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そして実習の最終日。
生徒たちは草原に散っていき、あやめは草原の中央に向かう。
先に行くあやめを見送ったあと、六花たちも草原に向かった。
「今日で最後なんですよね」
「そうだね。
でも、二人とも上達したと思うよ」
「ーーうん。
白石さんは、上級の魔物でも、倒せる、と思う。
美川さんは、中級、くらいかな……」
「青神様にそういっていただけると、嬉しいです!」
「まあ、最後だからと油断しないように」
「「はい!」」
そろって返事をする二人に苦笑を浮かべながら、竜胆は草原の方へと向かっていった。
そしてしまらく。
まもなく昼になるという頃。
「! どういうことです!」
「姫様⁉
どうなさいました!?」
「森の方へ近づいている班があります!
千早、至急森へ向かってください!」
「はい!」
緊急事態に、急いで森へ向かうあやめ。
その途中で、竜胆に連絡をとる。
「お兄様!
森の方に近づいている班があります。
その影響で、例の魔物も草原のほうへ近づいてきているんです!」
「なんだと!?
私も至急森へ向かう!
ほかの生徒への連絡は!?」
「これからです!」
「わかった!
こちらは先生方に連絡をしておく!」
「お願いします!」
連絡をうけた竜胆は、六花たに告げる。
「森に強力な魔物が現れたそうだ。
私は至急そちらに向かう。
君たちはほかの生徒と合流しつつ、町に戻るように」
あやめと話していたときとは違って、落ち着いた語り口で告げる。
「会長は大丈夫なんですか?」
「心配ない。
もともと実習のあと、私とあやめで対処する予定だった。
多少予定が早まっただけだからな」
それに納得をしたのか、すこしうつむいたあと、はっきりといった。
「ーーわたしも連れていってもらえませんか?」
「ーーだめだ。
君を守りながらでは、危険が大きい。
おとなしく町に戻るように」
「でも、瑠璃くんがいってましたよね?
わたしは上級の魔物でも倒せるって。
ならば、多少なりでも力になりたいんです。
戦うのがダメでも、せめて近くで見届けさせてください」
なぜだか、それが必要なように思えたのだ。
そうでなくては、何かを失う、と……。
ひとつため息をついて、竜胆は承知する。
「ーーわかった。
だか、魔物には近づかないように。
対処は私とあやめがする。
石榴、瑠璃、二人は守りを重視するように」
「無理をいってすみません。
それと、ありがとうございます」
「しょうがないなー。
それじゃいこっか」
「あ、美川さんは……」
「あたしもいきます!
強い魔物をみるだけでも、勉強になりそうですから」
その言葉には、六家の三人に対する、深い信頼があった。
だから、その言葉を受け入れる。
「それでは、急ぐぞ。
被害が出てからでは遅い」
竜胆にうなずいて、全員森に向かって走った。
ーーーー
「遅かった!」
先に向かったあやめが森についたとき、すでに魔物と近くにいた班との戦闘中だった。
そして、最弱の魔物でありながら、強い魔力を持つその存在に、深手をおっている生徒もいたのだった。
「さがりなさい!
それはあなたたちの手に負える魔物ではありません!」
「姫様⁉」
なんとかその魔物と相対していた、四年の生徒二人が、あやめの方を振り替える。
その瞬間に襲いかかってきた魔物にたいして、あやめが放った糸が絡めとる。
「これは私が相手をします。
至急下がって、怪我人の手当てを!」
「は、はい!」
ーーどうやら最初に襲われたのは、一年の生徒だったらしい。
ひとりが襲われて、それに気をとられている間に、ほかの生徒も深い傷をおったようだった。
「まったく……」
生徒たちが離れたのをみて、千早が結界を張る。
「姫様」
「ええ。
これでなんとかできればよかったのですが……」
確かに目の前の魔物は、あやめの力で対処できる。
だが、すでに散ってしまったほかの魔物にたいしては、一人では手が回らない。
「幸い、こちらに大部分は残ったようですからね。
向こうはお兄様と黒曜に任せましょう」
「大丈夫でしょうか?」
「ーー六花さんたち、というか、この魔物の特性から、石榴さんの特訓にちょうどいいですね」
どことなくのんびりと答えるあやめ。
全体の状態を把握している彼女としては、いまの状態でもう危険を感じることはなかったのだ。
「さて、さっさと片付けましょう」
そういって、魔力を自身の魔具である糸にのせるのだった。
ーーーー
「ほんとに、なにをしているのかな」
自分の方に来た魔物を、あっさりと両断して黒曜が呟いた。
「あの、灰神様。
この魔物は……」
同じ班の生徒が問う。
「見た目に反して、魔力が強いようなのですが……」
「それについては、いずれ学校で学ぶことだからね。
こういう存在がある、ということだけ、いまは覚えておけばいいよ」
「はあ?」
首をかしげる一年の生徒と、この魔物をあっさりと両断した黒曜に畏怖を感じる四年の生徒だった。
ーーーー
そして、あるていど森に近づいたところで、竜胆は足を止める。
「どうやら、こちらに来たようだ」
「え⁉」
みると、遠目に数匹の魔物が見える。
「何体かは私が処分する。
一度に全部は無理だから、何びきかこちらに抜けると思うが、それは君たちに任せる。
ーー一応いっておくが、こいつらは『冷気』に弱い」
それだけいうと、竜胆は魔物に突っ込んでいった。
「えっと、ボクたちはどうすればいいのかな?」
「ーーいちおう、前衛の石榴と白石さんが前に出て、魔物が来るのを待てばいいと思う。
ぼくと美川さんは、サポートで……」
「はい!」
六花と由美はそれぞれに準備する。
石榴は、まっすぐに魔物をみていた。
(冷気が弱点かー)
自分の魔具であるグローブをみる。
「ま、なんとかなるさー」
かるくいって、魔物に相対する準備とする。
そして、竜胆が突っ込むと、そこに魔物は群がった。
だが、そこにいるのが竜胆だけではないと気づいたらしい魔物数匹がこちらに向かってきた。
「そこ!」
六花は自身と魔具を魔力で強化して、相対する。
少々素早さにてこずってはいたが、得物の射程を利用して、うまく立ち回っている。
逆に石榴は決定打を撃てないでいた。
冷気が弱点ということは、いまのような炎には強いともいえる。
炎をまとった拳を何度打ち込んでも、ダメージにならないのだ。
「あーもう、なんでたおれないんだよ!」
「ーー石榴。
赤神の火の属性、その能力は、熱の制御だよ。
熱が上がれば、炎になり、下がれば、冷気になる……」
落ち着いた口調で、瑠璃が石榴に告げる。
その瑠璃は、水の鞭を限りなく低い温度にする、凍る寸前の水のままうまく制御して魔物にダメージを与えていた。
「温度を、下げる?」
火の属性ということで、ほとんどの魔族は加熱の方をつかう。
温度に下限はあっても、上限はないからだ。
だか、それではこの魔物を倒すには至らない。
ならば。
「やってやろうじゃん!」
石榴は意識して、魔力を冷気に変換する。
「あれ?」
やってみてようやく気づいた。
炎に、熱に変えるよりも、簡単に温度を下げられる。
「これなら!」
冷気を、絶対零度まで下げられた魔力を纏った拳を魔物に叩きつける。
すると、一瞬にして氷付けになった魔物は、四散して消えた。
「どうだ!」
調子にのって片っ端から片付けていく。
その様子を、六花たちはあきれてみていた。
「なんか、もうわたしたち必要ないみたいだね」
「うん。
赤神さま、なんか楽しそう……」
「姫がいってたんだけど、石榴は、もともと魔力の質的に、冷気を扱う方が上手だって……」
「あー、本人の性格から気づかないって、こういうことかー」
たしかに、どちらかというと軽い感じの石榴が、実は冷気を得意とするとは想像しにくい。
「まあ、自分の能力を知った以上は、きっちりとそれで仕上げるだろう」
いつのまにか、自分の担当したぶんの魔物を倒し終えた竜胆がそばにたっていた。
「あ、終わったんですか」
「ああ。
ーーあれで終わりだな」
目の前で、石榴が最後の魔物を破壊していた。
「完全しょーり!」
楽しそうにガッツポーズしている。
「ーーこちらも終わったようですね」
そこにあやめが合流してきた。
「あやめちゃん!
大丈夫だったの⁉」
「はい。
あのていどでは、私の敵ではありません。
ただ、怪我人が出てしまいました。
先に戻って手当てをするようにはいったのですが……」
「ーー町に戻って確認だな。
そもそもなぜ森の方に行ったのか……。
近づくなとはいっておいたのだが……」
「それも確認ですね」
それぞれ顔を見合わせると、町に向かって歩き出した。




