おおっ、初めて予想された展開と食い違った!
校長の指示通り、教室で大人しく待っていたのは、多分、少数派のはずだ。
初等部(小学校)から高等部まで、全員等しく、廊下や屋上に出て、がやがやと不安そうに話していたと思う。いや、俺がまた屋上に出ると、そこから他の校舎も見えたのだ。
特に、初等部の方は、かなり混乱が激しい。
「初等部は、もう泣いてる子が大勢いるなあ」
クラス内で唯一の友人である、岡辺が話しかけてきた。
「それもアレだが、食料が困るんじゃないか……このままだと。俺、既に腹が減ってるんだが」
俺が肩をすくめると、岡辺は目を瞬いた。
「おまえの言う通りだ。今頃、コンビニじゃ人だかりだったりしてな」
「もう、そうなってる」
俺が指差した方を見つめ、岡辺は「うわぁ」と声を上げた。
ここから一番近いコンビニの前には、既に列ができていた。
「震災の時も一時的にスーパーやコンビニから食料が消えたけど、今回もそうなるか……」
「多分、もっとひどいと思うぞ」
悪いとは思ったが、俺は正直に答えた。
「だって今回は、補給する手段がないだろ? 周囲は全部荒野ときた」
「先生達が、あの城の方へ交渉に行ってるから、なんとかなるんじゃないか?」
もちろん俺だって、そう思いたいところだが、もしも俺の設定通りだとしたら、そうはならない。……この奇妙な一致、そのうち大きく外れるといいんだが。
俺は密かにそう思った。
なにしろ序盤は、不吉なシーンが多かったように思う。
「一度、家に帰りたい」
俺が呟くと、岡辺も頷いた。
「全くだ。アニメの録画は当然、失敗だろうなぁ」
……いや、俺はそういうことを心配しているんじゃない。
当時ノートに書き殴った設定を、確認したいのだ。もしかしたら、まだあの古いノートは家に残っているかもしれない。
あるなら持ち出さないと、文字通り、俺を含めてみんなの命がかかっている。
しかも今のところ、俺の設定通りに事態が進行していた。
校長と一緒に同行した先生達は、二時間が過ぎ、三時間が過ぎても戻ってこなかった。そのうち、屋上で呑気に騒いでいた連中も口数が少なくなり、夕方になるにつれて、葬式会場のような静けさに包まれた。
誰かたまに話しても、声を抑えてひそひそと会話する有様である。
(俺の設定通りなら、そろそろだな?)
そう思って時計を見た瞬間、待ってましたとばかりに田沼が大声を上げた。
「おい、いくらなんでも遅すぎだろっ。途中まで迎えに行こうぜ」
一人で行けばいいのに、こういう時、必ず人を巻き添えにするのが、この手の奴だ。いじめっ子の田沼も、ご多分に漏れない。
幸か不幸か、賛成する奴が大勢いた。
田沼党とも言うべき、取り巻きばかりだが……他クラスの連中を含めて、総勢十名ほどいる。むさ苦しい野郎共ばっかで、むしろ「あ、ご苦労さん」と見送るのにためらいはないが。
俺の設定通りなら、こいつらは全員死ぬ。
考えた末、俺はため息をついて意見を表明した。
「なあ、自転車で行ったとしても、あの城までは」
俺は遠くに見える城を指差し、
「だいぶかかるんじゃないか?」
「だからどうしたよっ。途中で先生達の車に拾ってもらえりゃ、済むことだろ?」
田沼は早くも喧嘩腰だった。ああ、予想通りだっ。
「臆病者はすっこんでろっ」
高等部に進学してあのクラスになってまだ二ヶ月なのに、この嫌われようである。
「じゃ、じゃあせめて人数減らしたらどうなんだ? 十名近くで遠征して、大勢死んだらどうする?」
「馬鹿か、てめぇ」
田沼は鼻で笑った。
「こんな平和な光景のどこに、そんな心配する必要が」
「見えてるの荒野と、遠くの城だけだ。ここが平和だなんて、なんでわかる?」
途端に田沼がぎょろりとした目で睨んだ。
「……おまえ、そういや担任にも忠告してたな。え、どんだけお節介なんだよ? いつからそんなお偉い立場になった、えっ」
拳を固めて近付いてきた田沼に、俺は自分の失策を悟った。
ああ、どうせ聞いてくれないと思ってたよ……連中の命がかかってるとはいえ、黙っとけばよかったか。
殴られるのを覚悟したが、途中でなぜか神野が間に入った。
「……忠告は人の自由だと思うわ。あなたが受け入れるかどうかは、別として」
「なんだよ、おめー」
田沼は戸惑ったように神野を上から下まで眺め、顔をしかめた。
「あんな野郎の味方するのかよっ」
「味方というか、確かに生徒だけで出かけるのは危険だと思う」
神野が目を逸らさずに言い切ると、田沼は二秒ほど押し黙り、結局、「臆病者は、仲間ができるもんだなっ」などと嫌みを言ってのしのしと立ち去った。
おおっ、初めて予想された展開と食い違った!
確か俺、ここでは殴られてたからな……当時ノートに書き殴った設定と、ズレてる。
「気を遣わせたな」
俺はなるべく驚きを表明せず、神野に低頭した。
「そんなこと、気にしないで」
微笑する神野の心臓あたりに、またなにかが見えた。明らかにゲージに似たものが。
どうも俺が、「この子はどういうつもりなんだろうなぁ」と気にした途端、見えるらしい。
これは……設定にあったかどうか忘れたが、ぜひとも研究の必要があるな。
なにせ、一瞬だけ見えたゲージはいろんな色があったが、赤色のゲージが天井まで来ていたのだ。あれはなにを示すものだろう。




