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「ーーだから、私が教えるのが一番いいだろう?」
「たしかにお兄様は、長剣も槍も扱いについては熟練しておりますが、お兄様自身の授業はよろしいのですか?」
「ああ、問題ない。
逆に、先生方からはよろしく頼むと言われたよ。
私はすでに、学校卒業しても問題ない実力と知識は得ている」
風の姫あやめ、生徒会長竜胆。
ふたりは六花の魔具の扱い、基本動作について誰が教えるか、ということを話し合っていた。
生徒会長だから、ではなく本人の趣味として様々な武具の扱いを覚えている竜胆は、たしかに特殊な武器であるあの長剣の扱い方を教えるのに適しているのだろう。
教師たちは、どうやらすでに匙をなげたようでもあった。
だが、自身の学ぶ時間を減らして教えるのはどうかとあやめは思ったのだが、どうやら兄はずいぶんと能力が高かったらしい。
ーーこれはあやめ自身もだが、すでに学校で学ぶべき必要なことはない。
魔物との戦い、実践経験も豊富だし、知識についてもすでに教師から学ぶことはないほど。
それでも学校に来たのは、六花を助けるためと、今まで他者とまったく関わってこなかったため、同世代の人たちとの交流を持つことを目的としてのことだった。
六家の次期当主、娘だからではなく、本人たちの主義で知識などは得ていたりするのだが。
「わかりました。
では魔力の制御については私が、魔具の扱いについてはお兄様が教えるということですね。
ああ、そういえば黒曜も魔具は槍でした。
お兄様、六花さんと一緒に教えて差し上げてくださいませんか?」
「ーーいや、あいつには必要ないだろう……」
子供のころからよく出入りしていたため、竜胆は黒曜の実力をよく知っている。
体術や剣術といった接近戦は多少にがてのようだったが、長物や弓などの遠距離の武器を扱わせると、竜胆よりはるかに巧みに操っていた。
何度か模擬戦をして一度も勝ったことがなかったのを思い出して、すこし遠い目をしてしまう竜胆だった。
「おはようございます」
ガラッと扉が開いて、入ってきたのは黄神琥珀だった。
「おはよう。
ずいぶん早いんだな」
「ーーそうでもありません」
すこしうつむき加減で返事をすると、琥珀はあやめを見た。
「ーーあなたが風の姫でしょうか?」
「そう呼ばれております。
紫神あやめです。
よろしくお願い致します」
「ーーこちらこそ、一年間よろしくお願いします」
なにか思うことがあるような琥珀の様子を、あやめはただじっと見つめていた。
「ーーそういえば、他の生徒会の方々はどちらに?」
「ああ、みんな入学式の準備で出払ってるんだよ。
私はここで連絡係と、君たちを待っていたんだ。
白石六花、あれほどの魔力をもつ彼女について説明する意味もあってね」
「説明、ですか?」
「そう。
もっとも説明は全員がそろってからするから、そこら辺に座ってすこし待っていてくれ」
「わかりました」
琥珀はおとなしく椅子に座る。
視線はあやめの方に向いているが、本人は気にせず静かにたたずんでいた。
「おやようございます、あやめ、竜胆さん」
「あー!
この子が風の姫⁉」
「ーーとりあえず、失礼だから指差すのはやめようね、柘榴」
あやめを指差す柘榴の手を、黒曜が強引に下ろす。
「ーーなんかスッゴク小さいんだなー。
胸はおっきいけど」
「ーー」
「それに、なんでそんな眼鏡かけてるわけ?
ぜんっぜん似合わないじゃん」
ガツン!
柘榴は後ろ頭をなにかで叩かれて、前に倒れこむ。
起き上がって後ろを見ると、黒曜が魔具で柘榴を叩いたようだった。
全体が半透明の黒色の長めの槍。
その柄で柘榴を殴ったらしい。
「ーー柘榴。
これ以上あやめに失礼なことを言うのは赦さないよ?」
妙な迫力のある笑顔に、冷や汗をかきつつうなずく。
よろしい、とばかりに首を縦に振ると、魔具をしまう。
琥珀も黒曜の様子に、思わず立ち上がってしまっている。
あやめと竜胆はなれているのか、平然としているが。
「あやめ、そのバカが黒曜の従兄弟の柘榴だ。
まあ、挨拶とかはいいだろう」
さっきの失礼発言に黒曜だけではなかった。
「そうもいきません。
ーーはじめまして、柘榴さん。
私が紫神あやめです。
眼鏡については、事情があってはずせないんです。
ーーこれがないと、外を歩けないもので」
「とすると、それは魔道具なのか?」
「はい」
おもわず口を挟んだ琥珀に、あやめはあっさりとうなずく。
別に隠していることではないからだ。
「まあ、黒曜も柘榴もしばらく待っていてくれ。
あと三人がまだだからな。
ーー何をしているんだか……」
「ーーどうやら瑠璃さんはこちらに向かっているようです。
翡翠さんは中庭ですね。
問題は晶、でしょうか……」
「あいつは?」
「ーー女子生徒をナンパしています」
「ーー」
はあ、とため息をつくと、あやめは立ち上がる。
ちょうどその時、扉が開いた。
「ーーあ、あの……」
「はい、お入りください瑠璃さん」
「は、はい、あの……」
「はい。
私が紫神あやめです。
私はもういかなければならないので、後のことは兄にお聞きください。
では、失礼します」
部屋から出ていったあやめを、全員なんとなく見送る。
「さて、あと二人だな。
あやめがいった以上、すぐに来るだろう」
「ーー質問していいですが?」
「どうぞ」
「ーー風の姫は、他人の居場所がわかるのですか」
「ああ、風というか空気がある場所なら、その場の光景を見聞きすることができる。
普段はやらないが、今回はちょっとバカがいてな」
「ーーナンパしてるとかいう?」
「そう。
私たちの従兄弟なんだが」
ずりずりずり……。
なにかを引きずる音と共に、二人の人物が入ってきた。
晶を引きずった翡翠だ。
「遅れました。
申し訳ない」
「えー。
こんなむさっくるしい男ばっかのとこより、教室いって女の子とおしゃべりしてた方がいい!」
スパーン。
「よくない!」
晶の頭にハリセンが落ちた。
「ーー」
「常備、してるんですか?」
「基本だろう。
まあ、私はあやめのようにその場で作り出したりはできないからな」
ここらへんは似た者兄妹だったりする。
ちなみに、竜胆の魔具は、一般的な長さの長剣になる。
「さて」
全員を見回し、竜胆が口を開く。
「これからのことについて説明させてもらう」
「白石六花さん。
彼女の持つ魔力量はかなりのものだ。
あやめの見立てによると、間違いなく六家の上位の者と同じくらいの強さを持つ。
だが、制御については、他の一般の魔族と変わりがない。
そのため、暴走する可能性もあり、その時の威力は下手をすれば町ひとつが滅んでもおかしくない規模となる。
それを避けるために、制御についてはあやめが、魔具の扱いについては私が指導することになる。
ただ、万が一の保険として、君たちに訓練の時に結界を張ってほしいのだ」
「結界、ですか?」
「そうだ」
琥珀の問いに、竜胆は答える。
この事について最初から理解している黒曜は、奥から箱を持ってくる。
「この中ある魔石を使って、結界を張るんだ。
これは、人々を魔族から守るための結界を張っている魔石の欠片だよ。
僕たちがそれぞれの魔石を使って、簡易で強固な結界を張ることができる。
ーーこれ位しないと、白石さんの全力は防げないだろうというのが、あやめの見立てなんだ」
黒曜が箱を開けると、その中には六色の魔石が入っていた。
それを、それぞれに配る。
「えーっと。
面倒だし他の人にお願い……」
「使えるのは六家の者だけで、同学年では僕たちだけ。
あやめと竜胆さんは白石さんに指導をするから、その時に僕たちがこれで結界を張らないと危険だから」
「うー」
それぞれ思うところがあるのか、手の中の魔石を見つめる。
「ーー六花の魔力はそれほどなのか?
俺たちよりも強いのか?」
琥珀の疑問には竜胆が答えた。
「そうだな、強いという意味では、まだ我々に追い付いてはいない。
ただ、あの魔力量に魔眼がある。
完全に制御できれば、我々よりも強くなる可能性は高い。
ーーそして、これはあやめの予想なのだが、もしかするとそれだけの能力を必要とする魔物が現れるかもしれない。
それに対処するために、彼女に魔力が宿ったのかもしれない。
これは仮定でしかないが、万が一のためにも、彼女には強くなってもらった方がいい。
みなもそれを心しておいてくれ」
竜胆の言葉に思い出したのは、数年前の強大な魔物とそれに率いられたたくさんの魔物たち。
あのときは、あやめが対処して事なきを得た。
だが、同じことが起こらないとも限らない。
もし、複数の場所で起きたなら、あやめ一人では対処できない。
だからこそ、力を持つものが必要となる。
その事を理解し、全員竜胆の言葉に頷く。
そして、時間になったため入学式のために、会場に移動するのだった。