2-2 約束
事件が落ち着いた後、俺たちは倉庫から魔装部隊の本部に車で移動していた。その車の中で希が教えてくれた内容は次のようなものだった。
「私は前に言った通り、今は魔装部隊にいるんだよ。自分が適応者だと知ったのは小学校に入学したばかりの春、偶然、川で溺れた子を助けようとした時だった。私一人の力じゃとても助けられなくて、必死で力が欲しいと願った。そんな時だった……」
希は続ける。
「最初は驚いたよ。急に頭の中に魔法の知識が流れ込んできたんだからね。でも自分が適応者だと知って契約のやり方を知って、そして思い出した。お父さんとお母さんが私にこの力をくれたって」
「どうして俺にすぐ教えてくれなかったんだ?」
「知られたら怖がられちゃうと思ったんだよ。実際、私が助けたその子がそうだった。魔法を見たその子は後で魔装部隊が暗示を掛けられたからもう覚えていないんだけどね」
それで希は俺に話すことを躊躇ったのか。助けた子に拒絶された希もきっと辛かっただろう。だが俺は希を怖がるなんてあり得ないと断言出来る。希に信じてもらえなかったことが俺は悔しかった。そう思うのは思い上がりなのだろうか。
「私が久瀬さんと出会ったのはそれからすぐのことだったよ」
「久瀬さん?」
「魔装部隊の管理官でかなり凄腕の適応者だよ。急に私の前に現れて、『魔装部隊に入らないか』って勧誘してきたの」
「久瀬さんらしいね」
琴音はその久瀬さんを知っているらしく、苦笑を浮かべる。
「その時にお兄ちゃんが凄い魔導書の器候補だってことも説明されたんだ。だけど私はすぐに返事は出来なかったの。そうしたら久瀬さんは『君が十三歳になったら迎えに来るよ』って言ってその時は帰っちゃった」
「だからあの日だったのか……」
希がいなくなった日はちょうど十三歳の誕生日だった。
「うん、本当に久瀬さんが来た時は驚いたけど、私はその時にはもう決めてた。お兄ちゃんにも暗示を掛けて、私のことは忘れてもらおう。そして魔装部隊に入ってお兄ちゃんを守ろうって」
「だけど、どうして俺に暗示を掛ける必要があった?」
「お兄ちゃんには普通の生活を続けてほしかった。それにこの仕事は結構物騒だから。私はいつか死んじゃうかもしれない。そうじゃなくてもお兄ちゃんはきっと心配する。だから私のことはさっぱり忘れてくれた方が、お兄ちゃんが悲しい思いをすることもないと思った」
「そんなわけない! 俺は希のことを忘れてしまう方が嫌だ」
「ごめんね、お兄ちゃん……私はお兄ちゃんを守りたかった。だけどお兄ちゃんに心配されたまま戦えるほど私は強くなかったんだ。だからいっそ縁を切った方が楽になれると思った」
それが希の弱さでもあり希なりの優しさでもあったのだと俺はその時初めて知った。どうして希ばかりが悩む必要があるのか。希は俺のために暗示を掛けたのだ。
「ごめん、悠一君。責めるなら私を責めて」
「琴音?」
「私も同罪だよ。暗示のこと、希ちゃんのことを知っていて、それで黙っていたんだから」
「まあ、それを言ったら任務とはいえ黙ってた俺たちも同罪だな」
冬耶が琴音の言葉に苦笑して肩を竦める。
「先輩方が気にすることじゃありません。これは私が頼んだことですから」
希は首を振ると、そこで彩華を見て苦笑を浮かべた。
「でもまさか、彩華ちゃんにお兄ちゃんの暗示を解除されてたなんて思わなかったよ。彩華ちゃんが適応者だっていうのも知らなかったし」
「あなたと出会った時にはすでに私は適応者だったわ。当時はこの力のせいで私も悩んでいた。だから屋敷に引き籠っていたの。そんな時にあなたが迷い込んできた」
「俺は彩華に会うまで二人が知り合いだったなんて全然知らなかったんだけど、彩華と希はいつ知り合ったんだ?」
「三年前よ。私が小学校を卒業するまで三カ月ほど、私の家の敷地に迷い込んできたこの子と偶然知り合った。それから何度か一緒に屋敷で遊んでいたわ。その後は私が海外に留学したから会う事はなかったのだけれど、まさかそんなことになっていたとは思わなかったわ」
その後のことは俺も聞いていた。彩華は高校生になり海外から帰ってくると、久しぶりに希と会おうとしたらしい。だが、手紙を出しても返事がない。実際に希の家に行ったが、その時に俺は希のことを知らないと言った。妙だと思って希の小学校の時の同級生数人にも会いに行ったらしいが誰も覚えていないという。手掛かりが掴めないどころか存在そのものが消えてしまっていたのだ。
そこで彩華は暗示のことが頭に浮かんだらしい。そこで兄である俺の前にもう一度現れて暗示を解いた。俺のことは希から何度か聞いていたそうだ。だから信用出来ると踏んだらしい。もっとも、この話は実際に希の話を聞くまではどこまで本当か疑っていたのだが、どうやら勘ぐり過ぎていたようだ。
「そっか、彩華ちゃんは海外にいたから大丈夫だと思ったんだ。まさかそこまでして私のことを探してくれてたなんて嬉しいな。ありがとう、彩華ちゃん」
「いえ、希は私にとって、その、初めての友達だったから……」
彩華は照れているのか、頬を染めて俯いた。




