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見渡す限りの草原。
そのほぼ中央で銀狼の千早の背に腰かけて、風を詠み続けていた
。
「ーー姫様……」
「間違いありません。
報告の通りです」
「ーー大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、ですよ。
そのために私たちはここにいるのですから」
疾風の速度で駆けることができる千早と、状況を瞬時に読み取ることができるあやめ。
二人はこの地に発生した、強力な魔物を監視していた。
「今はまだ、森から出てきてはいないようです。
実習が終わるまで、今の状態でいてもらうことが理想ですね。
そのあと、空いた時間で私と黒曜で十分に倒せる相手ですから」
ーーーー
その報告がきたのは、五月の半ばあたりだった。
実習予定の地の区の草原に、強力な魔物が現れたという。
見た目は最弱の魔物と同じでも、狡猾で魔力が強い。
そうした魔物に、六家の者ならば心当たりがあった。
ーー魔獣、もしくは魔族を喰らった魔物。
魔物は魔力を吸収することで存在する。
そのために、ものを体内に入れることはない。
だが、魔族や魔獣は体内に魔力を溜め込んでいるような存在のため、ごく稀にそのまま喰われることがある。
そうすると、本能だけしか持たないはずの魔物が、知恵を持つ。
ーー同族である魔物を喰らって、身の内の魔力を高めていく。
際限なく、どこまでも。
たとえ、元が最弱の魔物であっても、そうなると六家の上位の者でなければ倒せなくなることも少なくない。
「発生が森ということを考えても、おそらくは森で魔獣が生まれ、その魔獣が魔物に喰われたのでしょう。
生まれたばかりでは、防戦もままならない可能性が高いですから。
まして、それが植物の魔獣なら」
場所柄、その可能性が高いと推測する。
もっとも、生まれた理由を考えるのは、あやめの仕事ではないが。
「今は監視を続けましょう。
何事もなく、無事に終わることを願って」
あやめは、晴れた青空を仰ぎ見ていた。
ーーーー
数日、何事もなく実習は過ぎていった。
そんななか、華衣があやめのもとを訪れていた。
「姫様、いま何がおきてるんです?」
どうやら、森で起きている異常について、なんとなく気がついていたようだ。
「あたしの、闇の属性は空間ですからね。
風、気体属性の姫ほどじゃないですけど、森の方でなんかおかしな感じを受けるのは気がついてますよ」
「それに気づけるほど魔力を持つのは、私と黒曜、お兄様、華衣さんだけでしょうね。
そうですね……。
華衣さんは魔物の共食いについて、ご存じですか?」
「ーーまじ?」
「本当、です。
そのために、いまは監視中です。
できれば実習が終わったあとに退治といきたいところですね」
「あー、納得。
ちなみに、あたしの手は必要?」
「いまは大丈夫です。
ーーというよりも、もう少し制御に力をいれてほしいですね。
いまのままでは、誤射が怖いので」
「う、悪かったわね!」
的から外れたところに時々打ち込んでしまう自覚はあった。
「後々、強力な魔物が出てくるでしょう。
それまでは、力を磨くことに集中してください\
「りょーかいー。
だけど、バットエンドはごめんだからね。
必要なら、いつでもいってくださいよ」
「わかっています」
ふわりと微笑むあやめに安心したのか、華衣は自分の班の方に戻っていった。
「無事、終わってくれればいいのですけれど……」
あやめもまた、小さく呟いて六花たちに合流したのだった。
ーーーー
「明日で実習は終わりだね」
「それでも、多少は戦い方わかってきたしね。
弱い魔物だからこそ、最初の訓練にいいんだね」
内容はともかく、楽しそうに六花と由美が話している。
魔力の制御も大分上達してきているようだ。
やはり、実践に勝る訓練はないということだろうか。
「明日で実習はおわり、明後日の午前中は自由行動で午後には学校に戻ることになる。
慣れたからといって、油断をして怪我をしないように」
「そうですね。
最後まで気を抜かずに頑張ってください」
「「はい!」」
なかよく返事をするふたりだった。
「うー。
せっかく姫と同じ班だったのに、あんまり姫に近づけなかった」
「ーー黒曜に、また、怒られるよ……」
「だからって、黒曜が独り占めしていいわけないじゃんか」
「え? 黒曜は、姫の……」
「私のお話ですか?」
ぼそぼそ、内緒話をしていた石榴と瑠璃の間に、あやめが割り込んできた。
もっとも、単純に自分のことを話しているようなのが気になっただけだが。
「あ、なんでもない!
それよりさ、なんで黒曜って姫を独り占めしようとするの?」
「ふふふ。
それは、単純に当然のことなんですよ」
微笑みを浮かべるあやめ。
「その理由については、六家の方々なら、ご存じだとおもっておりましたが?」
「ーーたぶん、石榴は聞いてない……。
というか、聞き流しているんだと思う……」
すこしあきれたような瑠璃に、あやめも納得したようにうなずく。
「それでは、仕方ないですね。
諦めてください」
「なにを⁉」
そのままあやめはクスクスと笑いながら六花たちの方へ向かった。
瑠璃もあきれた様子のまま、ゆっくりとお茶を口にする。
石榴はふくれたままだ。
「それじゃ、今日は解散だ。
また明日、遅刻しないように」
竜胆の号令で、全員自分の部屋に戻った。
ーー何事もなく、実習が終わるものだと、信じて。




