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いつも通りに携帯端末の音で目覚め、今日は制服に手を通す。
女子用の制服は、白地に銀糸で刺繍がされている。
腰からしたの辺りで大きく前が開いている膝丈の上着にぴったりしたズボン、膝丈の茶色のブーツ、胸元の光の紋章。
魔獣となった蜘蛛の糸で作られた制服は、魔力耐性が高い。
しばらく制服姿の自分を鏡で眺め、問題がないと頷くと、寝癖を直しに向かった。
「ーーほんと、これなんとかならないのかな」
はあ、とため息をついて食堂へ。
先に来ていた琥珀と朝食をとる。
琥珀は男子用の制服を着ている。
黒地に金糸の刺繍、上着の丈は腰の下辺り、ゆったりしたズボンと茶色の踝までのブーツ。
六花と同じく胸元には光の紋章がある。
「ーー」
「?
なんだ?」
「うん。
にあってるよ」
「当然だろう」
新入生のほとんどは服に着られている感じがあるなか、六家の者だからかきちんと服を着ている琥珀。
そのためか、周りからの注目も集めていた。
まして、そばにきた六花も制服がよく似合っている美少女である以上、なおさらだ。
周りの注目を浴びながら朝食を終えると、一人の少年が近づいてきた。
黒髪に灰色の瞳。
長身でバランスもとれてる。
銀縁の眼鏡をかけているのが、なかなか似合っている。
「おはよう、琥珀」
「ーー黒曜か」
「ーー誰?」
にっこりと六花に笑いかけると、少年は自己紹介をした。
「僕は灰神の後継、灰神黒曜だよ。
よろしく、白石六花さん」
「?
あれ、わたしのことしってるの?」
「もちろん。
六家以外の魔眼持ちはかなり珍しいからね。
君の存在は、六家の人間なら知らないものはいないよ」
「そうなんだ……」
ちょっと嬉しそうな六花に不思議そうな顔をして、黒曜が訊ねる。
「誰か六家に知り合いたい人でもいるのかい?」
「えっと、ないしょです」
えへへ、とごまかすように笑う六花を首をかしげて見つめる。
まあ、それならそれでいいかと黒曜も食事を始めた。
「黒曜、おはよー!」
元気のいい声がしたと思うと、赤い何かが黒曜にぶつかった。
黒曜自身は予測していたため、上手く衝撃を散らせていたが。
「おはよう、柘榴。
ーーああ、彼は僕の従兄弟で、赤神当主の甥にあたる。
名前は柘榴」
「ヨロシクな! 白石さん。
あっと、琥珀もおはよー」
「ーー俺はついでか」
「違うよ?
ちょうど黒曜の影で見えなかった」
「ーー」
「えっと……」
「ーー俺はもう行く」
「あれ、どうしたんだ?」
六花と黒曜は、顔を見合わせる。
琥珀が背丈を気にしてるのは知っていたから。
もっとも、琥珀より少しだけしか背は高くない柘榴の方はまったく気にしてないため、逆に気づかないのだろうが。
赤毛に火の属性の赤い瞳、小柄で空気をあまり読まない性格の柘榴だった……。
彼も食事を始めながら、キョロキョロと辺りを見回す。
「ね、黒曜。
風の姫はどーしたんだ?」
「!」
驚いた六花が手に持っていたカップを落としそうになる。
「風の姫って⁉」
いきおいこむ六花をキョトンと見つめる。
「風の姫は風の姫だよ。
黒曜と親しかったはずだから、顔を見れっかなーって思って」
「ーー彼女はすでに生徒会室のほうだよ。
会長と相談があるみたいだったから」
「ーーそうなんですか……」
残念そうな六花。
「白石さん、彼女のファンなのかな?」
「えっと、ファンっていうか、憧れてるんです!」
風の姫、本名は紫神あやめ。
兄は生徒会長で紫神次期当主の竜胆。
あやめはその魔力量も制御についても、魔族一の実力があると言われている人物で、魔族たちからの崇拝を受けていた。
幼少のころからめったに人前には出なかったので、学校に通うことが知られると、彼女と知り合おうとする者が多かった。
それを避けるために、先に寮を出てしまっていたりする。
「だから会えたらいいなーって思って」
「教室で会えるよ?
六家の全員と君は同じクラスだから」
「え?」
「あ、そっかー。
クラス分けは魔力の大きさ順、そうすると六家は全員同じクラスになって当然だし、その子も魔力量は六家と変わらないんだったら同じクラスだよね。
あー、忘れてたー」
「いや、忘れることじゃないよね?
特に僕たちは、最初から風の姫を守ることと、白石さんを手助けすることを頼まれてたでしょう?」
「わたしを手助けする?」
「大きな魔力が暴走すると危険だから。
制御については風の姫が直接教えてくれるよ。
あと、魔具は特殊な長剣だからね。
こちらの扱いは剣技の専門の教師が基礎は教えてくれる予定だよ。
実際の扱いについては、君の自己流でなんとかしてもらわないとならないけれど」
あまりにも特殊な武器だと、本人しか扱い方がわからないことが多い。
「そっか。
風の姫と直接話せるんだ……」
「もしよければ。
友達になってあげてほしいかな」
「え、いいのー!」
「お前には言ってない」
六花に頼んだはずが、答えが柘榴からきたことで突き放す黒曜。
「えっと、灰神さんって風の姫とどういう関係なのかな?」
親しそうな様子が気になった六花。
「うん?
幼馴染みなんだよ。
姫に会えるのは、六家の当主と次期当主だけ。
僕は幼いころから父の後を継ぐことは決まっていたから。
年も同じだからってよく会いにいっていたんだ。
戦闘訓練なんかは、一緒にしていたしね」
「ボクは連れてってもらったことない……」
「当然だよね」
あきれた様子の黒曜。
話を聞きながら、間もなく会えるだろう風の姫について思う六花。
今まで会ったことのない、という事実に落ち込む柘榴。
「それで、風の姫ってどんな人なんですか?」
「それは会ってからのお楽しみ、だよ」
同じクラスなら教室で会える。
その事実を今ごろ気がついた、周りで話を聞いていた生徒たち。
自分の魔力量がトップクラスに入れるだけのものか、今さら思い悩むのであった。
ーーーー
「まったく、琥珀ってわたしの監視役とかいっといて、どこにいるんだか……」
ぼやきながら、六花は学校への道を歩く。
食堂で別れてから、姿をまったく見ていない。
「監視役がこれでいいのかな。
まったく」
ぶつぶつとこぼしながら、門をくぐった。
目の前の学校は、かなり大きい。
魔力を持つものは全人口の一割ほど。
魔物との戦いに関わらないものでも、制御についてと魔物との戦いについて一通り習うことが決まりであるため、かなりの人数がこの学校に通う。
もっとも学校の大きさについて驚くのは、寮に入った初日にしているので、新入生もいい加減なれてきてはいるが。
「えっと、クラス分けは……」
人混みが集まっているところがクラス分けが貼り出されている所だろうと足を向ける。
と、前を歩いていた人物にぶつかって立ち止まる。
「あ、ごめんなさい」
「……」
「あの、大丈夫ですか?」
軽くぶつかっただけで、転んでもないので怪我などもないはず。
長めの青い髪と水属性を現す青い瞳。
ひょろっとした背の高い少年を見上げて、体調でも悪いのかと不安になる。
「ぼくは……」
「はい?」
「邪魔、だよね……」
「はい?」
「図体ばかり大きくて、役立たずだし……」
「はい⁉」
ーーなんか話がずれてきている。
「あの、怪我とかはないですよね」
「うん、ない……」
「ただ、立っているだけですか?」
「やっぱり、邪魔でしかないよね……」
「いえ、こちらこそ不注意でぶつかってしまって、すみませんでした」
ペコリと頭を下げる。
「では、クラス分けを見に行くので失礼します」
「あ……」
立ち去ろうとした六花を呼び止める。
「君は、白石六花さん……、だよね……?」
「はい」
「それなら、Aクラスだよ……。
ぼくたち六家と君は同じクラスだった……」
「あ、あなたも六家の方なんですか?」
「そう。
ぼくは青神瑠璃。
傍系、だけど……」
「わたしは白石六花です。
なんか皆さんに知られちゃってるみたいですけどね」
「うん……。
六家以外で魔眼の金の瞳を見ることは、ほんとにないから……」
「とにかく。
一年間、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく……」
「で、教室はどっちでしょう?」
「……ぼくは、生徒会室にいかないとならないから……。
Aクラスは、中庭を横切ると近いよ……」
「中庭か。
ありがとうございます。
それではまた、教室で」
「うん……」
走っていく六花を見送る瑠璃。
そのまま校舎にそって歩いていく。
「あの子がそうなんだ……」
瑠璃はまっすぐに生徒会室に向かった。
他の六家のメンバーに会うために。
ーーーー
中庭まで来ると、六花は足を止めた。
春だから、というわけではないのだろうが、色とりどりの花が咲き乱れている花壇があったからだ。
というよりも、花壇の前の大きなものに気をとられた。
「……」
緑の髪の、かなり大柄な男性。
彼は無言で花を愛でていた。
ふと視線に気がついたのか、こちらを見る。
瞳の色は風属性の緑。
「……」
「あ、あの、邪魔しちゃってごめんなさい。
とても綺麗なお花だったから」
「……」
「あー、気にしなくていいよ。
そいつ、ものスッゴク無口なだけだから」
後ろから聞こえた声に振り返ると、首の辺りで束ねた長い紫の髪と風属性の紫の瞳、長身で整った顔立ちの少年が壁に寄りかかってたっていた。
「白石六花ちゃんだよね。
話は聞いてたけど、スッゴクかわいいね。
どう? これから入学式サボって遊びに行かない?」
「ええー!」
「ーーサボるのはよくない」
大柄な男性が立ち上がる。
ーーかなり大きい。
「おれは緑神翡翠。
六家緑神家の傍系。
かれは紫神晶。
紫神家の傍系。
きみと同じクラスだ」
「あっれー。
無口な翡翠がずいぶんしゃべるねー」
「……こちらは彼女のことを知っている。
こちらのことも知ってもらう必要もある」
当然のこと、と平然と答える翡翠にたいしてつまらなそうな晶。
「ま、あいつほっといていこーよ」
翡翠はほっとくことにして、六花の手を引こうとしたとき、スパーンと何かをはたくような音が響いた。
見ると、晶は頭を抱えて座り込んでる。
その後ろには、銀の長い髪を風になびかせた、小柄な少女がいた。
「晶、なにをしているのですか?」
「えっと、姫さんなんでここに……?」
「あなたと翡翠さんを呼びに来たのです。
ほかの皆さんは生徒会室で待っています」
「そーなの?」
「ーーあなたが、風の姫……?」
「はい。
はじめまして、六花さん、翡翠さん。
紫神あやめと申します。
これから一年間、よろしくお願い致します」
「ーー緑神翡翠です。
よろしくお願い致します」
「あ、白石六花です。
よろしく!」
そっと頭を下げる翡翠と、勢いよく挨拶をする六花。
ふたりにそっと笑いかけると、あやめは晶の頭にハリセンを落とす。
「翡翠さん。
この馬鹿をお願い致します。
私は六花さんと教室に向かいますので」
「承知しました」
翡翠は頷くと、晶の首根っこをつかんで引っ張っていく。
「はーなーせー……」
少しずつ声が小さくなるのを見送ると、六花はあやめを見た。
「えっと、なんでハリセン……?」
「やはり、つっこみはハリセンでしょう」
「ーーお笑い好きとか?」
「もちろん。
大好きです!」
顔の半分を隠す分厚い眼鏡で、顔はあまりわからない。
それでも、思いっきり感情を込めた言葉で、どんな表情をしているのかの想像はつく。
なんとなく、遠くの人物ではなく近しい感じがして、六花は微笑んだ。
「じゃ、教室にいこっか」
「そうですね。
教室までは私が案内いたします。
この学校はとても広いですからね」
どこにしまったのかハリセンは消して、六花を先導するように歩き出す。
これから始まる新しい生活に、どきどきしながら、六花はあやめについていった。