僕の隣には彼女がいる
授業の終わりの鐘が鳴ってから一時間程経つが、上を見上げるとまだ薄い青空が広がっていた。校門の前にはジャージや部活着を着た生徒が各々屈伸をしたり柔軟体操をしている。夏の大会が近いせいか、どこの部活も声を張って活気づいていた。
そこに同じクラスの菊池がいた。彼は部活仲間と何か話しているようで時折、前屈みになって手で自分の太ももをバシバシと叩き大笑いをしていた。彼が顔を上げた一瞬目が合ったがそのまま目を逸らした。俺にとってクラスメイトとはこんなものだった。何か軽く挨拶や手振りをしてくれれば、相応の返しをしようと思ったがこちらも校庭に目を移した。校庭では野球部がノックの練習をしていた。まだ綺麗なユニフォームの生徒が、ポロポロとグラブからボールをこぼしていた。
「ハァハァ……ごめんなさい……。佐藤くん」
荒い息と共に彼女がやってきた。彼女は長い黒髪が地面に着きそうにしながら、膝に両手を当てて息をしている。僕はその姿を見ると「うん」と一言だけ言って歩き始めた。彼女もすぐに黙って着いてきた。
「ごめんなさい……。待たせてしまったみたいで……」
僕は「いいよ。別に」と言うと「ごめんなさい」とまた彼女は謝ってきた。
僕たちは校門を左に曲がり、信号を一つ渡り並木通りを歩いていた。そこは二百メートルはある真っ直ぐに舗装された道に、左右には大きな桜の木が壁のように植えられていた。すぐ横は住宅街になっているが木のおかげで何も見えず景観を損ねることなくとても静かだった。今はすでに葉桜になっているが、入学式には目の前一面がピンク色に覆われたのを覚えている。去年、ここでドラマの撮影がされ一時期人がごった返したという話しだったが、今ではランニングをしている中年の人や犬の散歩をしている若い女性などが数人がいる程度だった。
僕はここの通りが好きだった。遅刻しないよう一時間前に家を出た入学試験の日も、学年で一番最初に登校しようと思い始発で家を出た入学式の日も全て思い出すのはここの景色だった。ここを歩いているとまるで自分だけが時が止まったかのような錯覚に陥る。自分だけこの世界のレールから降りて、地平線の彼方に消えた列車を眺め、誰もいないを独り占めする感覚。何故かそれがたまらなく好きだった。出来ればここで物思いに更けたいところだが、通りにはベンチが一つもないので歩いている間しか楽しむことが出来ない。
「本当、ごめんなさい……」
「だから別にいいよ」
また同じ会話が繰り返された。彼女はまだ息が整っていないのか、制服の上からでもよくわかる大きな胸を上下に揺らしながら少し荒い息をしている。そのせいか彼女の眼鏡は少し曇っていた。
このままではまた同じ会話をする羽目になるかもしれない。僕は立ち止まりしばらくしてから
「なんで遅れたの?」
とやっと息の整った彼女に聞いた。
「え、えっと……その、掃除当番で……」
「掃除当番って先週もじゃなかった?」
「あ、あのお友達に頼まれちゃって……その断れなくて……ごめんなさい……」
僕は「そうなんだと」と言うとまた彼女は「ごめんなさい」と言った。それから僕たちは一言も喋らなかった。並木通りを抜け二車線の道路を横断するとアウトレットモールが広がっていた。お洒落な服屋から喫茶店、カラオケにスポーツジムとなんでも揃っていた。何か言いたそうな彼女を尻目に歩いていると家電量販店に隣接されている駅に着いた。今日は二人で本屋に行く予定だったが「今日は別の用があるから」と言って改札で別れた。
半年ぶりの投稿です。完成させるまで頑張りますので、最後までお付き合いして頂けると嬉しいです。