俺は、この事件を知っているぞっ
自分達の街がそっくりそのまま異世界に転移したその時、俺は学校で授業を受けていた。
これは当然のことで、俺はまだ高一になったばかりだし、今日は平日である。
ただ、二時間目の授業中、たまたま窓の外を見ていた俺は、多分、誰よりも早く事態の異常さに気付いた。
ガタッと俺が音を立てて立ち上がると、先生を含めた全員が俺を見た。
いじめっ子で有名な田沼などは、「なんだよ、小便か、城崎!」などと、早速にして、嫌みを言いやがった。
しかし、あいにくクラスに広がりかけた笑いも、すぐに消え去った。
窓の外をよくよく見れば、誰でもわかるから、当然だ……俺達の街のずっと向こうに、蜃気楼のように荒野が広がりはじめている。
一応、元から見えていた隣町もうっすらと影のように重なって見えていたのだが……騒ぎ始めた生徒達が見守るうちに、そっちはすっかり消えてしまった。
今俺がいる場所が、校舎の三階であるということと、そしてちょうど街外れに近いという条件が重なり、否応なく街の周囲が別世界に変貌していくのを見てしまったのだ。
「ど、どういうことだっ」
田沼がさっきの余裕を失い喚き、そして国語教師の神崎先生は、「じ、自習としますっ」と叫んで、1ーAの教室を飛び出していった。
誰が見ても、真っ青な顔色だった。
クラス中がざわめき、窓に駆け寄ってくる中、最初から窓際に座っていた俺は、断固その場所を動かず、外を眺め続けた。
目を離せないというのもあるが、どうもこう、脳裏にひっかかるものがある。
俺はこれと似たような現象を、知っているような。
見たことがあるのではなく、「知っている」のだ!
(荒野に見えるけど、その向こうに街があるはず?)
ふとそう思い、ぎょっとした。
……なんで俺が、そんなこと知ってるんだ。
慌てて、窓に張り付くようにして眺めると、本当に何かが見えた。比べるものがわからないので、断言できないが、荒野の向こうにちょっとした街があるような。
しかも、真っ白な城みたいなのが見える。
「城があるっ」
俺が叫んだ途端、またしても一斉に見られた。
目立つつもりはなかったのだが、口にした以上、やむを得ない。
「ほら、あそこ」
自分が見た方をぱっと指差した。
「本当だっ」
「かなり遠いけど、あれ絶対に城よね!?」
「塔がいくつか見えるけど……あんなの、街になかった」
「それ言うなら、そもそも荒野だって街にないぞっ」
「どういうこと? 飛ばされたの? 街ごとっ!?」
最後に叫んだ女子の声に、色濃くパニックの兆しが滲んでいた。
無理もないけれど。
それにしても――ああくそっ、なんでこんなに気になるんだっ。なにかで見た、あるいは知ったはずだ、俺はこのことをっ。
「なにか気になることがあるの?」
隣から声がして、俺は慌てて見た。
クラスのマドンナ的存在の……そう、確か神野が、じっと俺を見ていた。
高等部に上がってまだ二ヶ月だが、さすがにこの子は名字を覚えていた……下の名前は出てこないが。
他の子みたいに全然騒いでないのが、さすがである。
「いや……そもそも何が気になってるのか、俺も自分でわからない状態で」
正直に答えて肩をすくめると、神野が微笑した。
いつもながら、お嬢様風のストレートロングの髪が眩しい。
「うん、そういうことってあるよね」
いたわるように頷く。
……高等部へ上がって二ヶ月、まだ数回しか話したことないが、だいたいいつも、ボッチな俺にも愛想のいい子である。
そう思って密かに感謝した瞬間、彼女と重なるようにして、なにかが見えた。
――なんだ?
なにかの画面のようだが……それぞれゲージみたいなのが並んで――
「なにか?」
柔らかく神野が尋ねて、俺は慌てて首を振った。
「いや」
女の子は視線に敏感なのに、ガン見しちまった。
どう言い訳しようかドギマギしたが、幸い、校内放送が聞こえた。
『生徒全員は、体育館へ――』
途中で不自然に放送が切れた。
というより、最初から音量が小さかったような。
「電気が来なくなっちゃったのかしら」
ふと呟いた神野を、俺は愕然として見た。
このセリフも、俺は知っている。聞いたことがあるのではなく、「知っている」のだ。
お陰で、ようやく思い出した!
今始まっているこの無茶な街ごと転移はっ、昔俺がノートに書き殴った――
「どうかした……顔色が悪いけど?」
心配そうに神野に訊かれて、俺は曖昧に笑った。ちょっと正直に言えないような内容なのだ。
こんなことがなければ、たった今、神野の名前のことだって、思い出さなかっただろう。
この子の下の名前は碧……神野碧がフルネームだ。
「いや、そういや周囲が荒野なら、当然電気も使えないなと思って」
むしろ、最初から放送なんか出来るわけない。
これもまた、重要な証拠かもしれない。
「……これからどうなるか、気になるわよね」
ブレザーの制服が恐ろしく似合う彼女は、また愛想よく微笑んだ。
他の女子はだいたい黄色い声で叫ぶか、固まってひそひそやっているのに、この子もちょっと変わっている。
もっとも、本当にこの事件が俺が昔考えた設定なら、この子もまた俺の設定かもしれないので、不思議はないんだが。なにより、設定と名前も一致する。
「とにかく、体育館へ行きましょう、城崎君」
「うん」
どやどやと教室を出て行く群れの後から、俺達もついていった。
しかし……この突発的な事件は本当に、俺が昔書いたゲームの設定なのだろうか。
小学校の頃に、ノートに書き殴ったあの設定か? ヒロイン役として設定した子は、確かに「神野碧」として実在するし、街ごと異世界へ転移という設定も合っている。
だが……ぐ、偶然じゃないのか、これ。
そして、もしこれが偶然ではなく、本当に俺が昔設定した事件なら――。
もうすぐ訪れるはずの唯一の逆転のチャンスを、俺は決して逃すわけにはいかない。
例によって基本、長さは未定です。
お話の内容は、昔設定した中二病的ゲーム設定ノートの内容が、今頃(高一)になって本当に自分の身に降りかかった、というお話です。




