年末くっころ
「私は栄えある王国騎士団の一員として、『貴様ら』などには決して屈しない! いざ尋常に勝負!」
私はそう叫ぶと、『武器』を大きく構えながら『やつら』に向かって進撃を開始した。
周囲からも鬨の声が聞こえてくる。
他のメンバーも『やつら』との戦闘に入ったのだろう。
激しい『戦闘音』が聞こえてくる。
……そうだ、私は一人ではないのだ。
こんなにも大勢の仲間がいる! 私は今年こそ絶対に負けはしないぞ!
『武器』を大きく構え『やつら』に向かって振り落とす。
「――せいやっ!」
その一撃はまさに今年最高の、会心の一撃だった。
私の『武器』が『空気』を切り裂き『やつら』に迫る光景。
それを私はくっきりと目で捉えることができた。
極限の集中とは恐ろしいものだな……!
まさかそんな光景すら知覚できるようになるとは……!
「いけっ、いけっ、今年こそ私は『初手』で『貴様』を捉えてみせる!」
時間が止まったかのような一瞬。
私の『武器』が濃い茶色の体躯をした『やつら』に接触する。
――ここだっ!
私は心の中で大きく叫ぶと、『指』にわずかに力を籠めて『武器』の機構を発動させる。
ざしゅん、とギロチンのように『武器』が閉じていく。
いける、これはいけるぞ!
――私が勝利を確信した、その瞬間。
ガタン、と私と『やつら』との『決戦のバトルフィールド』が大きく揺れた。
なにっ!?
私は日ごろの訓練で培った、『目の焦点を合わせずとも視界内の状況を把握する力』と『高速思考術』を使って何が起きたのかを確認する。
その振動は、私と同じ『フィールド』で戦っていた無二の親友『アリア』が敗北しくずおれたために起きたものだった。
ア、アリアああああっ!
そんなまさか、彼女が、彼女が敗北するなんて。
『勇者様』が広めたこの『武器』の使い方を丁寧に教えてくれた、まさに師とも呼べる人物の敗北に私は激しく狼狽する。
そんな私の様子に気づいたのだろう。
『息絶える』寸前にも関わらず、アリアは儚げな笑みを浮かべてわずかに口を動かした。
それはもちろん音としては成立していない。
されど士官学校以来の付き合いである私には分かる。
そう、彼女はきっとこう言いたいのだ。
『私は負けてしまったけど、貴女だけでも『やつら』に勝って……ね……っ』
と。
……ああ、わかった。
私は、私だけは必ず『やつら』に勝利して見せよう。
アリアの想いを受け継いだ私が負ける、わけがない!!!
(ここまでなんと0.1秒)
意識を『戦場』に戻す。
細心の注意を払って、『指』に力を込めていく。
『武器』を通じて『やつら』のぬるりと滑る体表が感じ取れる。
先ほどまでの勝利を確信して油断した私では、きっとここで敗北していただろう。
だが今の私に油断はない。『やつら』は『経験豊富』なアリアですら打ち負かしたのだ。
じり、じり、じりと。
極限の集中力をもって私は『武器』を操作する。
――そしてついに私は『やつら』を捉えることに成功した!
「やったぞ! 私は勝った――」
私が勝鬨を上げようとした時、『やつら』がにやりと笑った気がした。
――ぷちん。
『やつら』はなんと私がとらえた『部位』を切り離して離脱したのだ。
「な、なんだと……!」
『戦場』に落下した『やつら』は私に向かって『熱い雫』を飛ばしてきた。
呆然としていた私はなすすべもなくそれを顔面に食らってしまう。
「ぐっ……!」
ぴちょん、と落ちた『やつら』はそんな私をあざ笑うようにたたずんでいる。
私も……負けてしまったのか。
あんなに、あんなにも勝利を誓ったというのに。
目の前が真っ暗になり、私の手から『武器』が、『箸』が転がり落ちる。
「情けは無用だ……。くっ殺せっ!」
私はそう叫び、『やつら』、いや『年越し蕎麦』が乗ったテーブルにくずおれた。
『年越しそば』。
それは勇者によって広められた、次の年の運命を占う神聖な儀式。
『箸なる神具を用いていかに蕎麦をうまく掴み口に運ぶことができるか』というのがその主な内容だ。
これに失敗した者には次の年に避け得ない災いが降りかかり、成功した者には大いなる恵みが与えられるという。
ゆえに王国では誰もが真剣にこの儀式に望み、年の瀬には悲喜こもごもの叫びが王都の空を木霊する。
これはそんな儀式に挑み敗北した、一人の女騎士の物語。