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ーー見渡す限りの草原。
遠くの方に森が小さく見える。
「ーーものっすごく、ひろいねー」
石榴が一言だけ、口にする。
他は誰もこの光景に圧倒されて、何も言えなくなっていた。
「さて、それでは実習を始めましょうか」
あやめはそう言って、傍らにいる銀の狼の背を撫でる。
あやめ本人も、ここにきたのは初めてだったが、こういった光景を見たことがなかった訳ではないので、平然としていた。
そしてあやめの傍らの狼。
彼女はあやめと契約をしている魔獣で、千早といった。
瞳の色が紫で、風の属性を持っていることが判る。
魔獣とは、動物や植物に魔力が宿った存在のことをいう。
鳥、魚、は虫類、植物、何であっても魔力を持つ人以外の存在という意味で魔獣と呼ばれる。
生き物の場合は人と同じく瞳に魔力の色彩が現れ、植物の場合は、魔石の核を持ち、その核が属性の色彩を持つ。
また、高い知能を持つようにもなり、人語を解することになる。
もっとも、人語を話せる魔獣は少ないのも確かだが。
「姫、わたくしの背にお乗りください。
草原の中央辺りにお運びします」
落ち着いた低めの声が響く。
千早は言葉を話せる、数少ない魔獣であった。
「そうですね。
その方がいざというときに動きやすいですから。
それでは、私は先に行かせていただきます。
お兄様、皆様のことをお願い致します」
「心配するな。
ここの魔物くらいなら敵ではない」
「そうですね。
それでは、失礼します」
あやめは千早にのって颯爽と去っていった。
「それでは、私たちもいくぞ」
竜胆の号令で、全員草原に足を踏み入れたのだった。
ーーーー
「はあ!」
石榴の拳が火を放ち、目の前の魔物を駆逐する。
至極簡単に滅ぼされていく魔物に、直接相対するのが始めての六花と由美もじょじょになれていった。
はじめの方は、ほとんど石榴と瑠璃が倒していたが、今は少しずつ連携をして二人も魔物を倒すようになった。
「そろそろ時間だな」
空を見上げて、竜胆が言った。
「なんの時間ですか?」
「もちろん、昼食のだ」
「あー」
言われてみれば、全員空腹を感じていた。
石榴と瑠璃も、魔物退治を何度も経験しているとはいえ、同世代だけで魔物退治は始めてだったので、少々気を張っていたようだった。
「それでは、結界を張るぞ」
そう言って竜胆は魔道具を発動させる。
五センチ四方ほどの大きさの箱を地面に置いて、スイッチを押す。
すると、箱からおよそ十メートルの辺りに半透明な膜が見えた。
「ここらの魔物ならこの結界で十分に防げる。
今のうちに食事にするぞ」
魔物は倒すと、魔石を残して消えてしまうため、そのままでも血の臭いなどもない。
食事をしながら、ふと疑問に思った六花は、竜胆に訊ねた。
「あの、魔物ってなんですか?」
「ああ、そういえば気になるよね。
倒すと魔石残して消えちゃうし、魔物が出るこんな場所を残してたりするし」
首をかしげる六花と由美に、竜胆は説明をする。
「魔物に関しての詳しい授業はまだだったな。
それなら簡単にだが説明しよう。
魔物とは、魔力の塊なんだ。
魔力が実体を持ったもの、と言い換えてもいい。
だからこそ、実体を保てないほどのダメージを与えると、核になった魔石だけ残して消えてしまうんだ。
ここらに出るような弱い魔物の魔石でも、普段の家電用に使うにはちょうどいいんだ。
一つで一ヶ月持つからな。
そしてここの様な場所の魔物は、魔族でなくても魔道具を使えば倒せる。
我々の実習がないときは、一般の戦士が定期的に倒しに来ているくらいだ。
魔族が狩るのは、結界の外の大型の魔物。
こちらは大型の魔道具を動かすために使う。
それを手に入れられるのが魔族だけだが、かなりの危険を伴う。
だからこそ、簡単に魔石を手に入れられる、こういう場所があるんだ」
魔物が魔力の塊……。
それを聞いてなるほど、と由美はうなずいている。
だけど、六花の方は、さらに疑問が出てきてしまった。
「それじゃ、魔物って意思はどうなってるんですか?」
「ーーそれについては不明な点が多い。
ただ、動くものを攻撃するという特性があるみたいだ。
それと、魔力が強いものに惹かれるという性質があるらしいことはわかっている。
つまり、魔力が多い魔族に魔物はより集まってくるということだ」
「ーーつまり今はあやめちゃん?
ってあやめちゃん大丈夫なんですか⁉」
おもわず焦った声を出す六花に、竜胆は安心させるように笑う。
「大丈夫だ。
あやめの魔力制御は伊達じゃない。
なにしろ、全く魔力が体外に出ないように普段からしているからな。
おまけに今は千早が結界を張っているはずだからな。
なおさら魔物はよってこない。
千早の結界能力はかなりのものだからな」
ほっと息をつく六花と由美。
石榴はいい加減に暇になってきたようで、そわそわとしているし、瑠璃は魔力でお湯を沸かしてお茶を淹れていた。
「どうぞ……」
瑠璃の淹れたお茶で、一息つく一同。
「すごく美味しいです。
ありがとうございます!」
「あ、えっと、どういたしまして……」
由美の好みの銘柄のお茶だったので、ものすごく大喜びしている。
その由美の様子に、瑠璃はしどろもどろになっているが。
その様子をほのぼのとした気分で見ていた六花と竜胆だったが、いい加減に石榴がじっとしていられなくなってきたのを見て、腰をあげる。
「それでは、続きを始めるぞ。
相手は最弱ではあるが、連携を意識して攻撃してみるように。
弱い相手にそれができなければ、強い相手ではなおさら難しいからな」
「「はい!」」
全員で元気に返事をして、魔物退治を続けるのだった。




