訓練は順調。春はもうすぐそこ
「ナナシさん、そろそろ暖かくなってきましたね~。」
「無駄口を叩いてる暇があるのか?」
あれからあっという間に冬が過ぎ、大した問題も起きずに過ごせているのが
嘘のようだ。
「いや、余裕なんて全く無いですよ。
喋ってても鍛錬は続けてるんで問題ないっす!!」
「喋る余裕があるなら明日からはもっときつくしても大丈夫だな?」
「無理無理、死んでしまうっす。」
「大丈夫だ。即死で無ければ多分治せる。」
「そう言う問題じゃ無いと思うんですが・・・。」
「そうか?」
「そもそも、ナナシさんはおかしいですよ!」
「何がおかしいんだ?」
「剣も使える、格闘も出来る。その上魔法が使えて回復薬の調合も出来る。
それだけで収まらずに、今は何をしてるんですっけ?」
「見て解るだろ?お前らの鍛錬を監視しながら装備を作り直してるんだよ!!
あのままの装備で何と戦うつもりだったんだ?」
「それがおかしいって言うんですよ!
普通は何十年も修行するような剣の腕前、それこそ宮廷魔道士団と並ぶ魔法の腕前。
ダンジョンで稀にしか見つからないような回復薬を作る調合技術。
その上、ドワーフ直伝の鍛冶ですか?
ナナシさんが12歳なんてどう考えてもあり得ないっす!」
「なら、それでいいんじゃねぇか?俺は200歳って事にしとけ。」
「なんで、そんな軽いんすか!?」
「あ?年なんて関係ないだろ?」
「いや、まぁ、そうなんですけど・・・。」
「不満か?」
「いや、飯が食えて自分の技術が上がって尚且つ弟達に勉強まで教えてもらって・・・。」
「じゃぁ、いいじゃねぇか。」
「それはそうと何時寝てるんすか?」
「ん?三日くらい前に1時間も寝たぞ?」
「ナナシさんって馬鹿なんすか?」
「馬鹿ってどういう意味だよ?」
「そのまんまの意味っす!」
ゴツンと拳骨の落ちる音がする。
「ん~~~~~!!!」
「おら、喋るのに夢中で強化が解けてんぞ?」
「いや、そろそろ限界が・・・・。」
「限界なんて超えろ。そして死ぬ寸前まで自分を追い込め。」
「人は簡単に限界は超えれないっす。普通は無理したらそのまま死ぬっす!!」
「大丈夫だ、まだ誰も死んでない。」
「なんか不毛に見えてきたっす・・・。」
魔力が尽きかけて、限界が近づいたら回復薬で無理やり回復させる。
そして、薬の効きが悪くなるまで続ける。
薬の効きが悪くなれば、その後は実戦形式での修行に切り替え
残り少ない魔力を無理やり使わせて限界まで追い込む。
そこで限界が着たら今度は薬で無理やり体力とスタミナを戻し格闘訓練をさせる。
「おら!魔力が尽きたからって敵や魔物が逃がしてくれると思うなよ?
諦めたらそこで自分の命が尽きると思って無理やり動くしかないんだ!
一箇所崩れれば、それがパーティー全体の崩壊に繋がるのを理解しろ!」
マルコ含め他の新兵達も疲労の限界だろう。
毎日毎日、よくも逃げずに続くものだと感心もする。
逆を言えば、逃げても今までの日常に戻るだけ。
いつもの日常と言えば、貴族に虐げられ魔物の脅威に晒され明日の日の出が拝める保証は無い。
しかし、ここに居れば訓練はキツイ。
ただそれだけだ。
飯は食える、明日の朝日もとりあえずは拝める。
彼らにはそれで十分だった。
なにより、訓練は週に5日、三日修行し一日は森での実地訓練、残り二日でまた修行。
そして一日休みで、また三日修行と言った流れだ。
え?それじゃぁ訓練が6日だって?
最初は二日毎に休みを入れようとしたら休みって何?って言いやがったからなコイツら。
この世界では、休みなんてただ収入の無い日と言うイメージしか無いようだ。
だから、実地訓練を兼ねて森で食材調達。
オークやゴブリンと戦い、食える野草や薬の原料である。
薬草や魔力草などを集めさせるようにした。
それが思いの他好評で、ほぼ毎日の様に一食は肉が食えると残りの一日の休みを
自分達で狩りに行こうとしたのを止めた位だ。
さすがに、休みも無くこんな修行を続けたら過労死してしまう。
まぁ、正直吹けば消えるような命の扱いの世界じゃそれでも幸せなのかも知れない。
だが、俺はそれを認めない。
知識があれば助かる命。
学があればそう簡単に騙される事はない。
貴族に縋らなくても生きていけるだけの力を与えてやりたい。
俺一人でこの世界のすべてを救おうなんて大層な考えではないが、
少しづつでも変えて行けば、いずれ大きな波となって世界が変わるだろう。
「しかし、街を離れてこんなとこで生活してて大丈夫なんすか?」
「ん?あぁ、許可は取ってるから気にするな。」
貧民街での生活も大事だとは思うが、何かの旅に森に移動するのも大変だ。
そこで、俺はマルコ達を連れて開拓村へと移動してきた訳だ。
村からすれば、常時魔物の脅威に晒されていたものが常駐してくれる兵士が居るだけでも
心情が大きく違う。
何軒かの空き家を改修し、資材置き場や寝床に回収した。
まぁ、森からの資材調達をマルコ達に任せ俺が一人で組み上げた。
「貧民街の暮らしが嘘みたいです。毎日飯が食えてキッチリ訓練も受けられる。
本当に自分達でよかったのですか?」
「あぁ、下手に頭の固い連中を連れてくるより気楽でいいさ。
領主のおっさんも上の連中を連れて行かれるよりお前らなら気楽に了承してくれると思ってな。」
「あぁ、そう言うことっすか・・・。」
自分達が選ばれたり理由に納得いくと同時に悲壮感が漂う。
まぁ、言われた本人達からすれば誰でも良かったと言われれば当然の反応であろう。
「まぁ、あれだ春まで真面目に訓練すれば元上司すら張り倒せるから安心しろ。」
「それって安心して良い事なんですか?」
「なんだ?不満か?なんなら5人で街を落とせる様にしてやろう。
その分訓練は今まで以上の地獄になるけどな。」
ニヤニヤと笑いながら答えると、全員の表情が引きつる。
「言ってる意味がおかしいっす!これ以上キツクなるってあり得ないっす!」
「大丈夫だ、コレとかアレとか薬を使えば一月くらい寝なくても死なないからな。」
ニコニコと地獄のメニューを考えるていると、全員が首を振る。
「もし、本当にそれが出来たとしても人として大事なものを失いそうだから嫌っす!」
「失いそうではない、人は時として大事なものすら犠牲にしなければいけないのだ!」
そう、ゲームの時もそうだった。
睡眠時間だけでは飽き足らず、通勤時間すら削る為に会社のすぐ近くに引越し
その上、仕事を終えるのは誰よりも早く、それですら足りずに田舎へ引越しためた貯金を食いつぶしながら生活していたのも懐かしい思い出だ。
「もう、おかしいっす!普通の訓練でお願いします。」
「本当に良いのか?物凄く残念なのだが・・・?」
「街が守れれば十分です!自分は世界を制覇するとかそんなおかしな夢は持った事ないっす!」
「なんだ、つまらん。男なら伝説の勇者になりたいとか思った事は無いのか?
それこそ歴史になを残す英雄とかだな・・・?」
「今まで、夢というより明日をどう生きるか必死でそんな余裕があると思うっすか?
ナナシさんが来てから、兄妹にも貧民街の皆にも笑顔が増えたし、明日どころか来年の話までするようになったっす。
それで、自分達には十分です。」
「なんだ、欲が無い無いなぁ・・・。
まぁ、喋っててもあれだ今日の訓練はここまでにしよう。
明日からもビシビシ行くから今日はゆっくり休むんだぞ?」
そう良い、作っておいた食事を温め直し食べ終えた者から順次寝床へと入る。
そして、順番に夜間の見張りをするのだった。
俺は残りの調合を済ませるべく資材小屋に向うのだった。




