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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
最終章 少し長いプロローグの終わり
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2-3 宣言

 そういう話を俺は希から聞いていた。彩華は、あの頃は今以上に人見知りが激しかったらしい。俺には最初からやけに馴れ馴れしい態度だったのだが、それはどうやら希からある程度は俺のことを聞いていたからのようだ。

 俺がそんなことを思い出していると、柊さんが続ける。


「君の両親のことは今後も捜索を続けたいと思う。彼らが生きていることを私も願うよ」


「はい、ありがとうございます」


「それに君のことも心配だ。今後も魔装団の襲撃があるかもしれない。充分に気を付けてくれ。一応まだ器候補には変わりないのだからね」


「そういえば、俺の方に器候補はいないんですか?」


 すると柊さんが僅かに顔をしかめた。

 あれ、俺は何かまずいことでも言ったのだろうか。


「いや、他にもちゃんと候補はいるんだよねえ」


 そこで久瀬さんが面白がるような口調で言った。柊さんはなぜか渋い顔で久瀬さんを睨む。しかし久瀬さんはにやにやと俺の顔を見て言った。


「ねえ、悠一、君はどうして琴音がここまで熱心に君に拘るか知ってるかな?」


「久瀬さんっ」


「ごめんね、琴音。でも、これは話しておいた方が良いんじゃないかな? 後で知られると彼に君の気持ちが誤解されるかもしれないし、良いタイミングだと思う。それに、その方が君も少しは楽になると思うよ? あ、新十郎も構わないよね。どうせ二人にはすぐ話すつもりだったんし」


「……まあ、止むを得んな」


 柊さんが、これ以上余計なことは言うなという顔で久瀬さんを睨む。琴音は困った顔で俺を見る。


「あの、一体何のことですか?」


「琴音がもう一人の候補ってことさ」


「え?」


 その意味が上手く呑み込めずに俺は久瀬さんを見る。


「琴音はアルス・ノトリアの器候補なんだ」


「ほ、本当なのか、琴音っ?」


「うん……」


 琴音は躊躇いがちに頷いた。


「でもそれはおかしくないですか? 神代さんはアルマンダルと契約出来るキャパシティがなかったから魔導書に触れて気絶したはず。それなのにさらに強力なアルス・ノトリアと契約出来る理由はなぜです?」


 彩華が久瀬さんの言葉に疑問を挟む。確かに彩華の言う通りではないのか。


「いや、皮肉にも彼女は異常体質になったことでアルス・ノトリアに適合出来る体になってしまったんだよ。ちなみにちゃんと確認もしている。一度、本人に許可を取って実物に触れさせたからね。彼女は触れてもけろりとしていたよ。僕としては危ないからやめるように言ったんだけどね。いくらその可能性が高いと分かっていても、まだ仮説の段階で絶対ではなかったのに」


 久瀬さんは困った表情で苦笑を浮かべていた。下手に触れれば死ぬ可能性もあるのに琴音も無茶をする。


「実物って、アルス・ノトリアは魔装団が持っていたのでは?」


「ああ、今は魔装団がアルス・ノトリアを所持しているが、元々は魔装部隊で管理していたのだよ。それを魔装団が奪い取ったんだ。まったく、舐めた真似をしてくれたものだ」


 彩華の質問に柊さんが苦々しげに答えた。奪われたことを悔しがっているのが俺にも分かった。魔装部隊から直接奪うとは、魔装団は本当にとんでもない組織だ。


「そういうわけで、琴音も重要な保護対象なんだ。適応者じゃないのにうちにいるのも半分はそれが理由だよ。これはまだ魔装団にも知られていない情報だ。知られたら今度は琴音が狙われるだろうね」


「……一つ聞かせてください。あなたたちは神代さんから魔装団の目を逸らさせるために悠一を囮にしたのですか?」


 彩華が真剣な顔で久瀬さんを見つめる。俺はその質問に驚く。まさか柊さんたちがそんなことをするはずがないだろう。だが彩華はその可能性を考えているらしい。久瀬さんを見ると、にやにやと面白がるように彩華を見ていた。


「……もしそうだと言ったらどうするかな?」


「あなたたちを絶対に許しません」


 彩華は本気だった。俺にはそれが分かる。どうしてそこまでしてくれるのだろう。だけどその気持ちは嬉しかった。


「はは、冗談だよ。だから誤解しないでくれ、彩華。悠一が先に狙われたのは魔装団が勝手にうちの情報を盗んだからだ。悠一と琴音、どっちも守るべき大切な人だよ。優先順位なんてない。何より市民の平和を守るのが僕たちの仕事だからね。悠一に護衛と身代わりを用意したのも、契約させるためじゃなくて、させないように魔装団から守るためだ。だから彩華も信じてほしいな」


「……そうですね。すみません、考え過ぎでした」


 彩華は納得したのか素直に頭を下げた。


「はは、謝らなくて良いよ。僕は彩華みたいな一途な子は好きだしね。応援してるよ」


 久瀬さんは悪戯めいた微笑を彩華に浮かべる。応援って何だ。彩華は顔を真っ赤にしていた。


「まったく、お前は無駄にトラブルを起こそうとするな」


 柊さんが呆れたように久瀬さんに言った。やはり特殊な組織でも国の機関なんだと再確認する。久瀬さんも食えない人だが、この国の治安を守るという考えをちゃんと持っている。こういったら久瀬さんに失礼だが、至極まともな意見で驚いた。

 だが、そこで俺は思った。今の話では琴音が俺に拘っている理由までは分からない。


「あのっ、つまりどうして琴音は俺にここまでしてくれるんですか?」


 今の話だと、むしろ器候補の琴音こそ護衛を付けてもらう立場であって、俺なんかの護衛になる理由はないはずだ。


「ああ、それはつまり、琴音は君に責任を感じているんだ」


「え? だけど、今の話だと琴音が責任を感じる必要はないんじゃ……」


「ま、普通はそう考えるだろうね。僕もそう思う。でも琴音はそうは考えなかった。だからわざわざ悠一の護衛を彼女に任せたんだ」


 久瀬さんは琴音をちらりと見た。そこから先は自分の口で話せと言わんばかりに。そして琴音は躊躇いがちに口を開いた。


「……私が器候補だと知れば魔装団は私を狙うと思う。だけどそれを知らない魔装団は悠一君だけを狙っている。私のせいで悠一君が魔装団に集中的に狙われているんだよ……どうして私じゃなくて悠一君なんだろうってずっと考えてた……だからせめて、私が悠一君に出来ることは全部しようって決めたの。自分を犠牲にしてもいい。私は悠一君を守りたい」


 そういえば以前、琴音は俺に一緒に暮らす理由を償いだと言った。それはそういう意味なのか。俺に尽くしている理由は、異常なまでの自己犠牲と罪悪感だったのだ。


「だそうだ。どうだい、悠一、琴音のことを嫌いになった? 琴音のせいだと思う?」


 そんなはずがない。久瀬さんも俺の考えが分かっているから、にやにやとこの状況を楽しんでいるのだろう。それはそれで悪趣味ではあるのだが。


「琴音、それはお前のせいじゃない。悪いのは魔装団で琴音はむしろ被害者だろ。くだらないことを気にしてないで、もっと自分を大切にしてくれ」


「でも、私は、同じ境遇の人が危険に晒されているのに、知らない顔をしているなんて出来ない。そんなの耐えられないよ。出来ることなら私が変わってあげたい。それが出来ないならせめて側で守ることくらいはさせてほしい」


「そんなことをされても俺は嬉しくない。家事にしてもそうだ。琴音が他人の面倒を見るのが好きだとか、家事をするのが好きだからやるのならそれは自由にして構わない。だけど、それが罪悪感や責任感のせいだっていうなら、俺はそれを否定する。琴音が犠牲になるくらいなら俺は喜んで自分のことを魔装団に差し出してやる」


「駄目だよ。悠一君は私が守るから」


「いや、俺は自分で戦える。俺が琴音を守る。だから気に病む必要なんてない」


 このままでは平行線だ。


 俺たちのやり取りを聞いて久瀬さんがやれやれと肩を竦めた。


「ね、だからそう言ったのに。琴音は責任感が強すぎるんだよ。ほら、冬耶からも何か言ってあげて」


「……琴音、お前は昔からそうだ。真面目で優しすぎる。全て自分のせいだと思い込むのは悪い癖だと言っているだろう」


 それには俺も同感だ。いくらなんでも琴音の自己犠牲は異常だ。うちに来た当初は、俺に何でもするからと際どい発言まで言ってきたのだからよっぽど俺の側で護衛をしたかったらしい。その気持ちは大変ありがたいが少し心配になる。


「……ごめんなさい。でも私は自分の気持ちに嘘は付けない」


「俺だって同じだ。俺は琴音の気持ちを認めることは出来ない」


 お互いに相手のことを最大限まで考えているからこそ譲歩はしない。それは俺も、そしておそらく琴音も分かっている。だから決着が付くことはないだろう。


「まったく、君たち二人とも、自分の命を軽く考えすぎ。僕の目から見たら正直その自己犠牲は異常だよ。まあ、この仕事をするには相応しい人材ではあるんだけどね」


 そこで久瀬さんは俺を見てにやりと微笑む。あの顔はきっと何か企んでいる。俺は琴音と同列にされたことに対する抗議の意味も込めて視線を送り返す。


「……また何か悠一にさせるんですか?」


 琴音も久瀬さんの顔を見て俺と同じことを思ったらしい。思い切り顔をしかめていた。


「いやいや、君にもしっかり働いてもらうよ」


「え?」


 俺たちが首を傾げると、そこで柊さんが改まって言った。


「さて、煉条君、それに黒崎君。君たちに頼みたいことがある」


「何でしょうか?」


「君たちも魔装部隊に入らないか?」


「え?」


 それは思ってもみない誘いだった。


「良いんですか? その、そんないきなり……それに簡単に入れるものなんですか?」


「ああ、うちへの入隊は基本的に推薦された者だけだ。公式に希望者を募集することは出来ないからね。そしてうちは慢性的に人員が不足している。だから有望な適応者がいればなるべく勧誘するようにしているんだ。君たちは今回の事件で実力も人間性も把握しているし、素生はすでに調査済みで反社会的勢力に関与している心配もないからね。どうかな?」


 俺はその誘いにかなり前向きに考えていた。希や琴音もこの組織にいる。しかも琴音が器候補だと魔装団に知られれば今度は琴音が狙われるかもしれない。俺は多くの人たちに知らないところで守られていた。今度は俺がみんなを守るのだ。


「はい、俺は魔装部隊に入隊します。どうかよろしくお願いします」


 すると、隣にいた彩華が呆れるような大きなため息を付いて言った。


「悠一が入るなら私も断る理由がないわね……よろしくお願いします」


 こうして俺たちは魔装部隊へ入隊することになった。

 きっとこれから、もっと過酷な戦闘を経験することになるだろう。

 それでも俺は後悔したくない。だから前に進むだけだ。


「二人とも、本当にいいの?」


 琴音が心配そうな表情で俺たちを見る。琴音からすれば、俺たちが危険なことに首を突っ込むのは反対だろう。だが、俺は決めたんだ。


 だから俺は、目の前にいる天使のように清らかで美しい少女に、その守護者となることを宣言した。


「――琴音、お前は俺が守るから」 



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