3-2 制圧
人払いの結界を張る。しばらく待ち、周囲に人がいなくなったことを確認すると、店内に突入する。
希は裏に回り込んで、別の入り口から突入していた。
静寂に包まれた店内。昼間の広い店内を一人で散歩するのは何とも奇妙な気分だ。
しばらく魔力を探りながら見回っていると、目的の人物を見つけた。
「た、助けてください!」
男に片腕で首を絞め押さえられ助けを呼ぶ女性。服装から判断して彼女はこの店の職員だろう。俺は目的の男を睨みつける。
「『魔装部隊』だ。人質を解放して大人しく投降しろ」
一応、決められた文句だけは言っておく。どうせ大人しく言うことを聞くことはないだろう。そもそも、こいつが魔装部隊の存在さえも知っているのか怪しいものだ。
「く、来るな!」
「きゃっ!」
予想通り、奴は女性を左腕で拘束したまま抵抗を見せる。俺に向けて右手をかざす。その右手から魔力の塊が放たれる。サッカーボールほどの大きさの光球。
俺は右手を前に出した。すると目の前に魔方陣が現れる。その魔法陣が光球を弾いた。防御結界だ。魔力の塊は霧散するように消える。
「くそっ!」
男は錯乱しているようだ。こうなると人質が心配だ。
そろそろ限界か。
俺は男を取り押さえるために動こうとした。だが、遠くで大きな破壊音がし、俺は一度、動きを止める。その数秒後、今度はすぐ近くの壁が壊れた。
そして俺の周りを囲むように、二十体ほどの人影がそこから現れた。しかし、彼らから人の気配はしない。
「『魔造機人』か……」
やはり逃走する際に一緒に持ち出していたらしい。偽装させて店のトラックの中にでも隠しておいたか。
魔造機人。人型をしているが、その見た目は銀色で、見るからに金属で出来ていると分かる。シンプルでメカメカしい。武装さえしていない。彼らはロボットである。
「先輩!」
ようやく希も現れる。今の破壊音でこちらの場所を特定したようだ。
「や、やれ!」
男は構わずに魔造機人に命令した。
すると魔造機人たちは今にも動き出そうと、俺と希に狙いを定める。
「希、お前は人質の解放を優先しろ。俺が奴らの相手をする」
「了解です」
希の返事を聞くと、俺はすぐに動き出した。
着ていた黒いコートが風に揺れる。一番近くにいた魔造機人に接近し、頭部に右手をかざす。その頭部が弾け飛んだ。すぐさま一体を破壊する。
男の表情がこわばるのが見えた。おそらく俺の動きが予想外に速かったからだろう。魔力で身体を強化している俺は、さらに三体続けて魔造機人を破壊した。
一方、人質の女性は、何が起きているのか分からないというような茫然とした表情だった。魔力で動体視力を強化していない常人ではおそらく、俺が突然消えては別の場所に現れているように見えているはずだ。
希はすでに隙を付いて男へと接近している。俺が五体目を破壊した時には、男の攻撃を軽くあしらい、そして女性を解放した。女性を安全なところまで避難させると、安心したのか気絶してしまった。しかし、これで敵に集中して戦うことが出来る。
俺が七体目を破壊したところで、魔造機人もようやく反撃に出る。俺に向けて機械の手を向けると、そこから魔力を放出した。
魔造機人はただのロボットではない。彼らは魔力で動き、魔力で攻撃する。
俺は奴らの魔力の攻撃を連続でかわし、あるいは結界で防ぎながら、逆に奴らを一方的に破壊し続ける。残りはあと十体。
魔力を込めた人間の命令で動くので、今はあの男の命令で動いているはずだ。おそらく魔造機人は、俺たちを倒せという単純な命令に従って、あとは各自が自動的に状況を判断して行動するようになっていると考えて良いだろう。
その方法だと遠隔操作をするよりも一度に多くの魔造機人を操れる。だが、生身の人間が直接動かした時に比べて思考力は劣るため、複雑で俊敏な動きに弱い。
俺はついに十五体目を破壊した。そこで、残りの魔造機人が動きを止めた。
「先輩、犯人を捕まえました!」
希が気絶した男を魔力のリングで拘束していた。使用者が気絶したため、魔造機人への命令が中断したのだ。
「よくやった、希」
俺は残りの魔造機人に近付くと、魔力を送り込み、魔力を上書きする。これで魔造機人はこの男の命令では動かない。この方法以外で繋がりを立ち切るには、魔造機人の魔力が切れるまで行動させるしかない。
「やっぱりさすが先輩ですね。お見事です」
希が心にもないことを言う。自分でもこれくらい出来るくせに。
「世辞は良い。撤収するぞ」
俺は確保した男を担ぐ。
そこで希が何気ない口調で言った。
「そういえば、ここに来る途中に意外な人を見ました」
「何?」
「妹さん、元気そうでしたよ」
希の言葉に俺は僅かながら動揺していた。だが、その素振りを見せるつもりはない。
「何であいつがここにいるんだ?」
「さあ? 彼とデートでもしてたんじゃないですか?」
それを聞いた時の俺の反応を見て、希はにやにやと笑みを浮かべていた。ここでそんな反応の出来る希も大物だ。自分だって本心では気が気ではないだろうに。
「……で、今回のことはあいつも知ってるのか?」
「それがですね……」
希が僅かに表情を曇らせる。嫌な予感がした。
「神宮寺先輩からつい先程、念話で連絡がありました」
念話とは、魔力と魔力を繋ぎ離れた相手と通話出来る、適応者専用の連絡手段だ。脳内で直接会話をしているため、傍目には会話をしているようには見えない。それに魔力で介入して盗聴でもしない限り、何を話しているのかも他人からは分からない。
「……神宮寺はなんて言っていたんだ?」
ここに奴が逃げ込んだ情報を掴んだのも神宮寺だ。神宮寺の情報収集能力は俺も信用している。だからこそ悪い情報は聞きたくない。高い確率で当たるからだ。
そして最悪なことに、俺の予感は当たっていた。
「少し、まずいことになったかもしれません」




