した騎士達の背中を突き飛ばしたのだ。
「危ないっ」
などと、臨場感たっぷりに叫びながら。
驚きの声を上げて二人がガチャンと俯せに倒れる。よし、ナイスだ神野っ、あれならすぐ起き上がれそうにないっ。
しかも神野はさらに「な、なんだっ。なにが危ないのだ?」と戸惑うジャガンを振り向き、こっちは自ら体重をかけて体当たりし、廊下の方へ押し倒した。
ジャガンもまさか「危ないっ」と叫んだのが、ただの隙を作るための計略だとは、思わなかったらしい。
まあ、こっちも想定外だったが。神野の胆力ととっさの機転は、俺の予想を超えていた。
そこで神野は初めて「城崎君っ」と叫んだが、呼ばれるまでもなく、俺はロッカーから飛び出していた。
そのまま廊下に出て、立ち上がろうと動き始めたジャガンに飛びかかる。
「――っ! なにっ」
「悪いなあっ。これもあんたの運命だ!」
俺はそう叫び、問答無用でナイフを使ってこいつの喉をかききった。手加減など、夢にも思わなかった。なぜなら、遅まきながらジャガンは俺達の連携に気付いたらしく、問答無用でスキルを発動させたからだっ。
俺の背後で黒い影が動き始めたが、幸い、本格的な発動前に喉を斬り裂いたので、ジャガンの集中が解け、黒い影は霧散した。
「ぐがっ……ががっ」
喉を押さえてもがくジャガンを尻目に、俺は神野に叫ぶ。
「こっちへ!」
手を取って廊下を走った。
ジャガンの死はもう確実だろうが、念のために二人の騎士から離れようと思ったのだ。スキルを完全にモノにする前に襲われたら、目も当てられない。
下足箱がある方へ半ばくらい走り、そこで俺達はようやく振り向いた。
ジャガンはもう、仰向けになったまま、身動きすらしていない。
死亡は確実な証拠に、狙っていたスキルが俺のものになったことが実感できた。
「よしっ、ここまでは成功だ!」
俺が叫んだ途端、もつれ合うようにして、二人の騎士が飛び出して来た。
その背後じゃ、落ちたカンテラのせいで火事になりかけてるのに。
「ジャガン隊長っ」
「貴様あっ」
死亡したジャガンを見て怒り狂ったらしく、二人してガッチャガッチャと走ってきた。……フル装備の騎士は、絶望的に走るのに向いてないな。
俺は余裕を持って生まれて初めて得たスキルを発動させた。
多少の差異はあれど、ここまでの展開は昔俺が考えた設定通りだと、もはや疑わなかった。
「シャドウ!」
わざわざ声に出し、スキルを発動する。
たちまち黒い影が二人の頭部を覆ってしまい、揃って足がもつれて倒れてしまった。
「く、苦しいっ」
「こ、呼吸が――」
喚き声の途中で、俺はさらにシャドウに命じた。
窒息死よりは、遥かに慈悲深いはずだ。
「倒せっ」
号令と同時に黒い影は消え、後は額に穴が開いた二体の死骸が残った。
まず視界と呼吸を奪って、相手を怯ませ、そしてさらに頭部を串刺しにして倒す……これが、シャドウの力だ。
ジャガンが隠したくなるのもわかる。
強力すぎて、主君が警戒するに決まっている。
「城崎君、宿直室が燃えてるっ」
「まかせてくれっ」
俺は駆け足で廊下を戻り、既に燃え広がり始めた部屋全体を、シャドウのスキルで覆った。その部分は酸素不足になるので、火は迅速に消えるはず。
少しだけ待ってシャドウを解除すると、案の定、もう火は消えていた。
俺は死体から目を逸らしている神野の手を取り、「さあ、行こう。まだ嫌な仕事が残っている」と促した。
今度は――外で待つ連中を制圧しないと。
幸い、ジャガンの配下達が動き出す直前に、昇降口を飛び出すことができた。
俺達の姿を見て、一番近くにいた騎士どもが剣に手をかけたが、俺は問答無用でまたスキルを発動させた。
自分の残虐さに吐き気がしてたが、構ってる暇はない。
ここでためらえば、なんのために無理をしたのか、わからなくなる。
「シャドウっ」
俺の声と意志に応じて、向かってこようとした十名ほどの騎士達が、ジャガン達と同じ運命を辿った。等しく黒い影に頭部を覆われ、その場で倒れて苦しみ始める。
ふいに呼吸ができなくなる恐怖は、格別だろう。
「見るがいいっ」
俺は大声で叫んだ。
「これは、俺が持つスキルだ!」
嘘ではないが、微妙に真実とズレた宣言をする。
どうせジャガンは誰にもスキルのことを話してないので、バレる恐れはない。
「同じ運命を辿りたくないなら、余計な抵抗はするなっ――ていうか、するなって言ったろ!」
後ろの方で弓を構えようとした従者がいたので、俺は即刻、そいつにもシャドウを使った。
騎士達と同じく、そいつが弓を捨ててのたうち回り始めるのを見て、さすがに次に動く者はいなかった。
その間に、最初にシャドウを使った騎士達が痙攣を始めていたので、俺はそこでシャドウを解除してやった。
抵抗すりゃ、また使えばいい。
土気色の顔で喘ぐ騎士達に、俺は素っ気なく命じた。
「また抵抗するなら、今度は死ぬよ?」
一応、身構えて待ったが、へたり込んだ騎士達は二度と動こうとはしなかった。




