春の訪れ、報告そして騒動の予感。
森での騒動の後は、特筆する事もなく春の訪れとなった。
草木が芽吹き、麦蒔きが始まり、日中も心地よい暖かさとなってきた。
「ナナシさん、最近だいぶ過ごしやすくなってきましたねー。」
「ん~、そうだなぁ。そろそろ領主のおっさんとの約束の期限だなぁ・・・。」
「なんの約束したんすか?」
「いや?破っても問題は無いような約束だ。」
「それは約束とは言わないっす!!何を約束したんすか!!」
「あ?お前ら新兵を春まで貸せって言っただけだ。」
「え!?自分達は一体どうなっちゃうんすか・・・?」
「なんだ?どうにかなったのか?」
「いや、自分が聞いているんですが・・・?」
「いや?余りにも情けないから鍛えてやろうと思っただけだが、問題でもあるのか?」
「いや、それは十分解るんですが、ナナシさんに何の利益があるんすか?
いつも言ってるじゃないですか、タダで動くやつは馬鹿だとか
銅貨一枚すら落ちてないんだから無駄にするなとか・・・。
そんなナナシさんがタダ働き!?」
「お前は俺の事をなんだと思ってるんだ?」
「え?鬼畜?」
「外道?」
「悪魔?」
「魔王?」
「口に出せません。」
五人が五人とも好き放題に発言する。
「よし、期間を延長して再訓練が必要な様だな。」
「いやだなー、冗談じゃないですか!!!」
そう言うマルコの陰に隠れ残りの四人はこの世の終わりの様な顔をして
首を横に振る。
人の首ってあんなに早く動くものかと感心したものだ。
「俺は、おっさんに挨拶しに行くからお前らもついてこい。」
「あぁ、この地獄からやっと開放されるのか・・・。」
「うん・・・。つらかった・・・。」
「俺なんとか生き残った・・・・。」
「あぁ、神よ感謝します・・・。」
「・・・・・。」
「お前ら、さっさと準備しやがれ日が暮れちまうだろ!!」
訓練が終わった事が余程嬉しかったのか、涙を流し祈る奴まで出る始末。
そこまで辛い訓練にした記憶は無い。
精々、森の奥の方で食料などの荷物を取り上げ3日ほど放置したりした程度だ。
近くの川に魚も居たし、頭を使えば獲物だって取れていたはず・・・。
にもかかわらず、最初の頃は全員水だけで過ごしていたのはビックリした。
まぁ、今では素手でも十分に戦闘になるし、武器を持たせればそれなりにはなったはずだ。
「よし、荷物を積み込んだら全員ついて来い、昼の鐘に間に合わない奴は追加メニューのご褒美だ。」
「ちょっ!昼の鐘って鐘一つ分じゃないですか!」
馬車で半日の道のり、急いで走れば十分間に合う距離だ。
「よ、鎧は脱いでもいいんですよね?」
荷馬車に鎧を置こうとするマルコに釘を刺す。
「ほう。お前は鎧無しで魔物の襲撃をやり過ごせるのか。それなら構わないぞ?」
置きかけた鎧を再度着込む。
「ヒトイっす!死ぬっす!無理っす!」
「大丈夫だ、その位で死ぬような鍛え方はしてねぇよ!
身体強化も使って良いから全力で走るんだぞ?」
全員の顔には既に悲壮感が漂っているものの無視を決め込む。
荷馬車は村長に任せて俺は先に走り出す。
「ほら、喋ってても良いがどんどん時間がなくなるぞ?」
「ちょっ!まってくださいよー!!!」
遅れて5人が走り出す。
まだまだではあるもののそれなりの速度は出ているようだ。
それを確認した俺は、更に速度を上げ街へと急ぐ。
程なくして街が見えてきた所で、速度を落とし門の前で待ち構える。
昼の鐘ギリギリでマルコ以外の4人が到着し、鐘が鳴ってもマルコは到着しなかった。
「おい、お前らマルコはどうした?」
「えーと、なんか途中で道から逸れて別の方向へ走っていっちゃいました。」
「なんか、おかしいな?まぁいい、お前らは酒場で休憩してろ。
俺は、ちょっと様子を見てくる。」
4人に指示をだし、マルコの気配を探りながらもと来た道を戻る。
街道からかなり離れた位置にマルコの気配を見つける。
しかし、そこにはマルコ以外にもかなりの人数の気配があった。
「ん?なんかマズイかもしれねぇな・・・。」
速度を上げ、大急ぎで向うとマルコの後ろには横倒しになった馬車を
囲んだ集団を見つけた。
「おい、マルコ!何があった!?」
「あ、ナナシさんっすか??見てのとおりっす!」
集団の中ほどからマルコの声がする。
声の感じからして特に大怪我をおった様子は感じられない。
即座に敵襲と理解し、掃除を開始する。
「おい、お前ら今なら見逃してやるかもしれないぞ?
抵抗するなら死んでも文句を言うんじゃねぇぞ?」
集団に向って声をかけると、振り向いた一人が声を上げる。
「あぁ?なんでこんな所に子供がいるんだ?やたらとつえぇ騎士が飛んできたと思ったら
今度はガキじゃねぇか!
おめぇらいいからやっちまいな!」
見た目からして、盗賊なのは間違いない。
だが、盗賊にしてはいささか装備の質がいい気がする。
とは言ってもたかだか盗賊風情に何も脅威は感じず、5分程度で掃討が終わる。
「ナナシさん!助かりました!」
「ったく、この程度の相手にドンだけ時間かかってるんだよ!
お前だけもう一回訓練のやり直しか?」
「そんなー!この人達を守りながらじゃしょうがないですよー。」
「ん?この人達?」
横倒しになった馬車の後ろから明らかに貴族風の夫婦と7~8歳だろうか少女が一人出てくる。
良く見れば馬車の横には護衛の兵士だろうか既に事切れた三人の骸があった。
「走ってると、悲鳴が聞こえた気がして駆けつけた時には最後の一人が切られた後だったっす。」
「ふむ。まぁ、それならしょうがないか・・・。」
「しょうがないとは何たる言い草!お主達今すぐ代わりの馬車を持て!」
「おい、マルコさっさと行くぞ。面倒事にしかならん。」
「え?この人達はどうするっすか?」
「なんで俺に聞くんだ?お前の知り合いか?」
「いや、全くしらないっす。」
「だったら、別に死んでもかまわねぇよ。別に護衛になった訳でもねぇし。
雇った護衛がボンクラだっただけだ。
どうせ報酬でもケチったんだろ?自業自得じゃねぇか」
「な!貴様らワシが誰か解って言っておるのか!!」
良い具合に肥えたおっさんは顔を真っ赤にして捲くし立てる。
「あぁ?なんならその辺の骸の横に今すぐ並べてやろうか?
俺にはおっさんが誰だろうと関係無いね。
俺は騎士でも何でもないただの旅人だからなぉ。
そもそも冒険者でもないから依頼も受け付けてねぇぞ?」
「うわぁ・・・。まったくブレないっすねぇ・・・。」
「見ず知らずの奴が死んでも俺は全く痛くも無いからな。」
「ぐぬぬぬ!か、金ならだす!ワシらを街まで護衛するのじゃ!!」
「だから、護衛はやってねぇって言ったのが聞こえなかったのか?」
「そんな!ワシ等はどうやって街へ行けば良いと言うのじゃ!!」
「あ?そんなもん歩いても半日位で着くんだから歩けばいいだろ。
俺に責任を求めるんじゃねぇよ。
そもそも、コイツがお前らを助けたのだってたまたまだ。
俺たちは忙しいんでな。」
俺とおっさんの顔を交互に見るマルコ。
「ど、どうしますかねぇ?」
「おら、さっさと急ぐぞ!こんなトコで遊んでたら日が暮れちまうわ。」
「そこの二人、動くな!!」
「あ、たいちょー!」
マルコを蹴り飛ばして街へと向おうとすると、街の方から馬に乗った兵士が走ってきた。
「ぉ?ちょうどいいのが来たじゃねぇか。アイツに任せてさっさと行くぞ。」
「え?いいんすか?動くなって言ってるっすよ?」
「俺は腹が減ったんだ!さっさと行くぞ!」
兵士が来たと言う事は、程なくして迎えが来るはずだ。
放置して問題無いだろうと判断し、去り際にお菓子の入った皮袋を子供に渡す。
最初は戸惑っていたものの中のお菓子を見て笑顔になる。
うん、何処の世界も子供は純粋だ。
馬に乗った兵士とすれ違いつつも街へと走る。
兵士は一瞬止まるも、貴族達を置いていくわけにも行かず俺たちを恨めしそうに眺めていた。
他の連中から遅れる事鐘二つ。
春とはいえ日も落ちかけ、大分薄暗くなっていた。
「あー、疲れたっす・・・。」
「誰のせいだ!誰の!」
「申し訳ないっす・・・。」
「まぁ、いいさ。お前らは買出しを済ませて先に家に帰ってろ。」
「ナナシさんは何処いくんすか?」
「お前は何を聞いてたんだ?領主のおっさんの所に行くって言ったじゃねぇか。」
そう言いながらマルコに拳骨を落とす。
「痛いっす!頭が割れるっす!死んじゃうっす!」
「そうか、頭が割れるほど殴られたいか、ちょっとそこに立て。」
「あ、急いで買出しいってくるっす。ナナシさんも頑張ってください!!」
「あ、ちょっと待ちやがれ!!」
街に来た時の三倍は速度が出ていただろうか、あいつ手抜きしてやがったな・・・?
逃げ出すマルコを尻目に俺は領主の館へと向うのだった。




