これ、好感度を示すメーターじゃないのか
田沼と揉めたせいか、みんなが俺をパンダでも見るような目つきで眺めているが、俺としては関わってる場合じゃない。
これだけ昔の設定と一致するなら、今後も当たると考えて行動しないと。
田沼達は勢いよく出ていってしまい、屋上から見下ろすと、本当に全員が自転車に乗って走り去った。
よくやると思うが、俺はもう止める気が失せている。
俺の記憶と食い違えばよし、さもなきゃ浅はかな判断の報いを受けるだけだ。
……ちなみに、そろそろ生徒達の両親が、子供を心配して迎えに来ているようだ。初等部が一番多いが、俺達の高等部だって、迎えが来た奴が大勢いた。
だが、まだ十分じゃない。
時間的にも、昔俺が決めた設定じゃ、夜が更ける前に連中――つまり、敵が来るはずだ。
俺は、最後にもう一度、神野に丁寧に礼を述べてから、さっさと屋上を後にした。
しばらくすると足音がして、振り向くとなぜか神野が、俺と同じく階段を下りてきていた。
「なにか?」
「いえ、どうも城崎君、この後で起こることがわかっているのかな? と思ったから」
「……どうして、そう思う?」
「だって、あんまり怯えているように見えないし、あんな人に必死に忠告するなんて、この後に起こることがわかってないと、まずしないじゃない?」
悪戯っぽく微笑む。
そんな笑い方をしても、全然嫌みに見えないのに感心する。
「むうう……」
さすが、設定上のヒロイン。
なかなか鋭い……この子には、打ち明けてもいいかもしれない。
どうせ、今後もなにかとサポートしてくれる運命にあるはずだし。だいたい、俺が設定したそのまんまの名字と名前というのも、運命的だ。
本当に俺の創造キャラかと思ったりして。
「ええと、一階の放送室へ行くところだけど、そこで説明するよ」
「わかったわ」
素直に頷き、神野はついてきてくれた。
余計な質問を一切しないのが、素晴らしい。
放送室へ着くと、俺は予備電源のスイッチを探し、壁の赤い枠の中にそれを見つけた。
スイッチを入れた途端、どこか遠くでブゥウンと音がして、ふいに室内が明るくなる。
「……どういうこと?」
「一階の放送室と、職員室、それに当直室のみ、予備電源があるんだよ。どこにあるかは知らないけど、発電機と繋がっていて、少しの間は電気が来る」
「わたし、知らなかったわ」
尊敬の目つきで神野が俺を見る。
驚くほどのことではなく、これも俺が書いた設定なのだ。
当時小学生だった俺は、放送室で主人公が放送をするシーンを設定に加え、その後で気付いた。
「電気がきてないのに、放送なんか無理」と。
そこで苦し紛れに、放送室と幾つかの部屋には、予備電源に通じるスイッチがあるとしたわけだ。
実に子供っぽい、無茶な設定である。
しかし、今ためしに探したら、本当にあった! やはり今の展開は、俺のかつての設定ノート通りなのか。
俺は顔をしかめつつ、とにかく予定通り、初等部から高等部までの、全校一斉放送を試みた。マイクで「先生の言付けを受けて放送します。そろそろ夜ですし、残っている生徒は全員、帰宅してください」と呼びかける。
二度繰り返し、マイクを切った。ついでに予備電源のスイッチも切っておく。
これで、多少は生徒の死亡者数が減るはずだ。
「これから、どうなるのかしら?」
アーモンドみたいな形の目を見開き、神野が俺をまじまじと見つめる。
もうすっかり、俺が未来を知っていると信じ込んでいる目つきに見える。……おまけにまたゲージが心臓のそばに見えて、メモリ上限のまま、点滅していた。
俺は、神野の信頼の目つきと俺にしか見えないゲージを見比べ、ふと「これ、好感度を示すメーターじゃないのか」と思った。
なにせ、元がゲーム設定のつもりで書いたメモ書きだし。
後で、本格的に調べる必要があるかも。
「城崎君?」
「あ、ごめん……ええと、今の嘘放送を信じて帰宅した奴は、とにかくすぐには死なないよ。ただ、俺は今すぐ帰るわけにはいかない。あと一時間もしないうちに、敵が大勢ここへ来る。俺はそのうちの一人を、殺す必要があるんだ」
試しに、全く正直に、今からやろうとしていることを伝えた。
神野は大きく息を吸い込んだが、少なくとも非難はしなかった。
「生き残るために、必要ということかしら?」
「まさしく」
俺は大きく頷く。
そして、確信した。こんな短い間に、そこまで他人に理解を示す女の子なんていない。やはりこの子は、俺が設定したキャラそのままなのだ。
「実際に手を汚すのは俺がやるから、神野はちょっとだけ手伝ってくれ。もちろん、絶対に神野が巻き添え食わないようにするから」
思い切って手を握ってみた。
別にトチ狂ったわけじゃなく、これも実験である。
確信を得たかったのだ……この子は間違いなく、俺が当時設定したヒロインの一人だと。
「い、いいわ」
最初こそ戸惑ったように俺を見たが、赤くなった神野は、すぐに自分の左手を俺が握った手に重ねてくれた。
「なんでも言って? 協力する」
「ありがとう!」
俺は久しぶりに明るく笑った。




